IgA腎症(IgA nephropathy)とは?
| @ | 世界でもっとも頻度の高い原発性糸球体腎炎で、特に日本をはじめとするアジア諸国に多く発症します。 |
| A | 当初の報告とは異なり、約30−40%は末期腎不全に至る予後不良の疾患であることがわかっています。 |
| B | いまだ病因は不明であり根本的治療は確立されていませんが、最近になり扁桃腺摘出(扁摘)とステロイド療法の併用が良い成績をあげています。 |
[定義・概念]
IgA腎症は、1968年にフランスの病理学者Bergerが「糸球体メサンギウム領域へのIgA-IgGを主体とする顆粒状沈着を特徴とするメサンギウム増殖性腎炎」として初めて報告しました。したがって、確定診断には腎生検による病理像の確認が必要です。日本では、1995年度にIgA腎症の診断基準と予後判定基準が、厚生省特定疾患進行性腎障害調査研究班と日本腎臓学会の合同委員会(委員長:堺秀人 東海大学教授)により刊行され、本邦独自の一定の基準に則った診断、予後判定ならびに治療指針が示されています。その後、厚生労働省特定疾患進行性腎障害に関する調査研究班IgA腎症分科会(主任研究者:堺秀人 東海大教授、分担研究者:富野康日己 順天堂大学教授)によって行われた全国予後調査や多施設共同研究によって集積されたエビデンスに基づいた見直しが行われ、2002年にIgA腎症診療指針の第2版が刊行されました。現在は、富野康日己主任研究者(順天堂大学教授)のもとで最新のエビデンスがさらに集積しつつあります。
[疫学]
この疾患は、本邦で原発性糸球体腎炎の約40%を占める最も多い糸球体腎炎です。1994年の年間受療患者数は、24,000人(95%信頼区間21,000〜27,000)と推計されています。IgA腎症の約80%は16〜35歳に腎生検により確定診断がなされ、10歳以下は稀です。男女比は2:1〜6:1で、男性に優位に発症するとされています。アジア太平洋地域では、腎生検により確定される糸球体疾患の約半数はIgA腎症であるのに対して、ヨーロッパでは20〜30%、北米では10%程度、南米全体では6%程度、アフリカ・パキスタン・インドでは非常に稀で、明らかな地域差が存在しています。
大規模な家族内集積例が存在していることや一卵性双生児における発症例があることなどから、慢性糸球体腎炎のなかでIgA腎症は、最も疾患感受性遺伝子が想定されている疾患です。IgA腎症では孤発症例が9割に対して、1割に家族性発症を認めることが以前から言われていますが、家族性の尿所見を含めた詳細な家族調査がまだ十分調査されていないため見過ごされている可能性が高く、家族内集積例はもっと多く存在しているかもしれません。
[病因]
IgA腎症の病因は主に腎臓そのものよりも腎臓外にあることが想定されています。これは、IgA腎症患者さんが末期腎不全になり移植を受けた際に、約半数の患者さんで移植腎にIgA腎症が再発することや、過去にたまたまIgA腎症の患者さんの腎臓を、他の疾患で腎不全になった患者に移植した際、移植した腎臓のIgAの沈着が消えたとする報告などからそのように考えられています。腎臓外の病因として主にIgAの産生系に関わる異常が指摘されています。IgAは粘膜免疫に深く関わることから、細菌・ウイルス抗原や食物抗原などが数多く研究されてきましたが、いまだ抗原は特定されていません。しかし、これに関連し扁桃腺での感染が重要な働きをしていることが考えられています。事実、IgA腎症の患者さんは上気道感染を契機に肉眼的血尿などの臨床像の増悪を認めます。また、治療として扁桃腺摘出とステロイドの併用が良い成績をあげています(後述)。
しかし一方で、IgA腎症患者さんの骨髄の異常も指摘されています。ヒトや動物実験レベルで骨髄移植によりIgA腎症が改善したとする報告があり、骨髄と粘膜間で責任細胞の移動が起きている可能性も議論されています。
