インタビュー

2019年02月01日

先進の医療研究や人材育成を目指し、 国境を越えて広がる学術協定の輪

医療技術の進歩と社会のグローバル化が急速に進む中、医療分野の研究・教育も国境を超えた連携・協力の時代が到来しています。2017年7月、順天堂大学医学部と聖路加国際大学、慶應義塾大学医学部は「東京オンコロジーコンソーシアム(TOC)」を形成し、米国最大のがん研究・治療拠点である「テキサス州立大学MDアンダーソンがんセンター(MDA)」と姉妹協定を締結しました。この協定締結に向けて尽力した順天堂大学医学研究科の田部陽子特任教授が、学術協定の意義と今後の可能性について語ります。

医療の世界でも
国を超えた連携が求められる時代

現在、医療の世界でもAI技術などの技術革新がすさまじい勢いで進んでいます。背景には社会のグローバル化があり、いかに大きな病院や研究施設であっても、単独でできることは限られています。しかし、国をまたぎ、それぞれの強みや得意分野を活かした国際的ネットワークを構築すれば先進的かつ大規模な研究が進み、患者さんの治療に役立てていくことができます。
2012年4月、順天堂大学は理化学研究所(理研)と「包括的連携・協力に関する基本協定(MOU)」を締結。活発な共同研究を推進する一方、MDAともがん分野で共同研究が盛んにおこなわれてきました。その成果を受けて、2014年4月に本学・理研・MDAの3機関の基本協定が締結され、さらにがん診断・治療に関わる共同研究や人材交流が進みました。
2017年7月には本学と聖路加国際大学、慶應義塾大学が「東京オンコロジーコンソーシアム(TOC)」を形成。より垣根を低くして共同研究を進めるための姉妹協定が、TOCとMDAの間で締結されました。

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<関連リンク>
順天堂大学医学部が聖路加国際大学・慶應義塾大学医学部と「東京オンコロジーコンソーシアム」を形成し米国・MDアンダーソンがんセンターと姉妹協定を締結
https://www.juntendo.ac.jp/news/20170731-01.html

全米ナンバーワンのがん治療・研究機関
MDアンダーソンがんセンターとは

米国・ヒューストンにあるテキサス州立大学MDアンダーソンがんセンター(MDA)は、1941年に設立されたがん専門病院です。大小合わせて13の医療施設が建ち並ぶ巨大な医療地区に位置し、その中でもMDAは16,000人以上のスタッフと1,600人以上のボランティアが働く最大規模の施設です。「U.S.News & World Report」誌において、過去14年間に12回のがん領域全米1位の評価を獲得していることから、研究・治療の質においても世界有数の施設であることがわかります。

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テキサス州立大学MDアンダーソンがんセンター。真ん中のロゴマークはがんの撲滅のミッションを示す。

MDAが目指すのは、世界のがん治療のスタンダードを構築すること。そのため、地域性や特性を加味しながら世界各地のおもな病院・施設と提携し、世界的なネットワークの構築を進めています。当然ながら日本では東京エリアは外せませんし、MDAとしては東京の中でも医療従事者数や患者数が多く、臨床研修も実施でき、共同研究の成果が見込める病院・施設と提携したい――その対象として候補に挙がったのが、順天堂大学でした。もちろん、基本協定時代にどれだけの数の共同研究や交流事業が実現し、世界的にもハイレベルな研究ができているのか確認した上で、MDAからTOCの一員として本学との姉妹協定の申し出がありました。

「教育」「研究」「臨床」「予防」の4分野で
協働活動を強める

MDAとの姉妹協定は、「教育」「研究」「臨床」「予防」の4分野での連携強化を目指したものです。
「教育」分野では、学部生と院生の留学支援が進んでおり、2015年以降、毎年数名の学部生をMDAでの1か月間の臨床見学実習に派遣。もちろん、本学もMDAのネットワークに属する協定校からの留学生を受け入れており、国際的な交流の輪が広がっています。これからの時代は国際的な視野を持つ新しい世代の医師や研究者が育ち、留学や研修をきっかけに臨床共同研究や先進医療を推進していくことが必要で、そのためのプラットフォームが構築されつつあります。さらに、本学とともにTOCを構成する聖路加国際大学、慶応義塾大学がMDAとの連携のもとで培ってきたがん研究・治療チームのリーダーを養成する大学院プログラム(ACE:Academy of Cancer Experts)も、引き続き重要な教育活動と位置付けています。
「研究」分野では、質の高い共同研究をおこなっていくこと。2014年から現在まで本学とMDAでおこなっている共同研究は、英文雑誌に報告されただけで20編。国際学会での発表は36回に及びます。競争的研究資金の獲得は11件で、うち2件はMDAの基金です。いずれも共同研究体制ならではの成果だと思います。

「臨床」分野では、看護分野の交流事業や教育に力を注いでいます。MDAで毎年開催される姉妹協定校による国際学会「GAP conference」でも看護のワークショップが組まれ、本学からも参加していますし、2018年には保健看護学部の教員がMDAで視察研修もおこないました。
最後に「予防」分野でMDAが現在、もっとも力を入れている活動の1つに学童を対象とした禁煙教育プロジェクトがあります。本学でも毎年、多数の教員が地元の文京区をはじめ都内の小・中学校でがん予防に関する出張授業をおこなうなど、教育活動に取り組んでいます。今後ますます互いの経験や実践活動の共有が求められます。

