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脳の老廃物排泄の可視化で認知症予防

認知症予防につながる可能性も!?
「正常圧水頭症」研究の最前線

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研究代表者(左)

宮嶋 雅一

大学院医学研究科脳神経外科学 教授

研究者(右)

中島 円

大学院医学研究科脳神経外科学 准教授

高齢者に多く発症する脳疾患のひとつに「正常圧水頭症」があります。これは、歩行障害や物忘れなどの症状が出るもので、認知症にも似た症状からアルツハイマー病やパーキンソン病との関連も指摘されています。順天堂大学脳神経外科では、1980年代から正常圧水頭症の基礎研究に力を入れており、近年はその原因となる遺伝子の同定などの成果も注目されています。大学院医学研究科脳神経外科学の宮嶋雅一教授、中島円准教授に正常圧水頭症研究の最前線についてうかがいました。

「クモ膜下腔」と「脳室」に髄液が溜まる病気

——おふたりが研究されている正常圧水頭症とは、どのような病気なのでしょう?

中島 ヒトの頭の中には、頭蓋骨の内側に脳を守る「硬膜」という硬い膜があり、その内側が「クモ膜」、さらにその内側に髄液が貯留している「クモ膜下腔」があります。さらに脳の中心には、「脳室」と呼ばれる髄液が貯留するスペースがあり、クモ膜下腔とつながっています。正常圧水頭症とは、これらの部位に髄液が徐々に溜まり、周囲の脳組織を圧迫して、さまざまな神経症状を起こす病気です。

宮嶋 正常圧水頭症に起因する神経症状の主なものは、歩行が不安定になり次第に転びやすくなる歩行障害と、夜間頻尿や失禁などの排尿障害です。さらに重要なのは、物忘れ、無関心など、認知症にあたる症状も出てくることです。いずれも高齢者特有の症状なので、正常圧水頭症の多くは、「高齢だから」と見逃されてきた可能性があります。スウェーデンの疫学調査では、60歳以上の3.8%、80歳以上の8.5%が正常圧水頭症に罹患しているというデータもあります。実に身近な病気なのです。

パーキンソン病やアルツハイマー病との判別が難しい

——現在、行われている診断や治療法について、お聞かせください。

中島 診断は、先ほどお伝えしたような特徴的な神経症状を捉える方法、次に頭部CTスキャン、またはMRI(磁気共鳴画像法)によって、脳に髄液が異常に溜まっていることを確認する方法を用います。そして、正常圧水頭症が疑われる場合は、腰に脊椎針を刺して、髄液を30mlほど抜くタップテストという検査を行います。これで症状が改善されれば、正常圧水頭症と診断されます。治療に関しては、溜まった髄液を持続的に腹腔内に流し、腹膜から吸収させる手術を行います。腰から針を刺し、脊柱管内と腹腔内をチューブでつなぐ「腰部クモ膜下腔−腹腔シャント術(LPシャント)」、脳室と腹腔をチューブでつなぐ「脳室―腹腔シャント術(VPシャント)」が主に行われています。

宮嶋 正常圧水頭症の診断および治療をする上で困るのが、パーキンソン病やアルツハイマー病との判別が非常に難しいことです。歩行障害はパーキンソン病とも考えられますし、物忘れは当然アルツハイマー病を疑います。正常圧水頭症の診断をして、髄液を抜く手術を行うことで、歩行障害が改善されたり、認知機能が回復したりする例もあります。これは、水頭症で脳が圧迫されていた状態から開放され、髄液循環や血流がよくなったことに起因します。つまり、パーキンソン病やアルツハイマー病と診断されていた人の何割かは、正常圧水頭症だった可能性もあるのです。

中島 ちなみに、正常圧水頭症には2種類あって、特発性正常圧水頭症と続発性正常圧水頭症があります。前者は原因がわからないもの、後者はクモ膜下出血や脳外傷など原因がわかっているものを指します。私たちの研究ターゲットは、特発性正常圧水頭症になります。この原因を突き止めることで、これまでにない診断法や治療法を開発できるのではないかと考えています。

家族性正常圧水頭症の原因遺伝子を同定

——正常圧水頭症の発症機構として、現在どのようなことが考えられますか?

宮嶋 正常圧水頭症の発症機構は、髄液の吸収障害が原因と考えられますが、その詳細については不明な点がまだまだあります。私たちは、加齢による動脈硬化などに起因するGlymphatic Systemからの老廃物の排泄低下、脳室上衣の線毛運動の低下による老廃物の排泄低下などに着目しています。これらにより脳室とクモ膜下腔の髄液に浸透圧の変化が生じるため、それを調整するための水分子が脳の他の部位から移動し、脳室およびクモ膜下腔の拡大が起こるのではないかと推測しています。

中島 補足しますとGlymphatic Systemとは、脳内に存在する老廃物排出システムのことを指します。これは、アルツハイマー病の原因などの文脈で語られることが多いですね。2010年代初頭に、Glymphatic Systemと硬膜リンパ管からの髄液の吸収機構が提唱され、それ以前に100年以上信じられてきた常識が覆されました。また、私たちの研究チームの独自性としては、脳室上衣の線毛に着目したことです。

宮嶋 現在、明らかにされている家族性正常圧水頭症、遺伝要因の大きい正常圧水頭症の原因遺伝子のほとんどは、線毛に関連したものです。当研究チームも正常圧水頭症の家系にDNAH14という原因遺伝子の異常を同定しました。さらにこの遺伝子をノックアウトしたマウスで脳室拡大と学習能力の低下を示すことも明らかにしました。つまり、家族性正常圧水頭症の原因遺伝子が線毛運動に関与していることがわかったのです。

——これまでの研究成果に基づいた今後の展望についてお聞かせください。

中島 今後は、Glymphatic Systemと脳室上衣線毛の異常との関係を明らかにしていくつもりです。線毛運動を維持することで、脳室の老廃物排泄を促すことがわかれば、正常圧水頭症だけでなく、アルツハイマー病やパーキンソン病といった神経変性疾患の治療にもつながると考えています。この研究を基に、将来は正常圧水頭症の治療薬を開発し、外科的治療を躊躇している患者さんに新たな選択肢を与えられればと思います。

宮嶋 中島先生も言ったように、正常圧水頭症の基礎研究には、アルツハイマー病やパーキンソン病の病態理解につながる要素が数多くあります。順天堂大学は、1980年代から正常圧水頭症の研究を続けており、国内トップレベルの診断・治療のノウハウが集まっています。正常圧水頭症の原因解明、および正しい診断を普及していく活動を通じて、認知症の予防や治療の分野にも貢献していきたいと思っています。

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