呼吸器外科における低侵襲手術例

胸腔鏡手術が普及し、現在当科においては年間手術数の87%に胸腔鏡を使用し手術を行っています。対象疾患としては、自然気胸が一般的です。さらに、肺がん(臨床病期IA及びIB期以上の手術リスクの高い症例)、良性肺腫瘍、未確診の肺腫瘍、転移性肺腫瘍であります。縦隔腫瘍は胸腺疾患を除く縦隔腫瘍、とくに中縦隔、後縦隔腫瘍がよい適応です。胸膜疾患では胸膜中皮腫の診断を行うためにはよい適応であります。また、胸水貯留症例では診断と治療を行うことができます。感染症では、急性膿胸はよい適応であります。非定型抗酸菌症に対する肺切除も行われています。
胸腔鏡手術は、胸腔鏡(カメラ)及び手術操作をするための器具などを挿入するためのポート(穴:直径5-12mm)を通常3ポートで行っていますが、必要によりポート数は前後します。また、胸腔鏡肺葉切除術は5cmの開胸部位とさらに3-4ポートをおいて手術を行っています。手術の根本は基本的には標準手術と変わらない内容を行っています。
胸腔鏡手術の利点は、傷が小さく美容上きれいであり、また筋肉を切離することがないため(胸腔鏡肺葉切除術では標準開胸に比べ筋肉の切離の範囲が少ないこと)、呼吸機能を低下させることなく術後を経過させえることができます。そのため高齢者、低肺機能(COPD、肺線維症など)の症例に有利であります。また、術後の疼痛も標準手術に比べ少なく、回復が早いことから、入院期間の短縮ができることも、現代の忙しい患者さんにとって有利であります。2006年当科の手術件数は300件に及び、そのうち胸腔鏡使用例は245例、全手術数の87%に用いています。

肺がんに対する低侵襲手術

すごい勢いで肺がんが増えています。今、がんの死亡原因の第一位の勢いです。早期でも血液やリンパ腺を経由して転移しやすく、さらに有効な抗がん剤もなく、決定的な手術療法もないことなどが原因で、難しいがんの代表ともいえますが、順天堂大学医学部呼吸器外科では、低侵襲外科治療を取り入れ、早期肺がんの5年生存率を大きく向上させています。
肺がんの臨床病期は進行度によってI期からIV期までに分かれ、それぞれにA、B期があり、肺がんの5年生存率はこれら病期によって異なります。IV期はがんが全身に転移しており、治療は何をやっても芳しくないという状態です。手術療法が有効とされているのはI期とII期で、III期は手術療法だけでは長生きできないのではないかといわれ、プラス抗がん剤による化学療法や放射線療法が行われています。それぞれの5年生存率は全国的に症例数の多い有名な施設の最近の手術成績の平均をとると、IA期で80%、IB期が60%、IIA期が50%、IIB期が40%、IIIA期が20%、IIIB期が10%といったところです。ほぼ早期の肺がんといえるIA期とⅠB期との間と、IIB期とIIIA期との間でがくんと成績がおちています。
順天堂大学呼吸器外科では、1996年より、こうした肺がんの5年生存率を少なくとも10%以上はよくしようと決意し、さまざまな取り組みを行ってきました。それまで日本の各施設で行われていた標準的手術というのは、どの病期でも後側方開胸を行ってがんのある肺葉を切除し、がんのある側の縦隔リンパ節郭清を行うというもので、施設によってはそれに加えて抗がん剤治療や放射線治療を追加して5年生存率の底上げを狙うといった状況でした。これに対して、外科医であるからには手術だけでなんとかIIIAまでの成績の底上げをなし遂げたいと考え、大きく分けて2つの取り組みを行いました。まずIA期に関しては、転移がないわけだから、そんなに大きな手術は必要ない。低侵襲な手術のほうががんを持つ患者の体にとってプラスにはたらくのではないかという考えです。そのため、IA期に対しては胸腔鏡を使った低侵襲な手術を積極的にとりいれました。一方、病期の進んだIIIA期までに対しては、逆に胸骨正中切開をして肺葉切除プラス、両側の縦隔リンパ節まで徹底的に郭清するという拡大手術を試みました。それまでは肺葉を取ってもそちら側の縦隔リンパ節しか郭清していませんでしたが、IIIA期までに対しては両側のリンパ節まで取るようにしました。これによって心臓の周りのリンパ節も全部根こそぎ取れるので、これが予後に好結果を及ぼすと考えたのです。結果は上々で、このような手術が行えた方の5年生存率は、現時点でおよそIA期は90%(88.1)、IB期(85%)、IIA期はともに70%(100%)、IIB期は60(90%)%、IIIA期は40%(40.7%)という成績を達成しています。
ゴルフ大好き老人のAさん(79歳)はIA期の肺がんで右上葉に2.5cm大の腺がんが見つかりました。胸腔鏡下の手術を選択。Aさんは1ヵ月間以上ゴルフをやらなかったことがなく、今回も入院直前にゴルフをして手術に臨んだといいます。手術4日前に入院し、術後10日目に退院しましたので入院期間は2週間、翌々週に外来を受診し、その翌日ゴルフをし、1ヵ月間以上ゴルフプレーを空けなかったといって喜んでいました。よくなってもう5年以上になりますがまったく再発はなくお元気です。それほどご高齢でなく、合併疾患なく、リスクのない方の場合は、通常、手術前日に入院され、術後1週間目に抜糸後退院されます。入院期間は9日間です。退院後1~2週間(個人差あり)ほどご自宅でリハビリして、お仕事に復帰されています。
肺がんに関しては、当科では基本的に臨床病期IA期を対象とし、患者にinformed conncentを行い標準手術と胸腔鏡手術の利点、欠点を話した後、患者及び家族に術式を選択して(shared decision making)いただいています。胸腔鏡下肺葉切除術は、手術操作孔及び切除した肺を取り出す穴として、5cmの開胸をおき、2-3個のポートを使用し行われています。傷が小さいことは術後の傷は目立たず、また、筋肉を切離する範囲が小さいことから、痛みも少なく、呼吸機能の低下を予防するため、術後肺炎、無気肺などの術後合併症の発症を抑えています。入院期間も現在、術後7日にて退院することが可能となっています。

