口唇裂・口蓋裂・顎裂の治療・手術

形成外科で取り扱う疾患の代表として口唇裂、口蓋裂、顎裂というものがあります。この疾患は先天性異常のひとつで、胎生4~12週頃(妊娠しているのが分かるかどうかくらいの時期です)に何らかの異常が生じ、口唇、口蓋(口の中の天井部分)、顎堤(はぐき)に割れ目(裂)が残ってしまったものをいいます。

原因は遺伝的因子(家族や親戚に多いなど)や環境因子(母親の出産年齢や内服薬、感染症、妊娠中のトラブルなど)が複雑に関係して発現するといわれていますが、患者さんひとりひとりの原因をはっきり特定することは困難です。
これらの出生頻度は顔面に出現する形態異常の中で最も多く、400~600人の赤ちゃんが生まれたら、そのうちひとりはこの疾患を持っているといわれています。

口唇、口蓋、顎堤は、それぞれにおける裂の部位と程度によりさまざまな病態があらわれ、またそれぞれが合併することが多いため、手術が複数回になったり、治療が長期に及んだりします。
ここでは、この疾患についてみなさまにご理解いただけるよう解説するとともに、当院での治療の流れを説明致します。

口唇裂

口唇裂はその裂の程度により、鼻まで達する完全口唇裂、達しない不完全口唇裂に分けられ、さらに片側のみにあるもの、両側にあるものに分けられます。
この他に皮膚表面の線状陥没にとどまる痕跡唇裂や、裂が真ん中にある正中唇裂があります。
 
整容面上の問題があることに加え、皮膚の下の口輪筋が断裂してリング状をなしていないことで哺乳などに影響がでます。そのため再建手術を必要とします。
当院では、全身麻酔が安全にかけられる生後3ヶ月を目安に手術をおこなっています。

口唇裂の手術前

手術までは手術のための前療法を行います。
裂がそれ以上拡がらないように、また両側唇裂の場合は中間顎(割れ目と割れ目の間)が前の方に出てこないようにテーピングをして、おうちでも交換できるよう指導します。口蓋裂を合併している場合は当院の歯科口腔外科へ受診してもらい、口蓋床(ホッツ床)と呼ばれる装具の型取りをします。これは哺乳の補助と良好な歯槽の形態を誘導する効果があるものです。出来上がりまで約1週間かかり、作成後はほぼ24時間装着したまま過ごしてもらいます。
そして小児科へも受診していただき、他に合併異常がないか、全身状態のチェックをします。

口唇裂形成手術(生後3ヶ月頃)

当院では『Millard法+小三角弁法』と呼ばれる口唇裂の一般的な手術方法をおこなっています。瘢痕が目立ちにくく、術後の形態が正常に近い状態が得られる手術です。
口唇裂は鼻の変形も合併している場合が多く、施設によっては口唇に加え鼻の手術も同時におこなうところもありますが、当院では鼻の軟骨の成長を妨げないために初回の手術では口唇のみの手術に留める方針をとっています。そのかわり、皮膚縫合が終わった後は鼻の軟骨の矯正のための装具リテイナーを固定します。
 
口唇裂手術は所要2時間ほどです。
手術日の夕方より母乳やミルクを経口で飲んでもらっています。経管チューブなどは使いませんので、術後早期に普段に近い日常生活を過ごすことができます。
術後は約1週間で抜糸し、固定しているリテイナーも一旦はずします。
傷の部分には保護のテープを、鼻にはリテイナーをはめた状態で数ヶ月過ごしていただきます。交換・着脱は自由にできます。
入院は7日間ほどで、退院後は月に1回ペースで経過を見ます。傷の状態が良好ならば通院間隔は徐々に長くしていきます。

口蓋裂

口蓋は前の硬い部分は硬口蓋といい、後ろの柔らかい部分(口蓋垂のあるほう)は軟口蓋といいます。
どの部分に裂が存在するかで、軟硬口蓋裂、軟口蓋裂、口蓋垂裂、粘膜下口蓋裂に分類されます。
 
口蓋裂は口腔内にあるため、口を閉じていれば見ることがなく整容面での問題はあまりないのですが、口腔と鼻腔が直接交通してしまうため、空気が漏れてうまく発音ができなかったり、食べ物が漏れて誤嚥性肺炎をきたしたりします。赤ちゃんのうちは補乳のときに鼻からミルクが出てくるところをよく見ると思います。
裂が残っているまま言葉を覚えていくと、発語のたびに口蓋裂特有の悪いクセがついてしまい、矯正が難しくなります。そのため、言語を獲得し始める生後1歳3~6ヶ月頃に手術をします。

