インタビュー

先進の病院衛生工学で患者さんを守り、社会に貢献する順天堂医院B棟

外堀通りに並び建つ順天堂大学の建物群の中で、ひときわ威容を誇る高層建築――それが順天堂医院のB棟です。B棟は「100年建築とエコホスピタル」をテーマにした早稲田大学との共同プロジェクトから始まり、2014年に完成。今や国内外から視察者が絶えない、次世代ホスピタルの代表格となっています。B棟建築において先進技術の「発案・指揮」及び「評価・検証」を担当した順天堂大学大学院医学研究科感染制御科学・堀賢教授に、B棟の優れた点や今後の順天堂の挑戦についてお聞きしました。

英国の病院衛生工学を国内に広め、工学的なアプローチから院内感染を予防。

私の専門分野は感染制御科学です。2001年、留学先の英国から、当時日本は感染制御の黎明期で、それまで我が国にはなかった病院衛生工学(建築設備などエンジニアリングのアプローチから、病原菌による感染を制御する学問)を一緒に持ち帰りました。以来、一貫して病院衛生工学を国内に広める活動を行っていたため、分野の枠を超えてB棟の建築に関わることになりました。
完工から4年以上経過した2018年6月、B棟は第56回空気調和・衛生工学会賞「技術賞」(建築設備部門)を受賞しました。同賞はゼネコンでさえ数年に一度しか受賞できない「空調工学の頂点」とも呼ばれる賞です。なぜB棟がこれほど高い評価を受けたのか、4つの分野を中心にご説明したいと思います。

順天堂医院B棟の特長①
患者さんの快適性を高める病室

当然のことですが、患者さんにとって病室は安全かつ快適に過ごせて、療養に専念できる場でなくてはなりません。そのためには部屋の温度が一定であること。暑くも寒くもない心地よい空間を実現する必要があります。
B棟では天井裏に輻射パネルを貼ってテフロンチューブを巡らせ、冬は温水を、夏は冷水を流すように設計しています。すると天井からの輻射熱で室内全体が冷暖房され、まるで小春日和のような環境に。エアコンによる冷えのぼせや手足の冷えとは無縁の空間といえます。

hori_01_img1.jpg

B棟病室

順天堂医院B棟の特長②
安全安心な都市型病院

B棟は都心の立地を最大限に利用した高層建築物ですが、火災が起きても安全に避難できる環境を整えています。その内容をご説明しましょう。

①火災検知
火災が起きると自動検知し、煙とともに火災を囲い込みます(特許取得技術)。同時に火災ブロックから非火災ブロックへと、医療スタッフが患者さんを水平避難させます。

②排気口から煙を排出
煙は排気口から強制排気され、同時に火災ブロックの空間全体が減圧されます。

③給気口から空気を取り込む
一方、非火災ブロックでは給気口から空気を取り込むため、加圧が行われます。すると、減圧された火災ブロックから加圧された非火災ブロックに煙が流れなくなります。

④避難誘導用エレベーターで避難
一般的に災害時のエレベーターは使用禁止ですが、B棟にはこの常識は当てはまりません。エレベーターシャフトを断熱材で囲い、防煙仕様にした日本初の災害対応エレベーターのため、患者さんを安全に避難させることが可能です。
このように水平移動⇒垂直移動する避難誘導システムは、オフィスビルを含めて我が国初の設備で、画期的なものと自負しています。

