インタビュー

2020年01月07日

「人生100年」と言われる時代。豊かな毎日を支える「健康」のあり方とは―?

人の一生において、もっとも大きなテーマである「健康」。一般的に「健康」とは、身体的に疾病や障がいがない状態を指すと思われがちですが、ヘルスプロモーション(健康社会学)の研究者の間では、「健康」は豊かな毎日を送るための「資源」と考えられています。「人生100年」と言われる時代だからこそ問われる「健康」のあり方について、順天堂大学国際教養学部で「ヘルスプロモーション」を教える鈴木美奈子助教に話を聞きました。

「ヘルスプロモーション」とは何か?

「ヘルスプロモーション」とは、リスクファクター(危険因子)を取り除いて「病気を治す・予防する」という視点だけでなく、ハピネスファクター(幸福因子)を探し、活用することで「健康」を創造しようとするもの。1986年にWHO「オタワ憲章」で提唱され、当時コペンハーゲン大学医学部へ留学されていた国際教養学部の島内憲夫特任教授がWHOヨーロッパ地域事務局のイローナ・キックブッシュ博士との出逢いから日本へ持ち帰られたことが、日本での研究・教育の端緒となりました。

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ヘルスプロモーションの理念は、医学や自然科学だけでなく、社会学的な視点を多く含みます。その内容をわかりやすく示したものが下の図1です。
この図を見ると、中心にいる人が「健康」というボールを転がし、「真の自由と幸福」へと向かっていることがわかります。重要なのは、健康をコントロールするのは医療従事者ではなく、自分自身であるということ。健康診断や健康教育などを通じて、個人が自分自身で健康を高めていくこと(ヘルスリテラシーの向上)が大きな課題なのです。さらに、その人の生活状況や環境のあり方といった社会的決定要因(SDH)にも目を向け支援していくことに大きな意味を見いだしています。

<図1>

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ヘルスプロモーションの成功例:
社会的な環境づくりにより喫煙率が低下

ヘルスプロモーションのわかりやすい例としてよく挙げられるのが「タバコ問題」です。タバコが健康を害することは今や常識。しかし、かつてはタバコの健康被害があまり知られておらず、喫煙率が高い時代が日本にもありました。子どもの頃、親に言われてタバコを買いに行った経験がある人もいらっしゃるでしょう。
ところが、ヘルスプロモーションの結果、今ではタバコの健康被害を知らない人はいなくなりました。未成年者がタバコを購入することが法改正により厳しく禁じられ、学校の近辺にタバコの自動販売機を見かけることもなくなり、子どもがタバコに接する機会も激減しました。
これは社会的な環境づくりにより、子どもたちをタバコから遠ざけることに成功した事例です。このように個人ではできない物理的な環境や人間関係を整えて、知識や技術がない人(ヘルスリテラシーレベルが低い人)でも健康を高められるようにすること――それがヘルスプロモーションです。

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健康とは、豊かな毎日を送るための「資源」

一般社会では「病気や障がいがないことが健康である」と考えがちですが、がん闘病しながら仕事を続けたり、障がいのある方々がスポーツに参加する事例を耳にすることも多いはずです。となると、「健康とはいったい何か?」というシンプルな問いが浮かび上がります。中学校・高校の保健体育の教科書の冒頭にも、この「健康とは何か?」という問いと図1が掲げられていますが、私たちヘルスプロモーションの研究者は、「健康とは、豊かな毎日を送るための資源である」と考えています。つまり「健康」とは、自分で創り上げていくものであり、人によってさまざまな捉え方ができるもの。本当に人々に届くヘルスプロモーションを行うために、私たちはこの問いを追求し、健康概念の調査も続けています。

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「健康」とSDGs

近年、企業活動においても学校教育においても、国連のSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)を取り上げる機会が増えています。SDGsとは2015年9月の「2030アジェンダ」で、国際社会が2030年までに貧困を撲滅し、持続可能な社会を実現するための指針として設定された17の目標ですが、この17項目を図示する場合、図2のように表現されるのが一般的でしょう。

<図2>

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一方で、WHOが考えるSDGsを表しているのが図3です。「健康」とは、すべての到達目標に直接的あるいは間接的に関わるもの。ヘルスプロモーションを学ぶと、WHOが作成した図3のように「目標3:Good Health and Well-being(日本語版表記:すべての人に健康と福祉を)」を中心に17項目を配するのが自然に感じられます。

<図3>

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WHOが考えるSDGsの図では、17の目標の中心に「目標3:Good Health and Well-being」が配されている。SDGs日本語版では「福祉」と訳される「Well-being」ですが、ヘルスプロモーションの領域ではあえて訳さず、そのまま「Well-being」と表記することが一般的。

