インタビュー

2019年10月18日

医学生たちにグローバルな学びの場を。米国で出会った二人の医師が広げる大学交流の輪。

社会のグローバル化が急速に進む今、海外での活躍を視野に入れる医療人が増えつつあります。順天堂大学消化器・低侵襲外科学の折田創准教授は、2003年に医学教育の名門である米国ジョンズ・ホプキンス(Johns Hopkins)大学に留学。そこでマルコルム・ブロック(Malcolm Brock)教授に出会いました。二人の出会いから始まった交流は、その後13年間で7人の留学生派遣実績を挙げ、両大学の姉妹校提携へと結実しつつあります。

折田 創

順天堂大学 医学部消化器・低侵襲外科学 准教授
1995年3月、順天堂大学医学部卒業。2003年9月~2006年9月、Johns Hopkins University Pathology & Oncology PhD fellow。2007年9月、順天堂大学食道胃外科助教。2011年12月、順天堂静岡病院外科准教授。2016年4月、Johns Hopkins大学外科非常勤准教授。2019年3月、順天堂大学消化器低侵襲外科准教授。

マルコルム・ブロック
Malcolm V.Brock

ジョンズ・ホプキンス大学医学部 外科教授
英領バミューダ諸島出身。1980年、ロータリークラブの奨学金を受けて、静岡県・焼津市の高校へ1年間留学。バミューダの大学を卒業後、米国プリンストン大学卒業後、英国オックスフォード大学で2年間日本の歴史・経済コースを履修。日本のバイオ技術に関する著書も出版。その後、医師を志し、ジョンズ・ホプキンス大学医学部を卒業。現在、同大学医学部外科教授。順天堂大学医学部消化器・低侵襲外科学の客員教授も務める。

素晴らしい出会いに恵まれた米国留学

まずは折田先生の米国留学のきっかけを教えてください。

折田:   5年間の外科研修を終え、順天堂医院に戻った私は免疫学の権威である奥村教授に相談し、病理・腫瘍学講座で遺伝子の研究を開始しました。少し研究が面白くなってきた頃、ジョンズ・ホプキンス大学病理腫瘍学教室エドワード・ガブリエルソン教授の研究室への留学の話が持ち上がり、新しいことに挑戦してみようと手を上げました。

留学でもっとも苦労されたことは?

折田:   渡米当初は、とにかく英語に苦労しました。東海岸の皆さんは早口ということもあって、全く通じなくて。3歳の息子の方が習得が早く、レストランで「あなたの英語は分からない。息子さんから注文を受ける」と言われる始末(笑)。携帯電話、自動車などアメリカ生活の立ち上げに必要な契約関係でも、ずいぶん苦労しました。

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順天堂大学 消化器・低侵襲外科学 折田 創 准教授

そんな悪戦苦闘の日々の中、ガブリエルソン教授から私の専門分野の食道がんの研究をされているブロック先生を紹介して頂きました。ブロック先生と初めて待ち合わせたのが、ジョンズ・ホプキンス大学のがんセンター。その風景が順天堂の1号館にそっくりで。思わずホームシックになりかけていたところに、突然「こんにちは、折田先生!」と日本語で話しかけてくださったのです。職場で聞く久しぶりの日本語に涙が止まらず、自分でも驚きました。

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左:ジョンズ・ホプキンス大学の前で、右:研究室でガブリエルソン教授と

ブロック先生は大変流暢な日本語をお話しになりますが、バミューダ諸島出身の先生がどのような経緯で日本語を習得されたのでしょうか?

ブロック:   私の父が海外志向の強い人で、若い頃から留学を勧められていました。初めて来日したのは15歳のとき。国際社会福祉団体の奨学金を得て、1年間、静岡県の高校に留学しました。それまで日本語を勉強したことはなく、最初はコミュニケーションを取るのにとても苦労しました。でも、ホームシックになったのは1回だけ。目の前に広がる太平洋を見て、「この海がバミューダの家族につながっているんだ」と思ったら、乗り切ることができました。

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米国ジョンズ・ホプキンス大学医学部 外科 Malcolm V.Brock 教授(順天堂大学医学部消化器・低侵襲外科学の客員教授)

折田:   お互い年齢も近いですし、子どもたちの年齢もほぼ同じ。すぐに意気投合し、家族ぐるみのつきあいが始まりました。今も訪米時にはブロック先生のご自宅に泊めていただき、奥様とは「My Sister, My Brother」と呼び合う関係です(笑)。
研究でもブロック先生のチームに入れていただきましたが、臨床と研究に携わる先生はとにかくお忙しい。研究の相談をする時間がなかなか取れず、学内を歩きながら話をしたり、食事中をつかまえたり(笑)。それでも嫌な顔ひとつせず、対応してくださったことに本当に感謝しています。

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ブロック:   折田先生は私たちの研究チーム全体の親睦を図るため「寿司パーティ」も企画してくださいましたよね? 米国ではお寿司は高価なので、あれは大好評でした(笑)。

