佐藤 郁子
専門)スポーツ栄養
資格)管理栄養士、公認スポーツ栄養士
間違った概念を指摘し、変える
女性特有・または女性に多い症状を抱えたアスリートに対し、順天堂大学医学部附属順天堂医院・同浦安病院の女性アスリート外来では、産婦人科・整形外科と連携して、栄養指導を実施しています。担当するのは管理栄養士の佐藤郁子さん。
公認スポーツ栄養士の資格も持つスポーツ栄養の専門家です。
「女性アスリート外来では、基本的に産婦人科、整形外科の診療とセットで栄養指導を行っています。指導を受けている人の年齢層は13歳から40代までと幅広く、その専門分野(競技)も多岐にわたっています。比較的多いのが、陸上中・長距離の選手、クラシックバレエなどの審美系分野、さらにはサッカーやバスケットといった球技などです。当然、選手の競技レベルや生活・練習環境はさまざまですから、栄養指導の内容も千差万別です」
一例を挙げると、疲労骨折を繰り返しているというある選手が外来を受診しました。この選手は、身長に対して体重がやや低めで、面談と食事記録による分析から、練習量に対して摂取すべきエネルギー量が絶対的に不足していることがわかりました。
「この選手は、特に『ごはん(白米)は太る』という間違った情報を信じ込んでいました。ごはんは主食であり糖質であってエネルギー源ですから、3食の食事はもちろん、練習前後にもしっかり食べなければなりません。けれども、部の方針で厳しい体重制限が設けられているため、体重が増えることを心配して、3食の食事でも少ししか口にせず、練習前後の補食も摂っていなかったのです。さらに、主食以外の食事量も全体的に少なく、補食も制限されていたため、エネルギーをはじめ各種栄養素が不足している状態で長期間練習を続けていたようです。そのため、体重減少と共に生理が止まり、ホルモンバランスが崩れたことによって、骨密度が低下したと考えられました」
成長期にあり、毎日激しいトレーニング行っている選手が、食事を極端に制限するなど、あってはなりません。しかし、「この選手が特別なわけではない」と佐藤さんは言います。
「栄養について、間違った情報を信じている人があまりに多いのです。自分の経験や偏った知識を指導者から強要される選手や、逆に栄養について無関心な選手も多く、この状況に危機感を覚えます。放置しておけば、現在の不調だけでなく、将来的には不妊や骨粗鬆症予備軍となるなどの危険性をはらんでいる場合も多いのです」
幸い前述の選手は、栄養指導によって食生活の改善に向け、少しずつ主食量を増やすようになり、今は来シーズンに向けて体づくりに励んでいるといいます。他にも同じような選手がいますが、「ごはんを食べると疲労感が全然違います」「突然、甘いものがガマンできなくなって、ドカ食いしていたのがなくなりました」と、食事をしっかりとる事による変化を日々の体調で実感しているそうです。
正しい栄養教育を!
栄養摂取は、個人の食習慣と競技環境など、さまざまな要素が複雑に絡み合っているため、原因追及と改善に時間がかかる場合もあります。そこで今、佐藤さんが必要性を感じているのが、ジュニアアスリートに対する栄養教育です。
「正しい知識のある人が少ないのであれば、知ってもらうための活動をするしかありません。運動量に見合ったエネルギー摂取やバランスのとれた食事がどれだけ大切なことなのか、学んでもらうのです。重視したいのは小・中学生。子どものうちから、食事の重要性を知ってもらい、年齢が高くなっても、自然に正しい栄養摂取ができるようになってもらいたいのです。また、一方で継続的な栄養管理ができるようスポーツ栄養士との連携を図ったり、講演などの場で多くのみなさんと問題意識を共有し、栄養に関する正しい知識の普及に努めていきたいと思っています」
そしてこう付け加えました。
「もしもこの記事を読み、少しでも栄養面に心配があるな、と思ったら、ぜひ女性アスリート外来を受診してほしいと思います。練習で忙しかったり、特に産婦人科にはなかなか足が向かないという人もいるかもしれませんが、ぜひ勇気を出して一歩を踏み出してほしいと思います」
(食事調査の分析シート)
食事記録をもとにその選手の栄養摂取状況を分析したもの。これを示しながら、具体的な栄養指導を行う
いかがですか。あなたは毎日の食生活をおろそかにしていませんか。十分な栄養を摂取していないということは、競技に影響をきたすだけでなく、自分を大切にしていないことと同じです。大好きなスポーツに思いきり打ち込むため、栄養摂取についての正しい理解と、健やかな食生活を送る強い意志を持ちたいものです。
ライター、編集者。柔道、サッカー専門誌の編集部などを経て独立。スポーツ分野では主に競泳や柔道を取材している。