AIやデジタルヘルスをコアに産学官民が連携してイノベーションを創出する

研究代表者
AIインキュベーションファームセンター長 服部 信孝

AIを用いた医療やデジタルヘルスのさらなる発展に向けて、順天堂大学では、オープンイノベーションの拠点となるAIインキュベーションファーム(aif)を設立しました。AIやデジタルヘルスをコアとした産学官民の連携を強化し、新たなイノベーション創生に向けて研究・開発・社会実装を進めるaifの取り組みについて、服部信孝センター長にお聞きしました。

次世代医療エコシステムを形成してヒトに優しいデジタルヘルスを実現

順天堂大学AIインキュベーションファーム(aif)は、「仁」の学是に基づく「ヒトに優しいデジタルヘルスの実現」を根本哲学として、仮想空間と現実空間を高度に融合させたヒト中心の医療を患者・市民に届けることを目的に設立されました。

aifでは、サステナブルかつシームレスな研究環境をつくりだすために、学外の企業などとコラボレーションするオープンイノベーションの仕組みを構築。Artificial Intelligence(AI, 人工知能)、Internet of Medical Things (IoMT)、デジタルヘルスをコアとした産学官民連携を強化するとともに、産業創出に向けた次世代医療エコシステムの形成を目指しています。

aifが目指す未来像は、以下の5つのコアプロジェクトに集約されています。

①デジタルトランスフォーメーション(DX)、パーソナルヘルスレコード、医療ビッグデータなどを活用した「データ駆動型医療に向けた次世代医療エコシステム」の実現。

②ゲノム情報などを活用して個々人に合った最適な医療を提供する「予測、予防、個別化医療、参加型医療によるP4 Medicine※」の実現。

③病院連携の ICT 化やスマートホーム・ホスピタルなどで地域連携を強化する「次世代地域医療連携による安心な社会」の実現。

④AR・VR 教育、VR 大学、海外連携、5G の技術を活用した「未来を創る次世代教育と人材育成」の実現。

⑤データ利活用における倫理とセキュリティの確保、次世代医療機器や評価システムの構築などに取り組む「人にやさしいサステナブルな医療」の実現。

これらのコアプロジェクトを実現するために、順天堂大学が持つ充実した設備、国内トップクラスの健康・医療ビッグデータ、AI専門家によるサポート、新たな治療ニーズや治療法発見につながる臨床的知見などが利活用されます。

 

※P4 Medicine:Predictive、Personalized、Preventative、Participatory Medicine

2025年完成予定の新拠点を中心に文京区から世界のデジタルヘルスを牽引

aifの強みの1つとして、立地に恵まれた都市型研究所であることが挙げられます。東京都心に位置し、順天堂大学医学部附属順天堂医院と近接した好立地であることに加え、9学部6研究科6附属病院(2025年1月現在)によって集積される健康・医療ビッグデータや充実した設備が整っています。

2025年に開設予定のaifの拠点となる「元町ウェルネスパーク」には、企業との共同研究講座やスタートアップ企業の入居が可能なインキュベーション施設が完成する予定です。この施設には、個人や企業がそれぞれ集中できる個室スペースのほか、利用者同士が自然に交流する空間、リラックススペースなどが整備され、さまざまな人が集まる“共創の場”として活用されます。さらに、提携するオープンイノベーションプログラム「GAUDI(ガウディ)」やスポートロジーセンターが共存し、分野を超えた相乗効果が期待できます。

また、公共と民間が協働で運営する健康をテーマとしたさまざまな事業を展開する施設である元町ウェルネスパークに拠点を構えることで、文京区の医療機器関連企業と連携した共同研究、区民を対象としたコホート研究など、研究開発を発展させる可能性が広がります。このような地盤を生かし、aifでは「文京区本郷から世界のデジタルヘルスを牽引する共創の場の構築」を目指します。

将来的には、メディカル・メタバースにおいて先進的なプロジェクトを推進する順天堂大学ならではの取り組みとして、「バーチャル元町」のようなバーチャル空間を構築することを考えています。元町ウェルネスパークをリアルな議論の場として活用しつつ、バーチャル元町では時間と空間を超えてコミュニケーションできる場として利用できるはずです。

コンソーシアムを立ち上げてオープンイノベーションを推進

近年の大学は、研究成果をシーズとして、自ら研究費を獲得する仕組みをつくり出さなければなりません。そのような中で重要視されているのが、学内外を問わず、それぞれが持つ知見や技術力を駆使してイノベーションを創生し、社会実装を進める “オープンイノベーション”という仕組みです。

aifは、オープンイノベーションを加速させる取り組みの1つとして、2022年8月に産学官民が参画するコンソーシアム「AI Incubation Farm Partners」を立ち上げました。AI Incubation Farm Partnersの参画企業は臨床医や研究者が同席する意見交換会や勉強会に参加できるほか、各種契約サポート、クラウドサービス活用支援、倫理委員会申請支援などのサポートを受けることが可能です。さらに順天堂大学の臨床医や研究者と、AI Incubation Farm Partnersの参画企業を対象にネットワーキングの機会となるイベント(「Innovative Ideation HUB」)を毎月開催し、プロジェクトの具体化に向けて、活発な議論を繰り返しているところです。現在、大企業3社、スタートアップ企業19社、アカデミア2機関(2025年1月現在)が入会しています。

