インタビュー

2021年08月17日

技術的にもとても難しく、大きな責任感を伴う小児の手術だからこそ、「この子が自分の子どもなら」という気持ちで取り組む

順天堂医院の小児外科・小児泌尿生殖器外科は、脳、目、心臓、骨以外のほぼ全身の疾患を対象に、年間約1000件以上の手術を行っています。そんな小児外科を率いる山髙篤行教授は、先天性疾患や難病を抱える子どもたちを救うスペシャリスト。「この子が自分の子供なら、どのように診断し、いかなる手術を選択し、どのように術後管理を行うかを考えていく」という言葉を治療方針として掲げ、患児にとっての最善のために全力を尽くしています。その中でロボット支援手術にも力を注ぐなど常にチャレンジを続ける山髙教授に、小児外科手術にかける想いを語ってもらいました。

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■赤ちゃんから中学生まで、200種類以上の病気を治療

ーーまずは順天堂医院の小児外科についてご紹介ください。

山髙 順天堂医院の小児外科・小児泌尿生殖器外科は、1968年(昭和43年)に日本の医療機関で初めての小児外科学講座として開設された伝統のある診療科です。対象としているのは生まれたばかりの赤ちゃんから中学生までと幅広く、脳、目、心臓、骨以外のほぼ全ての臓器を治療します。

対象疾患は200種類以上にものぼりますが、それらの中には生まれつきの(先天性)疾患も少なくありません。例えば泌尿器科領域では、生まれつきの尿道形成不全によって生じる尿道下裂、膀胱内の尿が逆流してしまう膀胱尿管逆流症、尿管と腎臓の繋ぎ目が狭く水腎症を呈する腎盂尿管移行部狭窄などが代表的な疾患です。

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――新生児から15歳では、かなり幅がありますね。

山髙 虫垂炎ひとつをとっても赤ちゃんと15歳では対応が異なります。また、治療する対象の体重も400gの赤ちゃんから成人と同じ学童とさまざまです。従って、大人の手術では「定型的手術」という言葉がありますが、小児外科にはその言葉は当てはまりません。一つ一つの手術がその子だけのオーダーメイドです。

――小児の手術の難しさはどのようなところにあるのでしょうか。

山髙 やはり責任感の大きさでしょうか。生まれたばかりの赤ちゃんであれば、手術をした後100歳まで生きる可能性があるのです。そう考えると、彼らのその後を左右する手術を行う責任はあまりに大きい。

以前私たちの手術を手伝ってくださった、成人外科医が「手術による合併症などでこの子に何かあったらと思うと昨晩は眠れなかった」と話していました。もちろん私はそんなに不安になることはありませんが、小児外科のホームページにも書いているとおり、今でも手術前は必ず祈っています。

■「土曜外来」では教授も予約不要

――順天堂医院小児外科が行っている土曜外来では、山髙教授も予約不要で診てくれるそうですね。

山髙 土曜日のほうがご両親も受診しやすいと思うので、土曜に外来をしています。土曜外来の後にも手術をします。当科では、急患であれば、当たり前ですが、日曜でも、夜中でも診ます。教授が初診を診るということが珍しいと言われることもありますが、順天堂医院小児外科は開設当初からそうですので、それが当たり前だと思ってずっとそのように外来をしています。

土曜日を含め、どの曜日でも当科では初診に予約はいりません。しかし、治療の説明が長くかかる初診患者さんでは、どうしても術後の経過をみている予約患者さんが優先になり、お待たせすることもあるため、セカンドオピニオン外来の場合などは、ご依頼をいただいた時点で私から直接患児のご家族に電話して、ゆっくりとお話できる日時を決めるようにしています。

 

――教授が直接患者さんに電話をするのですか?

山髙 事務の方や秘書を経由して診察の予約を入れていると、お互いの予定を合わせるのにとても時間がかかってしまいますよね。私が手帳を見ながら、患児家族と直接話して予定を決めたほうが早いので、私から電話をしますが、電話に出たご家族にすごく驚かれることもあります。

■日本で唯一、小児外科でロボット支援手術を実施

――小児外科では小児のロボット支援手術に取り組んでいるそうですが、世界的にも珍しいとされる小児ロボット支援手術をするようになったのはなぜですか。

山髙 ダヴィンチという手術ロボットを使ったロボット支援手術は、腹腔鏡・胸腔鏡手術と同じくお腹や胸に開けた小さな穴から鉗子を挿入して行う手術です。開胸・開腹手術のように大きく切らないで済むので術後の回復が極めて早く、早く退院できるという点が大きなメリットとなっています。

そして、私がロボット支援手術最大のメリットだと感じているのは、運針・吻合がしやすいこと。低侵襲であることについては腹腔鏡手術も同じですが、腹腔鏡手術に使う鉗子の先端は一方向にしか回せないので運針がとても難しい。それに対してロボットの鉗子は先端を360度自由に動かせるので、手作業と同じようにきれいに縫い合わせることができます。緻密な操作が可能です。しかも、操作がとても簡単で、誰でもすぐに習得できるのが素晴らしいと思います。

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――それでも小児領域でロボット支援手術が普及しにくいのはなぜでしょうか。

