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順天堂の3つの柱

教育、研究、診療・実践を柱に、順天堂は21世紀を切り拓く

順天堂の名は、学祖・佐藤泰然が江戸・薬研堀にオランダ医学塾「和田塾」を創設(1838年)しそののち下総国(千葉県)の佐倉本町に移って医院兼医学塾を開いたことに始まります。泰然はそこで初めて「順天堂」を名乗りました。
以来、今日まで順天堂はわが国の医学・医療をリードしつづけてきたのです。

戦後の荒廃した社会情勢の中、昭和26(1951)年に体育学部を創設、そして、21世紀を目前に控えた平成5(1993)年には、体育学部をスポーツ健康科学部と改組し医学とスポーツ科学の両面から健康を探求する体制が整いました。さらに明治29(1896)年から体系化された看護教育は、養成所、看護学院、准看護学院、高等看護学校、看護専門学校、医療短期大学と名前を変えながら、順天堂はいま、明日の保健・医療・福祉・健康を担う人材を育成しそれらの発展に寄与する研究を進め、生命や健康を支えていくため「教育」「研究」「診療・実践」の3つを柱にすえて21世紀を切り拓いていきます。

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