加えて、経済産業省「第5回地域オープンイノベーション拠点選抜制度(J-Innovation HUB;Jイノベ)」に順天堂大学が採択され、大学を中心とした地域イノベーション創出を推進しています。その拠点となるaifは、新たなイノベーションの研究シーズを提供するだけでなく、地域連携を進める中で大学と企業、企業と企業などの出会いを促すハブとして、産業創出の好循環を生み出していきます。

研究支援から事業化まで一貫してスタートアップ創出を後押し

aifでは、スタートアップ創出のためのプロジェクト「JASTAR(Juntendo University AI Incubation Farm MedTec Startup acceleration project)」を立ち上げました。順天堂大学が有する医療・健康ビッグデータや臨床医の知見と、スタートアップ企業がコラボレーションすることで、短期集中で研究・事業化を加速させることが狙いです。

JASTARに採択されたスタートアップ企業は、順天堂大学のリソースを活用できるほか、臨床医との共同研究デザイン、臨床研究支援チームによる倫理委員会申請・契約関連サポート、医師、弁護士、会計士、投資家などとのネットワークの構築などが利用できます。最終的には、ステークホルダーに対して成果を発表して、事業化を実現していくのです。さらに、各研究分野において世界的な研究成果を多数挙げているaifの研究者たちが、スタートアップ企業の行く道を明るく照らす「Lodestars(道しるべとなる星)」となって導きます。

また、順天堂大学では、大学内の優れた研究成果を医療応用につなげる“大学発スタートアップ”も推進しています。2023年12月に採択された東京都「大学発スタートアップ創出支援事業」では、大学や企業が集積する東京の強みを生かして、大学発スタートアップの輩出に向けた支援体制が強化されました。aifはこの事業においても拠点となり、東京都、文京区とも連携し、世界のデジタルヘルスを牽引する「共創の場」の構築を加速させます。

モバイルヘルス研究のコアとなる企業との共同研究講座を開設

現在は、aifがハブとなる複数の研究プロジェクトが進行中です。

ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社と共同設立した「デジタル医療講座」では、モバイルヘルスを用いた観察研究を行い、モバイルヘルスをはじめとしたIoMT機器からの個人の健康やライフスタイルに関する情報を収集し、人工知能を活用した疾患発症リスクの予測や行動変容の促進、ならびに個別化医療・先制医療に向けた医療システムの構築を行います。

2018年には、順天堂大学医学部眼科学講座とデジタル医療講座と共同開発した花粉症の多様な症状と病態解明のためのスマホアプリ「アレルサーチ®︎」をリリース。その後も、コンタクトレンズの適正使用・管理のための「コンタクトダイアリー」などを相次いでリリースしてきました。

また、株式会社関電工との共同研究講座「遠隔医療・モバイルヘルス研究開発講座」を2023年3月に開設。遠隔医療のニーズ調査、モバイルヘルスを用いた臨床研究、遠隔診療の実証実験そして遠隔診療インフラの開発と遠隔診療システムの標準化を目指します。

このように企業や自治体などと強力なネットワークを構築しながら、2025年の元町ウェルネスパークの完成に向けて実績を積み上げていきます。そこから10年後にあたる2035年までに達成したい目標は以下の通りです。

・イベントおよびセミナー 1,000 件(事業化支援 400 件)

・共同研究契約 200 件(共同研究講座 40 件)

・順天堂大学医学部発スタートアップ 50 件

・医療機器の薬事承認 10 件(保険適用 5 件)

どれも現時点から見れば大きな目標ではありますが、本学の研究リソースやオープンイノベーションの力によって実現可能であると自負しています。この目標を達成するための取り組みを通じて、5つのコアプロジェクトの実現を目指していきます。

研究者Profile

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服部 信孝

Nobutaka Hattori

大学院医学研究科AIインキュベーションファーム
センター長

1985年順天堂大学医学部卒業。順天堂大学大学院医学研究科にて博士号取得(博士(医学)). 国立富士病院神経内科の研修医を経て、順天堂大学医学部神経学講座へ入局. 現在は同大学学長補佐、同大学大学院医学研究科神経学講座主任教授、理化学研究所脳神経科学研究センター神経変性疾患連携研究チームチームリーダを務める. 2021年より現職. 主な研究テーマはパーキンソン病の発症機序.