《法人章は、明治時代から順天堂醫院の薬袋に使用されていたもので「仁」の文字を図案化したものである。》 順天堂大学医学部附属順天堂医院
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順天堂医院ニュースNO.46 目次 順天堂医院ニュース一覧へ

院長ご挨拶 院長 熏閨@芳成

新任教授紹介
総合診療科  久岡 英彦
麻酔科・ペインクリニック  佐藤 大三
呼吸器内科  堀  賢
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医療福祉相談室ニュース
『病気やケガで仕事を休んだときは傷病手当金という制度ガあります』

順天堂医院の今昔
順天堂医院の今昔 『順天堂醫院の名称と由来』


順天堂医院の今昔「順天堂醫事雑誌」
順天堂醫院の名称の由来

図1:明治8年 湯島に病院を開いた時に順天堂醫院の看板が掛かる  むかし、中央線の電車の窓から順天堂を見上げると「順天堂醫院」と書いた表玄関がみえた。こんなに大きな病院がなぜ醫院なのか不思議でならなかった。今も「順天堂はどうして“醫院”なのですか?」とよくたずねられる。
 順天堂が順天堂醫院といったのは、明治8年に湯島の台地に病院を開いたときからであった。そのときの門柱に『順天堂醫院』の看板が掛かる(図1)。最初に醫院といったのは東校(東京大学前身)の附属病院であった。図2:病院旗そこの校長であった佐藤尚中(順天堂第2代堂主)が、病院は病人を泊めておく場所を意味する。治療の意味はない。醫院と改めるべきだと提言し附属醫院となったのである。醫には外科、内科、薬の意味があり治療を意味する。
 「病院」の呼び名は戊辰戦争の前戦で使われていた。順天堂第3代堂主佐藤進が奥羽追討陸軍病院頭取に任命された際、その場所に“病院”旗を掲げた。そのときの病院旗が順天堂に伝わる(図2)。その後、各地に出来た治療所を病院と呼んでいた。横浜陸軍仮病院もその一つであった。
順天堂大学医学部医史学研究室
特任教授  酒井シヅ
順天堂大学医学部附属順天堂医院
〒113-8431 文京区本郷3-1-3
TEL : 03-3813-3111(代表)
編集 病院広報委員会
発行 医療サービス支援センター
    地域医療連携室(平成26年4月発行)
ホームページ
http://www.juntendo.ac.jp/hospital/

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