インタビュー

2020年02月18日

人形浄瑠璃の舞台で活躍するフランス語教員が語る「外国語を複合的に学ぶ」メリットとは―?

順天堂大学国際教養学部では、複数の言語を学ぶことで国際社会での相互理解を可能にする「複言語主義(plurilingualism)※」を採用しています。そのため、同学部の学生は第一外国語として英語を必修で履修し、第二外国語としてスペイン語・フランス語・中国語の中から一言語を選び学習します。 外国語を複合的に学ぶことでどのようなメリットがあるのか――、自らも4か国語を話し、人形浄瑠璃の遣い手を務めるほど日本文化への造詣も深い、フランス語教員の逸見ヴィアート・クロエ准教授に話を聞きました。

※複言語主義(plurilingualism)
それぞれの言語が別のものとして存在している「多言語」と違い、レベルの差はあっても複数の言語を身につけることで、複数の文化やその多様性を尊重し、国際社会での相互理解を可能にする考え方。

「言葉はただのスクリーン」――その意味とは?

国際教養学部では、学生たちは第一外国語として英語を必修で履修し、第二外国語としてスペイン語・フランス語・中国語の中から一言語を選び学習します。しかし、語学だけで学びが終わるわけではありません。私はいつも「言葉はただのスクリーン」と学生に伝えています。つまり、スクリーンに映し出されたものの大元をしっかり見なくてはならないのです。

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例えば、フランス語で「私はフランス人です」という一文を取り上げる時、そのフレーズを覚えることは簡単でしょう。しかし、「フランス人とは何か?」「どのような文化や歴史を持っているのか?」と質問を続けていくと、異文化への理解が深まります。そもそも日本で言われる「文化=カルチャー」とフランス語の「culture」も意味が違います。その違いをひもとき、理解するのも大切なステップです。
2年次の授業では、戦国時代に来日したイエズス会宣教師ルイス・フロイスの『日本史』フランス語版を使用しています。フロイスは当時の日本とヨーロッパの違いを的確に語っており、今読んでもとても興味深い内容です。授業では、これを1人の学生が代表して訳し、クラス全員でその言葉の裏にある意味を考えます。そして「この時代から日本は変わりましたか?」「ヨーロッパは変わったと思いますか?」と質問を投げかけると、面白い比較文化の教材となるのです。

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授業中、学生たちに語りかけるクロエ先生

話せる言語は4か国語
学生たちにも複数の言語を関連づけて理解を深めてほしい

私が日本語と日本文化を初めて意識したのは、小学3年生の時。小学校に転入してきた日本人の女の子と親しくなったことがきっかけでした。その後、大学では経済応用数学を学びましたが、卒業後にフランス国立東洋言語文化学院(INALCO)で日本語・日本民俗学の修士号を取得。しかし、日本の言語・文化・法律・歴史などを授業で学ぶだけでなく、「自分の肌で感じてみたい」と思い、文部科学省の奨学金に応募して新潟大学へ留学することになりました。留学後は、大学でフランス語を教えたり、NHKテレビ・ラジオのフランス語講座の講師を務めるなど、次々にご縁をいただいて現在に至っています。
私自身が話せるのは、フランス語、英語、スペイン語、日本語の4か国語です。ちなみに大学で数学を学んだのも、この世界を数字で理解したいと思ったから。私にとっては、数学も言語のひとつなんです(笑)。学生の皆さんには、グローバル言語である英語に加えてフランス語などを第二外国語として学ぶことで、機織りの縦糸と横糸のように2つの言語を関連づけて理解を深めてほしいと思っています。

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多文化を学んでこそ、自国文化を理解できる

外国語を学ぶと母国語を、ひいては母国文化を深く知ることができます。これが国際教養学部の語学教育が「複言語主義(plurilingualism)」を基本理念としている理由のひとつです。ここでドイツの文豪ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの言葉をご紹介しましょう。

「外国語を知らない者は、自分の言語について何も知らない」

私が日本語や日本文化を本格的に学んでもっとも理解したのは、母語であるフランス語であり、母国であるフランスの文化でした。異なる言語を知ることで言葉の意味を深掘りし、その背景となる文化を知る。まさに「アイデンティティの発見」です。
初めて英語を学んだ時、英語との比較でフランス語を知りましたが、英語とフランス語はもともと同じヨーロッパ系言語。同じ語源から派生している単語も多く、文法の共通点も少なくありません。一方、日本語の過去形を学んだ時には、フランス語とのあまりの違いに時間の感覚まで異なることを感じました。

