研究・分野紹介 環境健康予防薬学
病原体・環境因子に対する生体応答の分子基盤解明
分野概要
環境健康予防薬学分野では、病原体や化学物質をはじめとする外的因子がヒトに及ぼす影響、およびその作用機序や生体応答機構について、ゲノム編集法によるゲノムワイド探索やイメージング解析、細胞ソーティングなど最新の技術を用いて、分子レベルから個体レベルまで解明することを目指しています。これらの先端研究を通して、薬学の分野として重要な感染微生物学及び環境衛生学に関連する最先端の幅広い知識と技能を修得すると共に、様々な分野で活躍出来る自立した研究者の育成を目指します。

教員紹介
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研究テーマ:

研究テーマ:

研究概要
病原体や化学物質などの外的因子は、私たちの健康に多様かつ深刻な影響を及ぼすことが知られています。環境健康予防薬学分野では、これら外的因子が生体に与える影響、作用機序、及び外的因子に対する生体応答を分子・細胞・個体レベルで解明することで、これらを基盤とした予防・制御法の確立を目指します。当分野は大きく微生物・免疫学と衛生化学の2つの研究分野より構成されており、前者はウイルスや細菌などの病原体、後者は金属などの環境因子を主な対象として、以下の研究を行っています。
(微生物・免疫学)
感染症を引き起こすウイルスや細菌、及び細菌が作り出す毒素は、宿主の細胞因子に作用することで病原性を示します。微生物・免疫学の分野においては、ゲノム編集法によるゲノムワイド探索をはじめ、培養細胞及びマウスを用いて、様々なウイルスの感染や細菌、細菌毒素の作用に必要な細胞因子、及び自然免疫をはじめとする感染抑制因子の解明に取り組んでいます。
(衛生化学)
衛生化学分野では、金属や化学物質などの環境因子が及ぼす生体影響を、最先端の「生体イメージング技術」を用いて可視化し、その毒性発現機序の解明に取り組んでいます。また、これらの分析技術を中毒起因物質の特定に応用する法医中毒学的研究や、In vivoゲノム編集技術を用いた個体レベルでの疾患メカニズム解析も展開しています。
| 研究テーマ |
|---|
| 1. 病原体感染における宿主細胞因子の探索 |
| 2. 糖鎖・スフィンゴ脂質の細胞内代謝・輸送機構の解明 |
| 3. 細菌感染症発症の分子機構および自然免疫による防御機構の解明 |
| 4. 高精度生体イメージングによる有害環境因子の毒性影響可視化と法医中毒学的分析への展開 |
| 5. In vivoゲノム編集法による金属元素を含む環境因子の生体影響評価と疾患メカニズムの解析 |
1. 病原体感染における宿主細胞因子の探索
COVID-19以降、新興・再興感染症をはじめこれまで以上に感染症研究に注目が集まっています。ウイルスや細菌毒素が私たちに感染あるいは作用するためには、特定の宿主細胞を認識して侵入し、増殖する/毒性を示す過程が不可欠です。しかしこれら感染がどのような分子基盤によって成立しているのかについては、未解明な点が多く残されています。またこれらの宿主細胞因子は薬剤標的となる可能性を秘めています。そこで私たちは病原体の宿主因子を解明するため、以下の研究を遂行しています。
1-1)CRISPRライブラリーを用いた宿主細胞因子のゲノムワイド探索
宿主因子探索のツールとして、ゲノム編集法の一種CRISPR/Casシステムのゲノムワイドライブラリーを用いた研究を展開しております。ヒト約20000遺伝子をそれぞれ操作(破壊)した細胞群を作成することで、感染や毒性に関与する因子をゲノムワイドに探索する方法です。これまで腸管出血性大腸菌の外毒素である志賀毒素(ベロ毒素)をはじめ、様々な毒素やウイルスに関与する宿主細胞因子の探索を行ってきました。現在これらのノウハウを生かし、さらに多くの病原体に対する宿主因子探索にチャレンジしています。また新興感染症に備え、より幅広い細胞因子の探索を行えるように、新たなCRISPRライブラリーの開発も行っております。これらCRISPRライブラリースクリーニングのプラットフォームを強化することにより、新興・再興感染症に備えます。