生後からかなり長い年月を待つことになりますので、前述の口蓋床を成長に合わせて作り直して、手術に備えます。
また、口蓋裂があると中耳と咽頭(のど)をつなぐ耳管が機能異常をきたしていることが多くなり、中耳炎に罹患しやすくなります。術前に耳鼻咽喉科へ受診してもらい、必要があれば口蓋裂手術と同時に中耳炎の手術(鼓膜チュービング)をおこないます。

口蓋裂形成手術

裂が広い軟硬口蓋裂に対してはプッシュバック法という方法をおこなっています。
口蓋の粘膜と骨膜を皮弁として挙上し中央に移動することで裂を閉鎖させ、同時に口腔と鼻腔を閉鎖する(鼻咽頭閉鎖機能)ために作用する口蓋帆挙筋という筋肉を左右つなぎ合わせ正しい状態に戻します。
粘膜は後方にずらすように縫合するため、一部粘膜欠損部が生じます。
その部分にはシート状の止血剤を貼り付け、丸めた軟膏ガーゼを固定し創部の保護をします。
 
裂が狭い軟口蓋裂や粘膜下口蓋裂に対してはファーラー法をおこなっています。
口蓋帆挙筋をつなぎ合わせ、粘膜をZ状に縫い合わせることで裂を閉鎖する方法です。
プッシュバック法と違い粘膜欠損は生じないのですが、適応は裂幅が狭い症例に限定されます。
 
手術の所要時間は約2時間です。
手術日夕方より食事再開し、軟らかいものからまず召し上がってもらいます。
術後1週間で軟膏ガーゼを外し、退院となります。縫合に使う糸はすべて吸収されるものですので、抜糸は必要ありません。
入院は7日間ほどになります。

口蓋裂手術の場合は、後日粘膜縫合部が裂けて鼻へ交通してしまう瘻孔(口蓋瘻孔)が生じることがありますので、退院後しばらくはこまめな通院をしていただきます。
また、正しい言語を獲得するために言語訓練を受けることをおすすめしています。東京大学医学部附属病院と連携を取っておりますので、受診できるよう紹介状を手配致します。

顎裂

歯ぐきに割れ目がある状態を顎裂といいます。顎裂単独で存在することは少なく、通常口唇裂や口蓋裂に合併して存在します。割れ目があることで、せっかく口唇や口蓋を閉じる手術を終えていても口腔と鼻腔の交通が一部残っている状態となります。それだけでなく、歯列弓と呼ばれる歯が生える土台が一部連続していないことで歯並びが悪くなりかみ合わせに不都合が生じます。

成長と共に歯が生えてきた頃合を見て、歯科受診していだたきます。歯科では歯科矯正をまずおこないます。幅の狭い裂の場合は歯科矯正のみで改善しますが、裂の幅が広い場合は無理な矯正でかえって歯列弓が乱れてしまうため、手術が必要になります。
手術は乳歯と永久歯が混在する混合歯列期におこないますが、この時期は個人差があり、また矯正の進み具合によっても若干異なってくるため、手術時期は5~10歳ぐらいでおこなうことになります。

当院は東京大学医学部附属病院歯科口腔外科と連携を取っていますので、手術前後の歯科治療はこちらの病院に受診していただけるよう紹介しています。また、遠方で通院が難しいかたはお近くの歯科医院への紹介状を作成することも可能です。

顎裂骨移植術

顎裂は主に骨の欠損ですので、ここを閉鎖するには骨組織が必要になります。移植する骨は腸骨と呼ばれる自分の腰骨を用います。この部分の骨髄組織(海綿骨)を採取して、裂部に移植します。移植した骨は裂部分の粘膜で完全に覆います。これにより正常な連続する歯槽骨を再建し、きれいな歯列を形成します。
 
また、この時期は鼻の軟骨が十分に成長している時期でもあるので、鼻の変形が目立つかたや微修正をご希望されるかたは同時に変形外鼻手術を受けることができます。
(この場合、口唇裂手術に使用したリテイナーを再度使用することがあります。)
手術日夕方より食事を再開します。
口腔内の消毒やガーゼは必要ないので、うがいをしっかりしてもらいます。また、口腔内はすべて吸収される糸を使用するため抜糸は必要ありません。
一方、骨採取部(腰部)は毎日ガーゼ交換を致します。この部分の痛みが取れれば術後2~3日で歩行可能となり、術後1週間で抜糸となります。入院は7日間ほどになります。
 
口唇裂・顎裂・口蓋裂は病態がさまざまな形としてあらわれるため、治療が長くなったり、さまざまな科に受診する必要があるため、ご家族の精神的不安、社会的負担は計り知れません。これらをできるだけ取り除けるよう、この疾患に関わる当院医療スタッフ一同協力しあい、連携を取り合って、質の高い医療が提供できるよう努めております。
なにかご不明な点やご要望がありましたら、担当医や看護師にお尋ねください。