自然気胸に対する低侵襲手術

特に、若い男性に多い疾患である自然気胸はほぼ全例胸腔鏡手術を行っています。気胸の原因となっている肺のう胞を自動縫合器で部分切除することが一般的であります。手術時間も平均1時間程度であり、手術後1-2日で退院可能であります。しかし、高齢者の自然気胸の場合は、基礎疾患としてCOPDがあることから手術時間がやや延長する症例も認められます。また、入院期間も若年者に比べやや長くなる傾向があります。
最近、女性の方で自然気胸を発症する方が増えております。特殊な疾患を合併していることがあり、その代表が月経随伴性気胸とLAM(過誤腫性肺脈管筋腫症)であります。 月経随伴性気胸は婦人科と、LAMは呼吸器内科とタイアップして治療を行っております。

肺腫瘍に対する低侵襲手術

良性肺腫瘍、転移性肺腫瘍、未確診の肺腫瘍は、末梢病変(肺の表面に近い病変)がよい適応となります。自動縫合器を用い病変部を含め、肺を部分切除します。胸腔鏡手術を用いることにより、術後は2-4日にて退院可能となっています。

縦隔腫瘍に対する低侵襲手術

胸腺疾患を除いた縦隔腫瘍は基本的に胸腔鏡手術を行っています。適応疾患は、神経原性腫瘍、のう胞性疾患が適応となっています。胸腔鏡を用い、病変部を摘出します。胸腔鏡手術を用いることにより、術後は2-4日にて退院可能となっています。

胸膜中皮腫に対する低侵襲手術

最近話題となっている胸膜中皮腫、他の胸膜疾患の鑑別診断のため胸腔鏡手術を行っています。カメラを通し、胸膜病変を間近に診られるため、診断能力を上げることができています。胸腔鏡手術用いることにより、術後は1-3日にて退院可能となっています。

診断のための低侵襲手術

胸水が貯留した場合、胸腔内にドレーン(管)を入れ、胸水を排出させて治療を行います。しかし、診断に難渋することがあり、この場合は、局所麻酔を行い、胸腔鏡を用いて胸膜病変を観察し、生検ができるため正確な診断を行うことが可能となっています。また、この手術は処置室などで胸腔内にドレーンを挿入する操作と代わらなくできるため、低侵襲であることが利点であります。

VATS肺がんの生存率(2006年末現在)

Lung CancerにおけるVATS lobectomyの成績(全症例)グラフ
C-T別(VATS lobectomy)グラフ
C-Stage別(VATS lobectomy)グラフ
p-T別(VATS lobectomy)グラフ
p-N別(VATS lobectomy)グラフ
p-Stage別(VATS lobectomy)グラフ