1-2)生体膜糖鎖・スフィンゴ脂質の病原体感染への影響解明
生体膜には様々な糖鎖や脂質分子種が発現しており、これらは病原体の格好の標的となっています。例えば上記の志賀毒素はGb3というスフィンゴ糖脂質の一種に特異的に結合して細胞侵入を起こしますし、インフルエンザウイルスは酸性糖の一種シアル酸を含む糖鎖を認識します。私たちはこれまでスフィンゴ(糖)脂質、N結合型糖鎖、O結合型糖鎖、プロテオグリカンを中心に40種類以上の糖鎖・脂質関連遺伝子ノックアウト細胞を作成し、(a)志賀毒素における糖脂質性受容体と糖タンパク質性受容体の差異、(b)細胞内寄生細菌であるクラミジアトラコマティスにおけるスフィンゴ脂質の必要性、(c)共同研究においてC型肝炎ウイルスやジカウイルスにおける細胞内スフィンゴ脂質の必要性など、様々な病原体感染に対する影響を解明してきました。現在ムンプスウイルスなど糖鎖結合性ウイルスに焦点を当て、ウイルス侵入時における糖鎖の役割解明を目指しています。

1-3)ウイルス研究に資する培養細胞の開発
ウイルス研究において、細胞を用いた研究は宿主細胞因子を同定するためにも必要不可欠です。ヒトノロウイルスは現在小腸オルガノイドでのみ増幅が認められていますが、この培養はコスト及び手間がかかるため、汎用の培養細胞による感染系の構築が求められています。ヒトノロウイルスの多くの遺伝子型は血液型糖鎖抗原(HBGA)との結合が知られています。私たちはこのHBGA結合性を足がかりとして、種々の遺伝子改変を施すことで、ヒトノロウイルスが増殖する汎用の培養細胞の構築を目指しています。
2. 糖鎖・スフィンゴ脂質の細胞内代謝・輸送機構の解明
糖鎖やスフィンゴ脂質は病原体感染を含め、非常に多くの生理現象に関与します。これらの分子は細胞内において連続的な代謝や輸送が行われ、それぞれの分子種が正しい細胞内分布を示すことで機能を果たしますが、こうした生合成が適切に行われるためには、生合成酵素と基質の両方の細胞内輸送や局在が正しく制御される必要があります。わたしたちはこれまで、スフィンゴ糖脂質においては志賀毒素(糖脂質Gb3が受容体)に対するCRISPRスクリーニングを通して、ラクトシルセラミドからGb3への生合成酵素を制御するLAPTM4AやTM9SF2を同定しており、また糖タンパク質糖鎖に関しては同じ腸管出血性大腸菌の外毒素Subtilase cytotoxin(シアロ糖鎖を受容体とする)に対するスクリーニングでは、N-結合型及びO-結合型糖鎖の生合成に必要な因子として亜鉛イオントランスポーターSLC39A9を同定し、解析を行ってきました。スフィンゴ脂質の輸送に関しては、通常よく見られます小胞輸送と共に、脂質特有の脂質二重膜のTransbilayer輸送やオルガネラ間非小胞輸送を考慮する必要があります。現在私たちはCRISPRライブラリーなどを用いて、スフィンゴ脂質の輸送に関与する新規細胞因子の探索を行っています。