折田:   私が留学して驚いたことのひとつに、同じ研究チームでもメンバーがなかなか集まらないことがありました。「このままではいつまでたっても親しくなれない」と考えた私は妻と相談し、寿司の材料を購入して自分たちで料理をして提供することにしました。それが「寿司パーティ」のはじまりです。すると隣の研究室や、そのまた隣の研究室からも研究者が集まって(笑)。おかげさまで、その後のコミュニケーションがぐんとスムーズになりました。

帰国後も毎年夏休みを利用して訪問し、みんなに集まってもらうために、たびたび寿司パーティを開いています。伊豆のお寿司屋さんで修行もして、だいぶ腕も上げました(笑)。妻にもパーティのたびに料理をふるまってもらっていますが、留学中も留学後もいろいろ苦労をかけた妻には、心から感謝しています。

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研究室のメンバーを集めて開催した寿司パーティー

日本と米国の医学教育の違いとは

大変な努力の結果、折田先生も2年目には日常会話に、3年目にはプレゼンテーションにも支障がなくなったそうですね?

折田:   ブロック先生やガブリエルソン教授には、プレゼンテーションの手法からポスター、スライドの作り方まで、徹底的に指導していただきました。日本人の弱みは英語の壁とプレゼンテーション慣れしていないこと。これからの時代、医師や医学研究者の主戦場は海外になるでしょう。誰にでもわかりやすく、インパクトのある発言をしないと戦えません。

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ブロック:   私も日本の医学生を指導するようになり、日本人学生の優秀さを実感しています。ただ残念なのは、国民性もあってか、すぐに躊躇すること。「なぜもっと質問をしない?」と、いつも思います。Don't Hesitate! 医学への情熱を表に出して表現しないと、海外では理解してもらえません。

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順天堂大学の医学部生に向けて行われた特別講義

折田:   米国のラボミーティングでは、医師だけでなく看護師も薬剤師もコーディネイターも、とにかく発言します。てっきり医師だと思っていた人がそうではないとわかり、私もカルチャーショックを受けたことがありました。

ブロック:   もちろん、文化や法律の違いはあります。米国の医学生は患者さんとも積極的に関わりますし、自ら診療方針を考えて教授陣にプレゼンテーションもします。手術に参加し、縫合まですることもありますしね。日本の学生は観察だけする人が多いですが、もっとアクティブに動いていいと思っています。

折田:   2020年度からは、順天堂の学生がブロック先生の実習指導を受けた後に米国で臨床実習に臨む、というプロジェクトが始まります。

ブロック:   日本の医療ももちろん先進的ですが、米国の方が進んでいる分野もまだまだたくさんあるのですよ。その一例が「GSW」でしょう。「GSW」とは「Gun Shot Wound」(銃創)のこと。米国ではGSWによる救急搬送や手術が多く、さまざまな術式があるのです。日本の医学生に「GSW」と言ってもなかなか理解されませんが、銃社会や紛争地域では患者さんが多い分野です。

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医学部生たちと食事をしながら交流

折田:   私自身の留学は3年間でしたが、とても幸せな時間でした。留学先での体験は新鮮かつ刺激的で、なにものにも代えがたいもの。一人でも多くの学生に留学を体験してほしくて、私もブロック先生と相談し、帰国後の13年間で7人の留学生をジョンズ・ホプキンス大学へ派遣してきました。2019年度からは短期留学の道も開かれています。
また、今後は国内でも訪日外国人の急増が予想されています。外国の人が日本で病気やケガをしたとき、医師が簡単な英語で説明をして、自国と同じ治療を受けられれば安心感が違うはず。これから医師を目指す人には、言葉や文化の壁を越えて、よりよい医療を提供できる医師になっていただきたいと思っています。

交換留学や研修医派遣など、密な連携を!

今後、順天堂とジョンズ・ホプキンス大学はどのように連携していく計画ですか?

折田:   私自身は帰国後も毎年夏にジョンズ・ホプキンス大学を訪れ、論文執筆や共同研究の打ち合わせなどを行っています。共同研究の業績を認めていただいたことがきっかけで、同大学の客員准教授にも就任させていただきました。
今、福永哲教授をはじめ大学の全面的なバックアップを受けながら、両大学の姉妹校提携を目指して、ブロック先生と二人三脚で調整を進めています。いずれはジョンズ・ホプキンス大学からの留学生の受け入れや、順天堂からの研修医派遣、医師の交換留学などを実現したいと考えています。こうした構想は私の学生時代には夢物語でしたが、今は違います。学生たちには、自らが望めば海外留学の門戸はいつだって開かれるということを伝えたいです。

福永先生との3ショット.jpg消化器・低侵襲外科学 福永 哲 教授(左)とともに

ブロック:   私も15歳の日本に始まり、長く留学しましたが、全ての体験が「FUN(楽しい)!」でした(笑)。

折田:   そうですね。乗り越えてしまえば、どれもとてもFUN!です(笑)。そしてブロック先生との13年間の交流が今、大学同士の緊密な連携へとつながっていることに、大きな喜びを感じています。