全国の医系大学の中で江戸時代から西洋医学教育を行ってきた唯一の医学塾です。
二代目堂主佐藤尚中は大学東校(東京大学医学部の前身)の初代校長として近代医学教育確立に尽力しました。
佐藤進(三代目堂主)は、明治政府発行の旅券第1号をもってベルリン大学医学部に留学し卒業しました(アジアで最初の欧米医学校の卒業生で、勿論これは東京帝国大学医学部設立以前です)。帰朝後、岳父尚中を支え国内の西欧医学普及のリーダーとして活躍しました。明治20年創刊の「順天堂医事研究会雑誌」は全国の一般医家の啓蒙雑誌として広く重用され、現在も刊行されています。
野口英世の研究・留学を支援しました。東京医科大学の創設に佐藤達次郎(四代目堂主)をはじめ順天堂関係者が協力し教育・運営に当たりました。
女子美術大学の創立期の経営を援助しました医系大学は講座制研究体制をとっていますが、中央共同研究室体制、内科・外科の臓器別再編、小児外科・臨床病理・医史学・医学教育・病院管理学講座(研究室)などを全国に先駆けて発足させました。
アトピー疾患研究センターが平成11年4月に文部省の学術フロンティア推進事業として助成を受け開設されました。







