茗溪学園高等学校・洛星高等学校(2026年8月20日)
世界を診る。身体を診る。未来を動かす。
茗溪学園高等学校と洛星高等学校
二つの学校が順天堂で学んだ一日
「医者になったきっかけは何ですか」
講演を終えた森 博威先生に、高校生から質問が飛びました。
森先生が思い出したのは、自身も高校生だったころの出来事です。
雪道で交通事故に遭い、足を痛めた人がいた。脳外科医だった父親はすぐに駆け寄り、手近にあった傘を使って患部を固定し、救急車へとつないだといいます。
その姿を見て、
「かっこいいなと思った」
医師という仕事を、自分の将来として意識する一つのきっかけになりました。
2026年8月20日、順天堂大学医学部を訪れたのは、茗溪学園高等学校の7名と、京都から新幹線でやってきた洛星高等学校の14名。計21名の高校生です。
森先生が高校時代に医師という仕事を初めて身近に感じたように、この日集まった高校生たちも、医学を「知識」として聞くだけではなく、自分の目で見て、手で触れ、人に問いかけながら、その世界を確かめていきました。

▲茗溪学園高等学校と洛星高等学校。地域の異なる二校が、順天堂で同じ一日を過ごしました。
■病院の外にも、医療はある
最初に登壇したのは、順天堂大学医学部総合診療科学講座准教授で、タイ・マヒドン大学熱帯医学部客員教授も務める森先生。
演題は、「順天堂大学を拠点に地域と世界へ:地域医療・熱帯医学・国際保健の現場から」です。
森先生の医師としての出発点は沖縄でした。
「何でも診られる総合医になりたい」と研修を始め、離島医療を経験。感染症への関心からタイへ渡り、熱帯医学を学びました。
そこで目にしたのは、日本とは異なる病気だけではありませんでした。
タイ・ミャンマー国境では、言葉や制度、使える医療資源が異なります。十分な予防医療を受けられず、重症になってから病院を訪れる人もいる。
次々とやってくる患者を病院で診療する。
けれど、それだけを続けていても状況は変わらない。
ならば、病院の外へ出る。
地域へ足を運び、住民とともに予防や健康管理に取り組む。
森先生は、その経験から、地域の健康そのものを変えようとするなら、病院の中で患者を待っているだけでは足りないと学んだと話しました。

▲沖縄からタイ、そして日本各地へ。森先生が、自ら歩いてきた地域医療と国際保健の現場を語りました。
医学の舞台は、診察室だけではない。
一人の患者から地域へ。地域から国境の向こうへ。
講演が進むにつれて、「医学」という言葉が指す範囲は少しずつ広がっていきました。
■一本道ではなかった、医師になるまで
森先生自身のキャリアも、初めから一本の道として決まっていたわけではありません。
医学部5年生のころには、「このまま医師になっていいのだろうか」と考え、休学して海外へ出た時期もありました。
その後、医師として働いてからタイへ留学した際には、もう一度「学生」に戻りました。
周囲から「先生」と呼ばれ、判断を求められる立場をいったん離れ、自分が本当に学びたかったことを朝から晩まで学ぶ。
森先生は、その時間が「非常によかった」と振り返ります。
講演の終盤、高校生に示したのは三つの言葉でした。
やりたいこと。
できること。
必要とされること。
若いうちは、まず「やりたいこと」を大切にする。
経験を重ねれば「できること」が増え、やがて社会から「必要とされること」も見えてくる。
沖縄からタイへ。感染症から地域医療へ。そして地域から再び世界へ。
森先生の歩みそのものが、その三つを少しずつ重ねてきた軌跡でした。

▲講演後には「医師になったきっかけは?」など、高校生から質問が寄せられました。
■世界を見たあと、一人の身体を見る
講演を終えた高校生たちは、シミュレーションセンターへ移動しました。
ここで、視野が一気に変わります。
先ほどまで見ていたのは、地域や国境を越えて広がる医療。
今度は、目の前にいる一人の身体の中です。
超音波(エコー)の実習では、模擬患者役となった人の腹部に実際にプローブを当て、肝臓を探しました。
少し動かす。
角度を変える。
画面を見る。
もう一度、探す。
教科書では同じように描かれている臓器も、実際の身体では、自分の手で見つけなければなりません。

▲模擬患者役の腹部にプローブを当てて肝臓を探します。わずかな位置や角度の違いで、画面の見え方も変わります。
「身体の中を見る」。
言葉にすれば簡単ですが、やってみると思うようにはいきません。
その難しさもまた、実際に手を動かしたからこそ分かるものでした。
■一つの画面を、国を越えて囲む
別のエコー実習では、シミュレーターを使って身体の内部を観察しました。
ここには森先生とともに、シリアやウクライナから日本へ来ているダリア先生、ドミトロ先生、アセム先生も加わりました。
高校生がプローブを動かす。
医師が画面をのぞき込み、声をかける。
別の生徒も画面を見る。


▲シミュレーターを使ったエコー実習には、海外から来日した医師たちも参加。一つの画面を囲みました。
数十分前まで、講演の中で聞いていた「海外」や「国際」という言葉。
今度は、異なる国で医学を学んできた医師たちが、高校生のすぐ隣にいました。
大きな言葉だった「国際」が、少し身近になった時間でした。
■「見る」から、「動かす」へ
エコーで身体の中を見た後は、その中で器具を動かす外科手術の世界へ。
生徒たちは、手術支援ロボット「da Vinci」「hinotori」のシミュレーターを操作し、腹腔鏡鉗子を使った「SASUKE」にも挑戦しました。プログラムではエコーと外科手術の各体験をグループごとに巡りました。
画面を見ながら左右の手を動かす。
狙った場所へ器具を運ぶ。
うまくいかなければ、もう一度。
ここでは長い説明より、生徒たちの手と表情が物語ります。


▲身体の中を「見る」エコーから、今度は器具を「動かす」外科手術へ。
■世界まで広がった話を、自分の未来へ戻す
一日の最後には、現役医学部生との交流会が開かれました。
参加したのは、医学部6年生の長谷川伶さん、3年生の森田ひら梨さん、5年生の黒田千佳乃さん。長谷川さんは茗溪学園の卒業生です。
ここで話題になったのは、世界の医療でも最先端機器でもありません。
大学では、どんな勉強をするのか。
高校時代には何をしていたのか。
医学部では、どんな毎日を送っているのか。
高校生にとって、数年先を歩く先輩たちです。

▲現役医学部生との交流会。少し先を歩く先輩たちに、大学での勉強や学生生活について聞きました。
森先生の講演で世界まで広がった視線が、最後にはもう一度、「自分はこれからどう学ぶのか」という問いへ戻ってきました。
■「すごい」で終わらず、「なぜ?」を持ち帰る
この日の始まりに、高校生たちには一つのミッションが伝えられていました。
なぜ、病院の外へ出て医療をするのか。
なぜ、海外で学ぶのか。
なぜ、プローブの当て方で身体の中の見え方が変わるのか。
なぜ、手術をロボットで行うのか。
そして、自分はこれから何を知りたいのか。
茨城から来た7人と、京都から新幹線でやってきた14人。
朝には別々の場所から順天堂へやってきた21人が、この日は同じ話を聞き、同じ画面をのぞき込み、同じ医療機器に触れました。

▲茗溪学園高等学校と洛星高等学校の生徒たち。学校を越えて、一緒に医学を体験しました。
答えを一つ覚えて帰るのではなく、新しい「なぜ?」を一つ持ち帰る。
その問いが、それぞれの次の学びへと続いていきます。