初代 佐藤 泰然 さとう たいぜん 1838〜1859
長崎で蘭方医学を学ぶ。 1838(天保9)年江戸薬研堀に蘭方医学塾(和田塾)を開く。この年をもって順天堂開学の年とする。 1843(天保14年)、幕末攘夷・洋学排斥の風潮あり、江戸より佐倉に難を避け、医学塾順天堂を開設。江戸、京、大坂を始め全国諸藩より塾生が入門し、「日新の医学、佐倉の林中より生ず」と謳われ、明治初頭、我が国への西洋医学導入に貢献する多くの門人(佐藤尚中、松本良順、関寛斎、佐々木東洋など)を育てた。
泰然の養継嗣となり順天堂を継ぐ。 長崎に留学してポンペに学ぶ。 1869(明治2)年、明治政府から大学大博士を任ぜられ大学東校(東京大学医学部の前身)の初代校長として、わが国への近代医学導入の礎を築く。 1873(明治6)年、下谷練塀町(現秋葉原)に順天堂を設立。 1875(明治8)年、湯島に順天堂医院を設立。初代院長。