当講座で取り組んでいる研究の内容

1年間で最も人類を殺している動物はライオンでもサメでもヘビでもありません。ダントツの the World’s deadliest animal は蚊です(Gatesnote)。その死亡の大半は、蚊によって感染する代表的な病気であるマラリアによって起こっています。順天堂大学医学部の熱帯医学寄生虫病学講座では、マラリアの研究を行っています。

1. マラリアとそれによって引き起こされる問題_

  • マラリアとは?_
  • マラリアの排除に向けた取り組みと解決すべき難問_
  • 薬剤耐性ー治療薬が効かない_

2. 私達の取り組んでいる研究:「攻め」のマラリア薬剤耐性研究_

  • フィールド研究_

___1) これまでに明らかにしたことーそのひとつ、アフリカに
______おけるアルテミシニン耐性原虫の発見
___2) これからーフィールドでの発見を発展させるべく私達が
______取り組んでいること

  • 実験室での研究_

___1) フィールドでの発見の検証、そして耐性原虫をいち早く
______発見する新規技術の開発
___2) 未来の予測ー今後フィールドで出現する薬剤耐性原虫を
______予測できるシステムの開発

3. さいごに_

1. マラリアとそれによって引き起こされる問題

・マラリアとは?
マラリアはHIV/AIDS、結核とともに世界三大感染症の1つで、マラリア原虫という寄生虫によって引き起こされる疾患です。マラリア原虫をもった蚊に刺されることで感染します。人に感染するマラリア原虫種のなかで、死に至りやすいマラリアはアフリカを中心に世界で最も広く分布しています。かつて日本にもマラリアは存在しましたが、媒介蚊対策を中心としたマラリア排除計画の実施や道路や水路などの各種インフラの整備によって、1950年代に流行は終息しています。
しかし、マラリアは依然として様々な国で多くの問題を引き起こしています。アフリカではマラリアは日本の風邪やインフルエンザのように、そこかしこにある感染症です。世界では年間数億人の新規感染者があり、42万人もの命が奪われています。マラリアによって経済発展が遅れますが、そのことによってさらにマラリアが流行します。マラリアと開発は表裏一体の関係を持っているのです。マラリアを撲滅することによってこのような悪循環が断たれ、持続的な開発に多大な貢献をもたらすのです。

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・マラリアの排除に向けた取り組みと解決すべき難問
マラリアの排除へ向けて世界レベルで様々な取り組みが実施されています。マラリアは蚊の吸血によってマラリア患者から広がっていきます。このため、媒介する蚊に刺されることやその駆除を目的として、殺虫剤で処理した蚊帳(ITN) の配布と屋内に残効性殺虫剤を噴霧する(IRS)という2つの有効な手段があります。さらに、マラリアは早期に治療することによって、死亡を防ぐことができます。現在用いられている治療薬の効果は高く、その導入によってマラリアによる死亡者は2000年代半ばから減少へと転じました。
しかし、マラリア原虫に比べ、はるかに壮大なスケールで生態系に君臨する媒介蚊への対策には限界があります。さらに人類との数十万年の闘いを繰り広げてきたマラリア原虫は非常に賢く、様々な「技」を用いて子孫を次世代に繋げていきます。有効なワクチンが開発されれば、マラリア排除戦略のパラダイムシフトが起こります。しかし、マラリア原虫は人の免疫から巧みにのがれる様々なメカニズムを持っているばかりでなく、それを進化させるため、ワクチンの開発は非常に難しいのです。実際、十分な効果を示すワクチンはまだ実用化されていません。このような中、より深刻な状況を引き起こしているのが、マラリアの治療薬が効かなくなる現象、薬剤耐性化です。私たちはこの問題の解決に向けた基礎研究、革新的な応用研究をすすめています。
詳細については、以下で説明します。

・薬剤耐性ー治療薬が効かない
病原体との戦いにおいて、薬剤耐性体の出現は最もやっかいな問題です。マラリア以外でも薬剤耐性を持つ微生物は大きな問題となっており、2050年には薬剤耐性菌で亡くなる人が、がんで亡くなる人の数を上回ると考えられています。マラリアにおいても同様で、新しい薬が開発されても、しばらくたつと薬が効かなくなる原虫が出現してくるのです。かつて特効薬だったクロロキンへの耐性マラリア原虫は1950年代終わりに出現し、1980年代にはアフリカへ侵入、どんどん広がっていきました。

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2. 私達の取り組んでいる研究:「攻め」のマラリア薬剤耐性研究