腎臓に沈着するIgAそのものの異常も報告されています。ヒトのIgAの一部は特殊な糖鎖修飾がされていますが、その糖鎖修飾が減少していることが指摘されています。しかし、なぜ減少するのかは不明です。またIgAを認識する側の分子(レセプター)の異常の報告もあり、IgA腎症の病因は非常に複雑多岐にわたり、その十分な解明にはまだいたっていません。
[初発症状・臨床症状]
IgA腎症の大部分は無症候です。その発見の契機は、健診や学校検尿における尿所見異常で発見されるものが大部分です。本邦では肉眼的血尿で発見される患者さんは約10%前後、ネフローゼ症候群(尿に蛋白が大量にもれて浮腫をきたす状態)で発見されるのは5%以下とされています。[検査所見]
IgA腎症患者さんでは、ほとんどの場合に血尿が認められます。血清IgA高値(厚労省の診療指針では315mg/dl以上を高値としています)を示す患者さんは約60%にすぎず、正常血清IgAを示す患者さんがみられることも注意しなければなりません。ちなみに、血清IgA値と腎機能の予後の相関は認められていません。[病理所見]
IgA腎症の最終的な確定診断は、腎生検による病理組織診断によります。Bergerが最初に報告したように、光学顕微鏡上(PAS)ではメサンギウム細胞という腎臓固有の細胞の増殖を主体とする組織像を示し、蛍光抗体法(IF)(あるいは酵素抗体法)ではメサンギウム領域に免疫グロブリン(抗体と呼ばれるもの)の1種類であるIgAの優位な沈着を認めた場合に診断されます。電子顕微鏡(EM)では、高電子密度物質の沈着を、傍メサンギウム領域を中心に認められます。前述の厚生労働省特定疾患進行性腎障害に関する調査研究班IgA腎症分科会によるガイドラインでは、IgA腎症を4群に分類し、それぞれに対して細かく治療方針が示されているのを特徴としています。予後判定の基準は、老廃物を捨て、原尿を作る「糸球体(片方の腎臓に約100万個あります)」という場所の硬化(硬くつぶれてしまった様子)・半月体形成(三日月上の硬化)・癒着などの程度、糸球体以外の尿細管・間質・血管といった場所の所見をもとに「予後良好群」「予後比較的良好群」「予後比較的不良群」「予後不良群」のいずれかに判断されます。ただし、標本中の糸球体数は10個以上であるのが判定には望ましいとされています。
![IgA腎症[病理所見]](img/iga-zin.gif)
[治療]
「予後比較的不良群」および「予後不良群」はそれぞれ約30%と5−10%で、積極的管理・治療を要する患者さんの数はあわせて約4割に達しています(実際はもう少し多いのではともいわれています)。指針では、「予後比較的不良群」と「予後不良群」に対して、積極的食事療法を要するとしているので、積極的薬物療法もこの2群が対象となりますが、必要に応じて「予後良好群」と「予後比較的良好群」にも腎臓専門医の意見を参考に使用することが望ましいと付記されています。特に最近の扁桃摘出・ステロイドパルス療法は「予後比較的良好群」にも積極的に適応すべきだとする考えもあります。- 食事療法:
IgA腎症の食事療法の基本は、1)十分なエネルギー補給(35kcal/標準体重/日)(標準体重Kg=(身長m)2×22)、2)蛋白制限食、3)食塩制限であります。1996年にPedriniらによって行われた研究から、蛋白制限食が腎不全進行に対して有用なことが示され、その有効性の一応の目安は0.6g/標準体重/日とされています。この報告とその他の研究の結果をうけて、1998年に日本腎臓学会の食事療法のガイドラインではクレアチンクリアランス(Ccr)(腎機能を評価する目安になります。正常は100ml/分前後)が70ml/分以下では0.6 ̄0.7g/標準体重/日、Ccrが30ml/分以下では0.4 ̄0.5g/標準体重/日の制限が必要と提唱されました。これに基づき、2002年のIgA腎症診療指針の改定では、「予後比較的不良群」では0.8 ̄0.9g/標準体重/日、「予後不良群」では0.6g/標準体重/日といった指針が示されています。