いち早く「健康」を幅広く捉えていた順天堂の教育

実は図3に至る考え方は決して最近のものではなく、1985年にWHOが発表した「Health for All~38の到達目標~」に構想の萌芽を見ることができます。「Health for All」では、WHOが捉えている「Health(健康)」が医療や医学だけでなく、貧困・食べ物・教育・街づくり・パートナーシップなど、人々の豊かな生活や経済格差を越えた健康支援に及んでいることが見て取れます。
そして当時、順天堂大学が捉えていた「健康」も幅広いものでした。島内特任教授の恩師である澤口進先生は日本で初めて「保健社会学」を提唱された方ですが、その内容は「病気の発見や予防という狭い意味の保健社会学ではなく、人の生命力、人生と生活、地域の力など、さまざまなものが含まれるホリスティック(全人的)なもの」だったからです。それだけにWHOの図3を見たとき、私たちは「よくぞ言ってくださった!」と思ったものです。

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企業や地域で活用できる
「幸福・健康感覚尺度」を作成中

現在、私は「幸福・健康感覚尺度」の作成に取り組んでいます。尺度の項目は、「心地よく眠れているか?」「たくさん笑ったか?」「人とコミュニケーションが取れているか?」「いい人生を歩んでいるか?」など。企業・学校・地域など調査する場が変わると目標も大きく異なるため、現場や地域の声を吸い上げながら、より使いやすい尺度や評価制度を開発しているところです。
また、昨今、うつ病対策のメンタルヘルス調査がよく実施されていますが、これはリスクマネジメントの観点から大変重要であるものの、Well-being向上のための因子を見つけ出すには不十分と言えるでしょう。そこで現在、この「幸福・健康感覚尺度」を複数の企業が利用し、従業員がどのようなところに幸福感を持つか見極め、組織づくりに活かそうとしています。その目的は、従業員のモチベーションを引き上げて生産性を高めること。最近では、とくに経営側からこの要望が出てくる気風があります。これぞまさにヘルスプロモーションのアプローチと言えるでしょう。

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学生が行った「人生ゲーム」のワーク。
これまでの人生を振り返り、将来をイメージすることで、他世代への興味や理解を深めることにつながる。

「人生100年」と言われる時代
「生きていることが楽しい!」と思えるようなヘルスサービスを

本学でヘルスプロモーションを学ぶ学生には、「順天堂ほど健康を多角的に捉え、広い定義で教育・研究をしている大学は他にない」と話しています。国際教養学部から医療保健分野に進む人は少数派ですが、どんな業種に就職しても、広い意味での健康には関わるもの。健康経営、生産性向上、豊かな生活の基本になるのは、SDGsの中心にある「健康」です。

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国際教養学部での授業の様子

私がよく学生に話す例え話に、「病院ではなく美容院に行くと健康になる」というものがあります。美容院は保健医療機関ではありませんし、美容師さんは「この人を健康にしよう」と思ってヘアカットをしているわけではありません。しかし、あの空間で髪を切ってもらうだけで心地よく、笑顔になれます。そういう意味で、美容師さんは立派なヘルスプロモーターでしょう。
これからは人生100年時代。ヘルスは病院でつくられるものではなく、日常生活のさまざまな場でつくられるもの。専門職のみならず、自分が大切に思える人との関係の中で健康を高めることもできるのです。医療の発達により100年生きられてしまう時代からこそ、「生きていることが楽しい」と思えるようなヘルスサービス、そして、人と人がつながることができる「居場所」の創造が鍵となります。まずは健康支援者の概念を拡大し、「どんな状態であっても生きていてよかった」と思えるヘルスサービスを分野間協力のもと開発していく必要があると感じます。

鈴木 美奈子(すずき・みなこ)
順天堂大学国際教養学部国際教養学科 グローバルヘルスサービス領域 助教
2003年、順天堂大学スポーツ健康科学部卒業。順天堂大学スポーツ健康科学部助手を経て、2015年順天堂大学スポーツ健康科学研究科にて博士号取得。順天堂大学スポーツ健康科学部助教を経て、2019年より、順天堂大学国際教養学部国際教養学科助教。
専門は健康社会学とヘルスプロモーション。教育・研究とともに、自治体や企業での健康関連事業・健康経営のアドバイザー、病院でのヘルスプロモーション(HPH)活動に携わっている。日本ヘルスプロモーション学会 常任理事。著書に「ヘルスプロモーション~WHO:オタワ憲章~」「ヘルスプロモーション~WHO:バンコク憲章~」(垣内出版)がある。