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複数の言語を学ぶことで母国語の特徴を知る

私は国際教養学部でフランス語を教えていますが、学生の大多数はフランス語初心者です。学生たちは文法や発音、語彙を一から学び、2年次にはアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの作品『星の王子さま』を原語で講読します。ここでは、ストーリーを理解することはもちろんですが、その上で特定の一文を取り上げ、学生には「なぜ作者はここでこの過去形を使っているのか?」などの問いかけをしています。
フランス語に複雑な時制があることは、少しでも学んだことがある方ならご存じでしょう。動詞の過去形も数種類あり、フランス語を母語とする人は自分が伝えたいニュアンスに従って、その中から適切な過去形を選んでいます。母語ですから、「このニュアンスなら、この過去形」などと考える必要はありません。日本の方が何も考えず無意識に日本語の過去形を使っているのと同じです。
実は私も日本語を勉強することで、フランス語の過去形を意識するようになりました。それまではフランス語に過去形の種類が多いことすら、あまり認識していなかったんです。
初めて英語を学んだ時にも、男性名詞・女性名詞がないことに驚きました。英語以外のヨーロッパ系言語には男性名詞と女性名詞があり、それが当たり前だと思っていたからです。私自身、こうして複数言語を学ぶことで、「当たり前のことなど何もない」という発想の転換を自然と身につけていくことができたように思います。

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「フランス語・フランス文化短期研修」に参加した国際教養学部の学生たち。研修にはクロエ先生が同行している

日本文化を愛し、人形浄瑠璃の遣い手として活動

日本語と日本文化を愛する者として、フランス語教員以外の活動も精力的に行っています。国の重要無形民俗文化財に指定されている新潟・佐渡の人形芝居劇団「人形浄瑠璃 猿八座」の一員として、人形を操るのもそのひとつです。
もともと私は5歳の頃からクラシックバレエを習い、20年間、数多くの舞台を経験してきたのですが、けがが原因でバレエを断念しました。体を激しく使うことはできなくなりましたが、舞台と民俗学は大好き。そんな私に新潟の友人が「猿八座」を教えてくれ、劇団の見学へ。そこで「人形の遣い手が不足しています。やってみませんか?」と誘われたことを機に人形浄瑠璃の世界に入り、夢中になりました。

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「人形浄瑠璃の世界に入り、夢中になった」というクロエ先生。写真は「人形浄瑠璃 猿八座」での稽古の様子

「バレエの経験があるから大丈夫」と思っていたのは最初だけ。バレエと人形浄瑠璃は体の使い方が真逆で、間の取り方も違います。使われている言葉の難しさもありますし、1人で何役もこなす芝居の難しさもあります。しかし、師匠のもとで練習を重ねて、2019年9~12月には国民文化祭連携事業の一環として『山椒大夫』全9公演を演じ切りました。2020年以降も公演に出演予定です。

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外国語を学び「考えるツール」を手に入れる

フランス人である私が、なぜここまで日本文化に夢中になるのでしょうか。
同じ人間でも、気持ちの表現方法は国や文化により異なります。私の中には人の気持ちの表現方法を探し求め、その気持ちを肌で感じたい、という欲求があります。研究者として文献を読み込むのではなく、私自身が表現者として体験し、発見したいのです。
学生の皆さんにも、フランス語などの学びを通して何がやりたいのか、4年間で見つけてほしいと思っています。一方で、母国語である日本語力を上げることも、とても重要です。日本語で表現できないことを外国語で表現するのは難しいですから。その上で外国語をしっかり学び、「考えるツール」をゲットしてほしいと思っています。

逸見 ヴィアート・クロエ(ヘンミ ヴィアート・クロエ)
順天堂大学国際教養学部国際教養学科 准教授
フランス・パリ出身。1995年、パリドフィーヌ大学経済応用数学一般教育課程修了。1999年、フランス国立東洋言語文化学院(INALCO)日本語・日本民俗学修士取得。新潟大学へ留学。同年以降、新潟大学、新潟国際情報大学、慶應義塾大学、順天堂大学などで講師を務める。パリ第一大学・ルーアン大学などでもフランス語・言語科学などを学ぶ。2012年、2016~2018年、NHKテレビ・ラジオ「フランス語講座」講師。2019年、順天堂大学国際教養学部准教授。