3. 細菌感染症発症の分子機構および自然免疫による防御機構の解明
病原細菌の感染に対して、宿主は好中球をはじめとする自然免疫細胞によって防御し、侵入した細菌の排除を行います。特に感染成立後の宿主内では、さまざまなサイトカインの産生を介して自然免疫細胞の産生が亢進し、免疫機能が強化されます。このように、生体は免疫細胞の産生や機能を精密に制御することで細菌感染に対抗しています。しかし一方で、細菌感染が重篤化し、死に至る例も少なくありません。そこで、私たちの研究では、感染症が重症化する分子機構を解明し、新たな感染症対策の開発につなげることを目的として、以下の研究を遂行しています。
3-1)細菌が産生する毒素に着目した研究
感染症の進行に大きな影響を与える病原性因子の一つとして、細菌毒素が挙げられます。細菌毒素には、グラム陰性菌が広く有するリポ多糖や、高い病原性を示す細菌が産生する外毒素などがあり、これらの毒性発現機構を解明することは極めて重要です。私たちはこれまでに、ガス壊疽の原因菌であるA型ウエルシュ菌を用いた研究により、本菌が産生するα毒素が好中球の産生を障害し、宿主の自然免疫を回避することで感染症が進行する機構を明らかにしました。さらに、ドラッグスクリーニングを通じて、本毒素に対する阻害剤の同定にも成功しています。このように、病原性因子が宿主の自然免疫に与える影響を分子レベルで解明し、それに基づいた新規感染症治療法の開発を目指しています。

3-2)日和見感染症の進行メカニズムの解明
感染症の進行には、病原体側の因子に加えて宿主因子も大きく影響します。例えば、糖尿病などの基礎疾患や加齢に伴う免疫機能の低下により、健常者では重篤な症状を引き起こさない病原体が、深刻な感染症を惹起し、死に至ることがあります。そこで私たちは、こうした宿主因子が免疫機能、特に自然免疫に及ぼす影響の解明を目指して研究を行なっています。具体的には、糖尿病モデルマウスや加齢マウスを用いて、自然免疫細胞の産生およびその調節機構について解析しています。また、自然免疫細胞の産生に影響を与える外的因子として、機能性食品の摂取が免疫機能に及ぼす影響についても検討しています。これらの研究成果を基盤として、日和見感染症に幅広く対応可能な新規な治療法の開発を目指しています。
4. 高精度生体イメージングによる有害環境因子の毒性影響可視化と法医中毒学的分析への展開
私たちの周りにある重金属などの環境因子が、体内の「どこに」「どれくらい」蓄積し、どのような影響を及ぼしているのか。これを正確に捉えることは、生体影響のメカニズムを知るための第一歩です。 私たちは、生体試料中の元素を、組織切片上でそのまま可視化できる高精度なイメージング技術を駆使して研究を行っています。有害金属の臓器内分布や、それによって引き起こされる代謝物の変動をミクロな視点で捉えることで、従来の分析では見えなかった毒性の本質に迫ります。 また、この分析技術は、事件や事故における有害金属の特定や死因究明といった「法医中毒学」の現場でも強力なツールとなります。私たちは、基礎研究で培った分析技術などの知見を社会実装につなげ、裁判科学分野への貢献も目指しています。
5. in vivoゲノム編集法による金属元素を含む環境因子の生体影響評価と疾患メカニズムの解析
金属元素は、生体に必須な微量成分として脳機能にも深く関与しており、その量や分布のホメオスタシス(恒常性)は厳密に制御されています。一方で、環境中の金属元素への曝露や加齢、遺伝的背景などによりこの制御が乱れると、神経機能障害や神経変性疾患の発症につながる可能性があります。私たちはこれまでに、金属元素を透過するイオンチャネルやその遺伝子変異に着目し、神経機能や変性疾患発症にどのような影響を及ぼすのかを明らかにしてきました。現在、in vivoゲノム編集法を用いて、金属輸送体やイオンチャネルなどの関連遺伝子を迅速かつ簡便に改変したマウスを作出し、金属元素の恒常性制御とその破綻が神経機能や変性疾患の発症に及ぼす影響を解析しています。培養細胞実験では捉えきれない、生体下での金属元素動態と神経機能・神経変性との関係を明らかにし、疾患メカニズムの理解や将来的な予防・治療戦略につながる知見の創出を目指しています。