《法人章は、明治時代から順天堂醫院の薬袋に使用されていたもので「仁」の文字を図案化したものである。》 順天堂大学医学部附属順天堂医院
Google WWWを検索 サイト内検索
  順天堂大学医学部附属順天堂医院
順天堂医院ニュースNO.31 目次 順天堂医院ニュース一覧へ

院長ご挨拶
院長 新井 一

新任教授紹介
整形外科 金子 和夫

診療科トピックス
頭頸部進行がんの超選択的動注療法
 耳鼻咽喉・頭頸科

土・日1泊2日糖尿病教育入院のご案内
 糖尿病・内分泌内科

緩和ケアのご案内

診療支援部門ニュース
NSTにおける薬剤師の役割
男性看護師だからこそできること
肝臓機能障害による身体障害者手帳が交付されます
無機質「カルシウム」のはなし
医療費あと払いサービスを導入しております

患者さんに優しい順天堂であるために(Part3)

順天堂医院の今昔

順天堂大学 保健看護学部 開学


順天堂医院の今昔
順天堂医院の初代院長 佐藤尚中
 御茶の水の順天堂医院が現在地に開院したのは明治8年であった。しかし、順天堂はそれ以前に わずか2年であったが、下谷練塀町(現在の秋葉原駅構内)に当時は珍しかった私立病院を開院して いた。院長は二代目堂主佐藤尚中であった。尚中は、明治2年に明治政府の要請で、佐倉から上京し て、東京大学医学部の大学大博士(校長に相当する地位)に就任していた。ところが、明治4年、東京 大学にドイツからお雇い教師が来日して、大学の一切の権限を握り、医学生の大半を退学させ、外来患 者の数も限定した。そのため尚中が診ていた患者も、医学生も行く場を失った。それに心を痛めた尚中 は、佐倉藩に戻る予定をやめて、下谷練塀町に病院を開院して患者の診察を行い、医学生を教育し た。名医佐藤尚中の診察を求める患者で、練塀町の病院はたちまち満床となった。その上、練塀町は 低地で水はけも悪く、土地も狭かったので、尚中はお茶の水の高台に土地を求めて、明治8年4月に順 天堂医院の現在地に病院を開院して、塾生の教育を始めたのであった。

順天堂大学医学部医史学研究室
特任教授 酒井シヅ
順天堂の新学部が生まれます。「仁」の精神に基づく「心身を癒す看護」を
平成22年(2010年)4月開学!
順天堂大学 保健看護学部
●校地/静岡県三島市大宮町3丁目7番33号 ●募集定員/120名
●資格取得/看護師国家試験受験資格、保健師国家試験受験資格
●実習病院/順天堂静岡病院及び関連病院、高齢者介護施設等
<順天堂大学 保健看護学部 (三島キャンパス)>
TEL: 055-991-3111 (代表)  E-mail:mishima@juntendo.ac.jp
http://www.health-nurs.juntendo.ac.jp

順天堂大学医学部附属順天堂医院
〒113-8431 文京区本郷3-1-3
TEL : 03-3813-3111(代表)
編集 病院広報委員会
発行 医療連携室(平成22年4月発行)
ホームページ
http://www.juntendo.ac.jp/hospital/

6ページへ
目次へ
順天堂医院ニュース一覧へ

Copyright © 2005 JUNTENDO All Rights Reserved.