順天堂大学医学部内科学・代謝内分泌学の研究グループは、カリフォルニア大学サンフランシスコ校のMichael German教授らのグループ、同大学のLaurence Tecott教授らのグループ、弘前大学分子病態病理学講座の八木橋操六教授らのグループとの共同研究で、妊娠期には膵ベータ細胞※1においてセロトニン※2の合成が活発になり、それが、膵ベータ細胞の増殖亢進に重要なはたらきをすることを明らかにしました。この内容は本年のNature Medicineに掲載されました。
   妊娠に伴い、血糖を下げるホルモンであるインスリンの効果が低下することは、広く知られています。しかし、健常人では、インスリン分泌細胞である膵ベータ細胞の機能亢進がおこり、インスリン作用の低下を代償します。この代償反応が不十分であれば、血糖値が上昇し、妊娠糖尿病や糖尿病合併妊娠の原因となり、胎児の正常な発育を妨げる原因となります。これまで、妊娠時のインスリン作用低下の代償機構である膵ベータ細胞容積増加反応のメカニズムは明らかにはされていませんでした。

研究方法と結果

   研究チームは、妊娠期のマウスと非妊娠期のマウスの膵臓のベータ細胞を集めて、両者で発現の異なる遺伝子を網羅的に、複数の方法で検索しました。その結果、妊娠期の膵臓のベータ細胞では、非妊娠期のそれには、ほとんど発現していない、セロトニン合成酵素が極めて多量に発現していることが明らかになりました。これは、ヒトの妊娠期の母体の病理組織においても確認されたので、ヒトとマウスに共通する現象と考えられます。セロトニンの膵ベータ細胞に対する影響を確認するため、膵ベータ細胞を培養して、セロトニンを投与すると、膵ベータ細胞の増殖が亢進しました。また、逆に、妊娠期のマウスにセロトニンの産生やセロトニンの作用を抑制するような薬剤を投与すると、妊娠期に認められる膵ベータ細胞の容積増加が認められず、糖負荷試験時の血糖値が増加することが明らかになりました。これまでセロトニンが膵ベータ細胞の増殖に関わっていることは、全く示されていませんでした。したがって、今回の研究結果は、全く新しい血糖値恒常性維持のメカニズムの存在を提示したものと考えられます。
 

今後の期待

   今回の結果から、妊娠期における膵ベータ細胞のセロトニン合成不全や作用不足は膵ベータ細胞増殖不全を介して妊娠糖尿病や糖尿病合併妊娠の原因となり得ることが明らかになりました。また、膵ベータ細胞でセロトニン作用を促進させることが、妊娠糖尿病や糖尿病合併妊娠の新規治療法となり得ると可能性が考えられます。
   一方、成人で発症する2型糖尿病※3は、糖尿病の大部分を占めていますが、その発症にも、妊娠糖尿病と似ている病態が関与しています。生活習慣の乱れ(過食、肥満、運動不足など)により、筋肉などでインスリンの効果が減弱(インスリン抵抗性が増加)しても、健常人では、膵ベータ細胞の機能亢進がおこり、インスリン作用の低下を代償します。しかし、2型糖尿病になる人では、膵細胞の機能亢進が十分に起こらないため、血糖が上昇してしまいます。日本人は欧米人に比べて糖尿病になりやすい人種であることが知られてますが、日本人は欧米人に比べてインスリンを分泌する予備能力が低いため、比較的軽度のインスリン抵抗性の存在下で糖尿病になりやすいと考えられています。このように、インスリン抵抗性に対する代償機構としての膵β細胞機能亢進は、2型糖尿病の発症に重要です。この際、セロトニンによる膵ベータ細胞容積増加機構が上手く利用できれば、新たな、2型糖尿病の治療法の確立にもつながる可能性があります。

【関連ページ】

http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/180980
http://www.nature.com/nm/journal/v16/n7/abs/nm.2173.html
 
<補足説明>

※1 膵ベータ細胞

膵臓のランゲルハンス島(膵ラ氏島)を構成する主要な細胞で、血糖値を下げる作用を有する唯一のホルモンであるインスリンを産生、分泌します。健常人では血糖の上昇を感知して膵ベータ細胞がすばやくインスリンを血液中に放出するため、食後においても血糖値が140mg/dlを超えることはありません。これに対し、糖尿病素因のある人(両親のいずれかや兄弟などに糖尿病患者を有する人)では、もともとベータ細胞からのインスリンの分泌が遅れていたり、少なかったりする場合が多いことが知られています。さらに、膵β細胞の増殖機構も低下している可能性が示唆されています。
 

※2 セロトニン

セロトニンはヒトを含む動植物に一般的に含まれる化学物質で、トリプトファンというアミノ酸から生合成される。合成されたセロトニンは腸などの筋肉に作用し、消化管の運動に大きく関係している。また、合成されたセロトニンの一部(総量の約8%)は血小板に取り込まれ、血中で必要に応じて用いられる。さらに、中枢神経系にも存在し人間の精神活動に大きく影響しているため、セロトニン系に作用する薬物を用いることによって、うつ病や神経症などの精神疾患を治療することができるようになっている。
 

※3 2型糖尿病

糖尿病は血糖値が持続的に高くなる病気ですが、代表的な糖尿病として若年性に急激に発症する1型糖尿病と、成人になってからゆるやかに発症する2型糖尿病があります。人種によって差があるのですが、糖尿病の80〜90%以上は2型糖尿病であり、膵臓のベータ細胞からのインスリン分泌が低下すること(インスリン分泌低下)と、肥満などによりインスリンが効きにくくなること(インスリン抵抗性)の両者が相まって引き起こされると考えられています。欧米人では肥満の程度が強く、2型糖尿病の発症にはインスリン抵抗性が強くかかわっていると推察されていますが、日本人をはじめとした東アジア人では肥満の程度は強くないのに糖尿病を発症するため、インスリン分泌低下や、膵β細胞の増殖不全がより深くかかわっているのではないかと考えられています。
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