薬剤耐性の問題を解決するためには、研究によって新しい知見を発見し、新規技術を開発することが必須です。私たちの研究室では、2012年に新しい体制になってからマラリアの薬剤耐性を研究の柱とし、これまで多くの業績をあげてきました。私たちの目指すところは、基礎研究によって、耐性機構や耐性進化メカニズムを解明し、その知見をもとにした応用研究として、薬剤耐性に有効な対策法を開発することです。研究の実際は、現地での調査を中心としたフィールド研究と実験室での分子生物学的研究を2本柱としています。それぞれについてどのようなことを実践しているかについて、簡単に説明します。

・フィールド研究
フィールド研究によってマクロな視点から薬剤耐性の解決法を探ることが可能になります。私たちの研究室では定期的な薬剤耐性の調査をアフリカのウガンダ共和国と太平洋州のパプアニューギニアで実施しています。他の大学や研究所と共同してチームを作り、1~2ヶ月間に現地に滞在してマラリアの薬が現場でどれぐらい効いているのかについての定点調査を実施しています。この調査をウガンダでは2013年から、パプアニューギニアでは2016年から継続しています。いずれも赤道直下の熱帯国であり、多くのマラリア患者がいます。

1) これまでに明らかにしたことーそのひとつ、アフリカにおけるアルテミシニン耐性原虫の発見
いくつもの新しい発見が、私たちのフィールド調査から生まれています。ここでは、ウガンダでの継続調査によって成し遂げられた発見について記載します。抗マラリア薬アルテミシニンは速やかに原虫を消失させ、症状を回復させます。現在すべての流行国で現在第1選択薬として使われており、その導入によってマラリアによる死亡者は2000年代半ばから減少へと転じました。熱帯医学へのめざましい貢献によって発見者の屠呦呦(トゥ・ヨウヨウ)氏には2015年ノーベル生理学・医学賞が贈られたのは記憶に新しいところです。
しかし、カンボジアやミャンマーといったメコン川流域国ではアルテミシニン耐性を持った原虫がすでに出現しています。耐性原虫を検出するためには、原虫の性質を利用した特別な検査方法が必要となります。私たちはこの方法をいち早く取り入れ、熱帯地域の現場で実施できるように改良し、これらのフィールドで実施してきました。その結果、アルテミシニンに耐性を持つ原虫がアフリカにも出現していることを世界で初めて発見しました。さらに次世代シークエンサーを用いてこれら全遺伝子(ゲノム)を決定、様々な地域のマラリアゲノムと比較することによって、アルテミシニン抵抗性マラリアは東南アジアから移入してきたのではなく、アフリカで独自に出現していたことをつきとめました2018年論文プレス報道。世界で初めてのアルテミシニン耐性原虫の発見は世界から注目を集めています。

2) これからーフィールドでの発見を発展させるべく私達が取り組んでいること
この結果を受け、現在私たちの研究は次の段階に進んでいます。一番大切なのは、耐性原虫が発見された私たちのフィールドにおいて、実際の患者さんにおけるアルテミシニンによる治療の効果を明らかにすることです。すこしややこしい話になるのですが、私たちが発見した「アルテミシニン耐性原虫」は、in vitro耐性検査法という方法によって見つけたものです。これは、患者さんに感染していたマラリア原虫を生け捕りにし、アルテミシニンと一緒に実験室で培養して耐性の有無を判断する方法です。この方法はマラリア原虫対薬との力比べを評価するものです。しかし、実際に患者さんの体内にいるマラリアを殺すのは薬だけではありません。患者さんの持っているマラリアへの抵抗性、免疫など、患者さん自身の持つ「力」も治療薬同様にマラリアを殺す力をもっているのです。その「力」の強さや性質は患者さん本人や流行地域によって異なってきます。そこで、現在私たちは患者さんをアルテミシニンで治療し、その臨床的な治療効果を明らかにするスタディを実施しています。このスタディによって、私たちが世界で初めてアフリカのアルテミシニン耐性原虫を発見した地域では、臨床的な耐性原虫が出現しているかどうか明らかになるのです。


アルテミシニン耐性原虫を検出する in vitro 検査方法のブラッシュアップにも取り組んでいます。今の検査法は、マラリア原虫を顕微鏡でしっかり鑑別できる能力を必要とするため、検査する人によって結果が左右される可能性があります。これを私たちは、簡便かつ誰にでも実施できるようにするとともに、感受性から耐性まで連続的(定量的)に評価できるように改良をすすめています。アフリカにはマラリアの9割が集中しています。耐性マラリア原虫がアフリカへ広がると、大きな問題となります。今のところアルテミシニンほどの効果を持ったマラリアの薬はまだ使えるようになっていません。したがって、アルテミシニンに抵抗性がある原虫の出現をできるだけ早期に見つけ出し、対策を打つ必要があるのです。これには、私たちが取り組んでいる「簡単でだれがやっても安定した結果が得られる検査法」の開発がとても大切になるのです。