GAP2018-3.jpg2018年ストックホルムで開かれたGAP 2018

グローバルな学術協定も
人と人のつながりから始まる

こうした学術協定は組織間で交わされるものですが、そもそもは研究者同士の個人のつながりから始まります。
ここからは私の個人的なお話です。1998年から4年間、私は家庭の事情でヒューストンに滞在し、自分を受け入れてくれる研究室を探していました。日本で博士号を取得し、「米国で血液腫瘍分野の研究がしたい」と意気込んで渡米したもののなかなかうまくいかず、伝手を辿ってようやくたどり着いたのがMDAのマイケル・アンドレフ教授の研究室でした。とはいえ、当初の半年間はボランティア。その後1年半を博士研究員として過ごし、最先端の研究の現場を目の当たりにすることができました。やがて研究の成果が挙がるにつれ、アンドレフ教授も研究者として認めてくれるようになり、日本に帰国後も毎年MDAを訪れ、現在もMDAの研究者と複数の共同研究を並行して続けるような関係が築けています。その中の1つが、企業との共同研究講座で進めているAI(人工知能)診断支援研究。日本企業の持つ先端技術と国境を超えたアカデミアの研究力が生み出す成果が、先進医療技術の実用化へとつながっていきます。ちなみにアンドレフ教授には私のような「弟子」が世界中に存在し、それぞれ帰国後に自分の研究室から優秀な若手研究者をMDAへ送り込み、交流を深めています。

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日米の優れた面を活用し合い、
双方向・循環型の協力関係へ

実のところ、MDAとの交流事業を始めた当初は、「留学生は日本から、セミナー講演者はMDAから」という一方通行の形が主流でした。しかし最近では順天堂学内の国際交流センターのサポートのもとで日本人学生のMDA留学が軌道に乗り、海外の協定校からの留学生受け入れも進んでいます。さらに毎年、本学の研究者がMDAで講演をする機会があり、双方向・循環型の交流事業の土台ができあがりつつあると感じます。
大学・病院間の交流事業は対等であること、双方向であることが重要です。日本の「緻密な研究力」と米国の「新しいものをスピーディに採り入れていく力」、その2つが融合し、互いに育て合えればwin-winの関係が築けるはずです。
例えば、MDAは治験のメッカとして知られています。驚くほど早く治験が始まり、被験者となる患者さんのボランティア精神も「自分の命を超えて研究成果が未来につながればいい」と徹底しています。社会的文化的背景が異なるため、日本との比較は難しいですが、ここから学べること、活用できることは少なくありません。
一方で、日本人の細やかさ、真面目さ、誠実さはMDAでも高い評価を受けています。アンドレフ教授が親日家で、日本の文化・政治・経済に深い造詣を持っておられることも付け加えておきましょう。両者がよい化学反応を起こし、互いに高め合っていければ、より実りの多い姉妹協定になるはずです。

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2017年7月、姉妹協定の締結と同日に開催されたオンコロジーフォーラム2017の様子

次に目指すのは
アジア地域のネットワーク作り

今後、私がとくに重要だと考えているのは、アジア地域のがん医療のネットワークの緊密化です。アジアの人々は日本人と体質が近く、かかりやすい疾患だけでなく抗がん剤の効果・副作用も似ている部分が少なくありません。折しも2018年11月、MDAのアジア地域の姉妹協定校による合同シンポジウム「Asian Cancer Conference 2018」がタイ・チュラロンコン大学で開催され、タイでの医学教育や交流事業に貢献してきた順天堂大学と韓国・延世大学、台湾・中国医科大学が参加しました。交流事業の活性化や共同研究の可能性についても協議し、シンポジウム後、早速チュラロンコン大学から本学へ学生を派遣したいと要望があり、共同研究や人材交流など重層的なアジアのネットワーク作りにつながりそうです。

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2018年11月に開催されたAsian Cancer Conference 2018にて

最後に、私自身の研究テーマに触れておきます。私は一貫して白血病の診断・治療法の研究を続け、最近の論文ではがん細胞のミトコンドリア呼吸や脂肪酸代謝を標的にした阻害剤が、再発性・難治性白血病の新しい抗がん剤になり得る可能性について発表しました。この研究もMDAの先生方との共同研究であり、現在MDAで急性骨髄性白血病の患者さんにおいて、このミトコンドリア呼吸阻害剤の臨床試験が進行中であることもお伝えしたいです。

<最近の主な研究成果>

【プレスリリース】がん細胞のエネルギーを枯渇させる抗がん剤の発見~ ミトコンドリア呼吸を標的にした新規がん治療法の可能性 ~(2018.06.19)https://www.juntendo.ac.jp/news/20180619-02.html

【プレスリリース】アボカド由来の成分が抗がん剤の効果を高めることを発見~抗がん剤投与量が制限されがちな高齢患者に副作用の少ない新規白血病治療法の可能性~(2018.11.21)https://www.juntendo.ac.jp/co-core/consultation/mda.html

田部 陽子(たべ・ようこ)
順天堂大学大学院医学研究科次世代血液検査医学講座 特任教授
順天堂大学医学部臨床検査医学講座 特任教授

1992年 山梨医科大学医学部卒業後、順天堂大学医学部附属順天堂医院臨床病理科で臨床研修
1994年より順天堂大学医学部臨床病理学講座に所属
2001~2003年 テキサス大学MDアンダーソンがんセンターポスドクフェロー
2006~2008年 米国立癌研究所(NCI)血液病理科リサーチフェロー
2008年 順天堂大学医学部臨床検査医学講座准教授
2012年 テキサス大学MDアンダーソン癌センター 客員准教授
2016年より現職