山髙 一番の理由は、患児の体が小さいからです。ロボット支援手術を行うには、手術する部位まで最低でも7cmの距離がないとロボットアームを操作できないのですが、小さな赤ちゃんの体にはそこまでの大きさがありません。現在私たちは1歳からロボット支援手術を行っていますが、ロボットの進歩を考えれば、鉗子も細くなり、いずれもっと小さな赤ちゃんに対してもロボット支援手術ができるようになるでしょう。

――小児ロボット支援手術を普及させるための教育にも力を入れているそうですね。

山髙 医学生や研修医の教育のほか、関連病院に行って直接手術指導をしています。ただし、それらはロボット支援手術だけではありません。そもそも私たちがロボット支援手術を始めたのは、より質の高い手術を安全に行うためです。ロボット支援手術を広げることで結果的に日本全体で手術の質を高め、1人でも多くの子どもたちを救うことにつながればと望んでいます。

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■忘れられない二人の患児のこと

――これまで30年以上にわたって小児外科医として多くのお子さんと関わってきた山髙教授ですが、印象に残っている患児はいますか。

山髙 どうしても忘れられないのは、助けられなかった二人のお子さんとご家族のことです。一人はある臓器に奇形がある乳児でした。多くの医師は臓器を取るしかないと言いましたが、臓器を全摘出することにはさまざまなリスクがあります。臓器を摘出しないで済む方法がないかと最善の方法を模索していたところ症状が悪化し、結果的に重症感染症により手術をする前に亡くなってしまいました。

その後何年か経ってNHKの「プロフェッショナル」という番組に出演することになったとき、まっ先に考えたのがその子の家族のことでした。我が子を救えなかった医者が、偉そうにテレビに出ていることを不快に思うに違いないと思いました。

テレビ放送の日の夜、テレビを見たそのお子さんのお父さんから電話をいただきました。そして、「先生、先生は凄いお医者さんだったんですね。それでも、私の娘を助けることはできませんでしたか?」と聞かれました。私は「お父さん、すみません、今、同じ病気の患者さんが来てもできるだけ臓器を取らない方法を考えます。その間に重症感染が起これば今でも助けられないと思います」と正直に答えました。お父さんは手術を受けられないまま我が子が亡くなってしまったことを、何年も受け入れられずに苦しんでいたのでしょう。私の答えを聞いて、泣きながら「先生、ありがとうございました」と仰ってくださいました。

――山髙教授にもそんなつらい経験があったのですね。

山髙 もう一人の赤ちゃんもこの病院に運ばれた時点ですでに厳しい状況で、私を含む3人の小児外科医で5回も手術をしましたが、その子を助けることはできませんでした。

術後に栄養が取れなくなり、心臓が止まるのを待つだけの状態になった我が子を前にしたお母さんは私の腕をものすごく強い力で掴み、「先生、先生は名医なんですよね、娘を助けてください」とすがってきました。私は何も言えずに立っているだけでしたが、そのとき側にいたおばあさんが、「あんた、いい加減にしなさい」と、実の娘であるお母さんを叱りつけたのです。するとお母さんは我に返り、私の腕を放し、我が子の死を受け入れることができました。このときお母さんに掴まれた腕の感触、おばあさんの表情など、今でも覚えています。

このご家族を見て、果たして私は我が子が同じ状況になったとき、こんなに毅然とした対応ができるだろうか考えてしまいました。これらのケースに限らず、診察室でのご家族の様子から学ぶことが多々あります。小児外科の治療方針である「この子が自分の子供なら、どのように診断し、いかなる手術を選択し、どのように術後管理を行うかを考えていく」は、こうした経験の積み重ねから生まれたものです。

■手術で治せる病気は治してあげられる小児外科でありたい

――順天堂医院の小児外科としての今後の目標があれば教えてください。

山髙 小児の手術であれば絶対に順天堂でやってもらいたいと思われるような、小児外科であり続けたいです。常にレベルの高いかつ安全な手術をしていきたいということでもあります。当科では中堅や若手の医師たちがどんどん育ってきていて、私以外にも信頼して手術を任せられる小児外科医がたくさんいます。

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――教授自身はどういう医者でありたいと思いますか。

山髙 小児外科が日本にできる以前は、先天性疾患の子どもを手術で助けることは難しく、助けられないと諦めてしまう、ましてや生かしてもしょうがない、という時代もあったのです。しかし、昔は治せなかった病気でも、今は手術で完全に治せる病気がたくさんあるのです。

ですから、手術で治せる病気は全員治してあげて、その後も元気に過ごしてほしいのです。私にも治せない小児外科の病気は今でもたくさんありますが、どんな状況でも我が子だったらどうするかという視点で、最善の方法を考え抜いて全力で治療にあたることに変わりはありません。そして、65歳を過ぎて定年になったとしても、目が悪くならない限り、小児外科医として手術をし続けるつもりです。


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山髙 篤行(やまたか・あつゆき)
順天堂大学医学部附属順天堂医院 
小児外科・小児泌尿生殖器外科 教授


1985年 順天堂大学医学部 卒業。海外ではイギリス、オーストラリア、ニュージーランド、国内では獨協医科大学で研鑚を積み、1997年順天堂大学医学部小児外科学講座講師、1999年同助教授、2006年より同教授。2015年にはNHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」で取り上げられ、小児外科の第一人者としてメディア等でも紹介されている。