hori_01_1.png

順天堂医院B棟の特長③
高度医療と環境性能の両立

大学病院である順天堂医院は高度な医療を実践すると同時に、「100年建築」として長期に渡ってアクティブに機能を果たすため、環境性能に優れていなくてはなりません。
そのため建物全体にLow-E複層ガラスを採用。外部からの熱をできる限り遮断し、高い断熱性で建物内の気温変化を抑えました。エネルギー対策では重油による自家発電とガス電気複合型熱源(コジェネ)を組み合わせ、複数の電力源を確保。また、井戸水をトイレ洗浄水などの中水や、蓄熱・冷却に利用するなど、水資源管理も実施しています。
一連の省エネ技術の要となるのが、各対策を効率よく組み合わせて実行する「エネルギー・ナビゲーション・システム」の活用です。結果として、旧館の約1.8倍の容積になったにもかかわらず、全体のエネルギー消費が31.7%減少しました。ここまで省エネ性の高い病院は、世界的にも見当たりません。
このような多岐に渡る省エネ技術により、米国グリーンビルティング協会(LEED)が認定する環境性能評価システムにおいてGOLD認証(ヘルスケア部門)を取得。もちろん、我が国の省エネルギー法に基づくZEB-Ready(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル・レディ)やCASBEE(建築環境総合性能評価システム)の認証も受けています。

hori_01_img2.jpg

順天堂医院B棟(中央)

順天堂医院B棟の特長④
災害時における高度医療の機能維持と災害拠点

災害が起きたとき、病院の建物が被災して使い物にならない事態は極力避けなければなりません。B棟は免振技術と制震技術を組み合わせた高層ビルです。免振構造が水平方向の揺れを、制震ダンパーが縦揺れを吸収し、東日本大震災クラスの大地震でもびくともしない構造です。
建物が無事であれば、次はエネルギー源の確保です。災害拠点病院は災害で地域が停電しても、3日間は自家発電できるよう設計されています。ところが、その3日間は冷暖房や照明を極限まで絞り、高度な医療活動を行えない「ひたすら耐える3日間」なのです。これでは大学病院の機能を維持しているとはいえません。
そこで活躍するのが前述の省エネ技術です。例えばMRIやCTや手術などは膨大なエネルギーを必要としますが、基礎エネルギー消費量を抑えているために、B棟は通常に近い診療機能を維持しながら、7日間生き残れる設計となっています。大地震で周囲が壊滅しても、アクティブな病院として長期間生き残ることが我々の使命。こんな病院は他に存在しません。
hori_01_img3.jpg

順天堂病院B棟の感染対策①
病原体が拡散しづらい病室設計

さて、B棟の4つの特長をご理解いただいたところで、ここからが私の「本業」の感染対策です。
院内感染を防ぐにあたって、「手指衛生をする」「エプロンをつける」など、基本的な人の動作を管理するのは当然のこと。そのうえで、B棟は工学面からさまざまな工夫を凝らしています。
前述したように病室では輻射熱による冷暖房を行うため、室内の空気を攪拌しません。4人用病室の場合、病室中央の給気口から供給された新鮮な空気が各ベッドの枕元にある排気口へまっすぐ向かうので、他の患者さんのスペースと空気が混じりにくく、病原体(ウイルスや細菌)が拡散しづらい設計です。さらに隣り合うベッドとの間に天井までカバーする間仕切り家具を設置し、隔壁としています。この隔壁には、手指衛生に必要なアルコールゲルのディスペンサー、グローブ、エプロン、マスクのホルダーがビルトインされ、空気感染対策、飛沫感染対策に加え、接触感染対策も行いやすいように考え抜かれたデザインが施されています。

順天堂病院B棟の感染対策②
先進の水廻り・換気設備で多剤耐性菌やカビが激減

感染対策として見逃せない部位が「水廻り」です。
高温多湿の日本では、じとじとした水廻りで病原菌やカビが増えやすく、院内感染の原因となります。さらに増殖するうちに遺伝子交換が行われ、抗菌薬(抗生物質)が効かない多剤耐性菌に変貌する可能性もあります。
そこで水ハネしづらい手洗い器を大手住設メーカーと共同で開発(意匠登録取得技術)。すり鉢状のシンクにサイドガードをつけて水ハネを防ぎ、水が溜まるスペースをなくすためカウンターレスにした手洗い器を、B棟の病室・病棟・トイレなどに設置しました。
湿気やすい浴室周辺は、換気システムも通常より向上させ、1時間に8回程度、室内の空気を入れ替えています。これは一般的なビジネスビルの約4倍の換気回数(通常は1時間に1-2回)。湿気がどんどん排除され、オープンから4年経過した今も、どこにもカビやシミが見当たりません。
こうした努力の結果、施設内のメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)やカルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE)の検出数が大幅に低下するという、明確な効果が現われています。