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・実験室での研究
フィールド研究で発見したことを検証するためには実験室での研究が欠かせません。それと同時に、私たちは今後フィールドで起こることを予測する実験室システムを構築しています。以下に順天堂大学医学部熱帯医学寄生虫病学講座の実験室で私たちが日常取り組んでいることについて説明します。

1) フィールドでの発見の検証、そして耐性原虫をいち早く発見する新規技術の開発
上述したように私たちが実施している定期的なフィールド調査は新しい発見を生んでいます。これらが実験室で再現できれば、より確かな事実となります。さらに、その発見を発展させ新規技術の開発をめざしています。
私たちはウガンダ政府から許可をもらい、フィールドでマラリア患者から得た原虫を生け捕りにし、凍結保存した状態で日本に輸送しています。この原虫を私たちのラボでよみがえらせ、様々な側面からアプローチすることによって、どのようなメカニズムによってアルテミシニン耐性を持ったのかについて解明をすすめています。メカニズムの解明によって、耐性原虫に効く治療薬の開発や薬剤耐性の出現や進展を遅らせる技術の開発が可能となります。
さらに集団遺伝学的な手法を駆使して、アフリカでのアルテミシニン耐性に関連する候補遺伝子の同定を進めています。耐性に関連するマラリア原虫の候補遺伝子変異が明らかになったら、その遺伝子変異を薬の効く原虫に遺伝子導入して、アルテミシニンに耐性化するかどうか調べます。この方法によって候補遺伝子変異が耐性に関連するかどうかをつきとめることができるのです。
もし耐性関連変異であることが明らかになったら、耐性を診断できる遺伝マーカーとして薬剤耐性の疫学調査に応用することが可能となります。耐性遺伝マーカーはわずか1滴の血液で評価でき、大量検体の同時解析が可能です。このような新規技術の開発によって、簡便かつ迅速、低コストに耐性原虫を見つけ出すことが可能になります。この技術を上に述べた新規 in vitro 法との併用することにより、耐性検出の的中率をより高めることができます。

2) 未来の予測ー今後フィールドで出現する薬剤耐性原虫を予測できるシステムの開発
私たちは今後フィールドで起こることを予測する実験室システムの開発を行っています。実験室進化実験という方法があります。薬剤に耐性となる病原体を実験室で作成する方法として、細菌やウイルス、マラリアにおいていくつかの研究室で実施されている方法です。たとえばあるマラリアの薬とマラリア原虫を一緒に育てることによって、薬剤に抵抗力を持つマラリアが出現してきます。この方法によって将来フィールドに出現してくる耐性原虫をあらかじめ作製することができるのです。
ただ、この方法には大きな問題があるのです。薬に抵抗性があるマラリア原虫を得るまでに、数年単位というとても長い時間が必要となることです。例えばアルテミシニン耐性原虫をこの方法で得るまでには5年という長い歳月が必要でした。






そこで私たちは、マラリア原虫の遺伝子にちょっとした工夫を加えることによって普通のマラリア原虫よりずっと速く進化する原虫をつくりました。このマラリア原虫をミューテータマラリア原虫と名付け、マラリアの薬と一緒に育てることによって数週間~数ヶ月単位で耐性マラリア原虫を作ることができるようになっています。この革新的な技術によって、すでに私たちは薬剤耐性原虫を単離することに成功しています。
このシステムによって単離された薬剤耐性原虫を用いて、薬剤耐性メカニズムの解明や原因となる遺伝子の同定を進めています。その実現により、フィールドで耐性マラリア原虫が出現する前に有効な診断法や治療法を準備しておくことが可能になります。

3. さいごに


以上述べたように、当研究室では現場と実験室の両方からアプローチし、マラリア対策に貢献できる包括的な研究を行っています。博士や修士の大学院生は随時、ポスドクやプロフェッショナルスタッフについては、定員に空きが出た場合に公募を実施しています。講座内の多様性を重視する観点から、他の研究分野で実績を上げた人をスタッフとして加えています。興味のある方は講座(tmita[at]juntendo.ac.jp *[at]は@に置き換えてください)にご連絡いただければ幸いです。

研究室所在地

〒113-8421
東京都文京区本郷2丁目1番1号 7号館11N
TEL: 03-5802-1043


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