IgA腎症に限らず慢性の糸球体腎炎では高血圧を呈しやすく、腎不全の進行速度と高血圧の程度は相関するため、血圧の低下および血圧日内リズムの正常化を目的とした食塩制限は重要となります。2002年の治療指針では、「予後比較的不良群」では7-8g/日、「予後不良群」では7g/日を提唱しています。 - 薬物療法:
a) 抗血小板薬・抗凝固薬
IgA腎症をはじめとした糸球体腎炎における進展・増悪には、血液中の血小板という成分が関与するとされています。事実、抗血小板薬の治療効果として蛋白尿減少や腎機能の改善などが報告されています。IgA腎症診療指針では抗血小板薬の適応は、予後比較的不良群、予後不良群にあるとされていますが、必要に応じて予後良好群、比較的予後良好群に対しても適応を示しています。 本邦においては塩酸ジラゼプ、ジピリダモールが保険適応薬(前者がIgA腎症、後者が慢性糸球体腎炎に対して)として用いられています。両者ともに蛋白尿減少効果を認めており、その効果に比して副作用(頭痛など)など負の要素が少ないことなどを考えると使いやすい薬剤です。b) 降圧薬
糖尿病腎症および非糖尿病腎症を対象とした複数の大規模臨床試験の結果から、慢性腎疾患の末期腎不全への進展抑制に関し、レニン・アンジオテンシン系を阻害する降圧薬の有用性が明らかにされています。現在では、高血圧を伴うIgA腎症に対しても第一選択薬となりつつあります。基礎研究や臨床試験からこの薬剤の腎保護作用機序は、高血圧の是正ばかりではなく、尿蛋白減少作用などの直接的保護作用が期待されています。この種類の降圧薬として具体的にはACE阻害薬とアンジオテンシンII type1受容体阻害薬(ARB)があげられます。両薬剤には腎保護作用に関して一長一短の部分があることが予想され、どちらが慢性腎疾患の進展に対してより有用であるかについては、いまだ結論づけられていません。その意味で、腎炎の病態や病期に応じた選択の必要性が考えられています。IgA腎症に対するレニン・アンジオテンシン系阻害薬の安全かつ有効な使用法を確立するために、今後IgA腎症に特化した大規模な臨床試験が待たれています。c) 副腎皮質ステロイド
副腎皮質ステロイドは抗炎症作用と免疫抑制作用を有することより、腎疾患の治療に広く用いられています。IgA腎症においても今までのデータの積み重ねによって、ステロイドは主要な治療薬の一つとして数えられるようになりました。MustonenらはIgA腎症患者にステロイド療法を行い、軽度な組織障害例ではステロイド療法が有効であったが高度障害例では無効であったと報告し、以来多施設においてその有効性が議論されてきました。我が国においても多くの施設から報告がなされています。一般的に腎生検で糸球体の硬化の程度が軽度で、急性の炎症所見が主体である症例を主体とし、蛋白尿が0.5g以上でかつ腎機能が保持されている症例(Ccr 70 ml/min以上)を適応としています。したがって予後判定基準で予後比較的良好群、比較的不良群が主な対象群となります。d)扁桃腺摘出
ステロイド療法は本疾患においてエビデンスが比較的はっきりしている薬剤の一つですが、具体的にどの程度の期間使用するか、また使用量をどのように設定するか、そして扁桃腺摘出術との併用やカクテル療法など併用療法の位置づけをどう考えるかなどについて、決まった指針はできていません。したがって、現時点では蛋白尿の減少、長期間に渡る腎機能の保持、副作用を含めた生命予後を配慮しながらステロイド療法の適応を考えることが重要であると思われます。