hori_01_img4.jpg

水ハネしづらい手洗い器

順天堂6附属病院群の膨大なデータを統合。
スマートホスピタルへの第一歩に。

微生物の基礎研究、臨床における感染対策、そこから派生した医療建築。これだけでも分野が幅広くて大忙しですが、現在、順天堂全体のIT戦略を考える役職も務めています。
近年、IT技術を利用して医療の効率化を図り、安全性を高める「スマートホスピタル構想」が注目を集めています。順天堂の6附属病院には、1日あたり約1万人の外来患者さんと3,800人の入院患者さんのデータが日々蓄積されています。この膨大な医療情報を臨床研究や臨床治験の推進に利用できれば、重要な臨床研究の拠点となり得ます。現在、6附属病院の電子カルテを統合する共通プラットフォームや共通データベースを構築中で、2018年度中には6附属病院のデータがどの病院からも閲覧できるようになります。
実際、6附属病院を合わせたデータ量は相当なものです。例えば新薬発売後の安全性調査なら数か月で必要なサンプル数が集まるでしょうから、新薬開発ベースに拍車がかかるはずです。症例数の少ない難病も、症例の蓄積が早まるでしょう。患者さんの立場からも、例えば最寄りの順天堂静岡病院で検体サンプルを採取していただき、診察は遠隔医療により東京の順天堂医院とTV電話で行う(テレ・クリニック構想)...そんな日がすぐそこまで来ています。

hori_01_img5.jpg

米国JCI認証を国内で初めて取得。
病院全体の安全性を考えることで医療に貢献。

2015年12月、順天堂医院はJCI認証を取得しました。JCIは米国の第三者評価認証機関で、JCI認証は医療を受ける患者さんにとって最高レベルの医療の質と安全性を保障する病院として1,218項目を評価・審査され、「国際基準を担保した医療施設」として各国のトップ1%の医療施設に認定されるものです。大変ハードルの高い認証ですが、特定機能病院としては国内で初めて取得することができました。
私は順天堂でJCI認証関連の実務責任者を務めているわけですが、こうした病院を挙げての取り組みは、全てのスタッフが「なぜ、これをする必要があるのか?」を理解して、自発的に実践するように働きかけていかなくてはなりません。一般的に医師は患者さんと1対1で向き合いたくて医者になるわけですが、私の役割は病院全体の安全性や効率性を見直し、患者さんと医療関係者にとって最適の医療環境を整えること。直接患者さんと向き合うことはありませんが、代わりに日々来院される膨大な数の患者さんのために貢献できるわけです。留学して気づいたことのひとつに、「正解は常にひとつではない」ということがあります。こういうユニークな医師がいてもいいのではないかと思います。それにしても私のような医師を育ててくれた順天堂は、懐の深い教育・医療機関ですよね(笑)。

堀 賢
順天堂大学大学院医学研究科感染制御科学 教授

1991年順天堂大学医学部医学科卒業
1994年同大学大学院医学研究科病理系(細菌学)卒業・博士(医学)授与
同年同大学医学部呼吸器内科学講座助手
1999年英国University of Nottingham, Queens Medical Centreに留学し感染制御を学ぶ
2001年英国ロンドン大学衛生熱帯医学大学院(London School of Hygiene & Tropical Medicine)で、感染制御専門資格Diploma in Hospital Infection Controlを取得し帰国
2005年順天堂大学大学院感染制御科学(COE)講師
2010年同先任准教授
2013年より現職