インタビュー

2018年09月28日

AI、IoMTの進展とともに順天堂が描く未来の医療

近年、幅広い分野で注目を集める「AI(人工知能)」。世界的にもAIを医療に活用しようとする動きが盛んですが、その内容は世の中にほとんど知られていないのではないでしょうか。順天堂大学医学部眼科学講座の猪俣武範助教は留学先の米国でAIやIoMT(Internet of Medical Things)の新しい潮流を目の当たりにし、アイデアを温めながら日本へ帰国。その後、医療アプリを次々にリリースし、この分野のトップランナーとして活躍しています。今回はAI医療やIoMTの現状と、今後の可能性についてお話を聞きました。

現時点でAIは万能ではない。
病院の部分タスクを効率化させるのがAIの役割。

「AI」という言葉は目につきやすく、私たちの興味をそそるものですが、AIがなにもかもできるわけではありません。画像解析のAIは画像解析しかできませんし、「アルファ碁」のAIはあくまでも碁のAIです。全てのタスクをマルチにこなせるAIは今のところ存在しません。

ですから私たちがつい想像しがちな、病院に行ったら全て機械化されていて、AIが診断してくれる...というものではないのです。部分部分のタスクをAIで効率化させ、病院機能を向上させることがAIの強みで、私たちはこれを「ハイブリッド化」と呼んでいます。生身の医療従事者がAIの機能をうまく使うことでハイブリッド化が進み、全体の病院機能を引き上げることが望ましい形だと思います。

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現実に医療分野で活用されているAI技術とは?

AI医療の研究は進んでいますが、実際に臨床分野で導入されているものはまだまだ限られています。最近ニュースになったものでは、2018年4月、米国食品医薬品局(FDA)が特定の医療機器メーカーに対して、糖尿病網膜症の診断が可能なAI検査機器の販売を認可した事実があります。医師がいなくても診断ができると、医療業界で大きな話題となりました。
研究分野では、X線や内視鏡などの画像解析や、実験での細胞染色などにAIが利用されています。いずれも人間の目では捉えられない細かな特徴をAIが読み取ることが特徴です。ゲノム解析などで膨大な量のデータを扱う際も、AIが力を発揮します。今後、AI医療の導入が進めば、医療従事者の仕事を効率化させ、空いた時間を人にしかできない付加価値のある作業に充てることも可能でしょう。

IoMTが実現する近未来の病院とは?

AIよりもはるかに現実のものになりつつあるのが、IoMTです。病院内にある全ての医療施設や医療機器、そして患者さんをインターネットでつなぐことで、病院機能の飛躍的な向上が期待できます。
例えば、院内のどの場所が何時頃に来院患者さんで混みあうのか? IoMTを活用すれば正確に把握できるため、病院側は限られた人員やモノを混雑している場所に集中させることができます。これにより人員のムダを防ぎ、効率的なオペレーションが可能になるでしょう。
また、全ての情報がインターネットでつながるので、情報入力の二度手間が確実に減少します。
さらに医療機器自体がインターネット化すると、一度使用した患者さんのデータが保存され、2回目以降はその方に合わせてオーダーメイド化が進みます。また、医療機器自体が故障する前に自動診断し、自ら修理業者を呼ぶようになるでしょう。医療機器の故障は病院にとって収益の減少に、患者さんにとっては待ち時間の増加に直結します。最終的には医療機器が自らアップデートしたり、自動修理することもできるようになるでしょう。
病院内だけではありません。社会のIoT化が急速に進む今、ご自宅で過ごされている患者さんのデータを随時モニタリングできる時代が、すぐそこまで来ています。

7つの医療アプリをリリースし、医療アプリ分野のトップを走る順天堂。

IoMT技術の中でも進歩が目覚ましいのが、医療アプリ分野です。すでに米国では禁煙アプリなど、いくつかのアプリが保険適用され、医師が処方する時代が到来しています。
2018年8月現在、順天堂は7つの医療アプリを開発・リリースしており、この分野では国内トップの実績を挙げています。私も2つの医療アプリを開発しました。
1つ目はドライアイや眼精疲労などの症状と生活習慣の関連性を明らかにするためのアプリ「ドライアイリズム」で、2016年11月にリリースしました。
2つ目は花粉症の発症要因の解明と自己管理による予防の啓蒙を目的とした花粉症予防アプリケーション「アレルサーチ」で、リリースは2018年2月。
いずれも世界初の試みです。
おかげさまで「ドライアイリズム」は最初の1年間で1万8,000ダウンロードを記録しました。非常に多くのユーザーに使っていただいたおかげで、大変興味深い事実が把握でき、現在その内容を論文にまとめているところです。

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従来の臨床研究にはない医療アプリのメリットとは?

医療アプリのメリットは、第一に大人数のデータを短期間に収集できること。臨床研究では100人のデータを集めるにも苦労を伴いますが、アプリなら数千人規模のデータが一気に集まります。さらに毎日入力するアプリなら、ユーザーのデータを毎日取得することが可能です。臨床では月1回来院いただくのが精いっぱいでも、アプリならどこでも簡単に入力できますから。研究者は大量かつ頻回に入手したデータを科学的に解析し、エビデンスとして発表することができます。
第二に、双方向コミュニケーションが取れること。順天堂のアプリでもユーザーからデータをいただく代わりに、ドライアイ指数やインフルエンザマップなどをご提供し、予防に役立てていただいています。例えば「アレルサーチ」には、現在ユーザーの中に花粉症の方がどれぐらい存在するかマッピングする機能があり、まるで桜前線のように花粉症の地域が広がる様子を見ることができます。これをごらんになれば、「そろそろ自分の地域にも来る」と考え、点眼薬や内服薬で予防することも可能でしょう。このように、医療アプリはユーザーも主体的に楽しむことができるのです。アプリを使って病気を予防していただくこと自体も、非常に先進的な取り組みだと思います。



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医療アプリ「アレルサーチ」画面・機能

もっとも重要なポイントは、医療アプリならリアルワールドに近いデータを入手し、解析できることです。臨床研究の対象者は来院患者さんにどうしても偏ってしまいますが、医療アプリは健康な方から治療中の方まで、多種多様な方のデータが入手できます。もちろん、「アプリに興味を持つ人」という偏りはありますが、私たち研究者にとって非常に魅力的なデータ解析ができることは間違いありません。

医療アプリはアイデア勝負。
ユーザーに楽しんでもらうことが重要。

医療アプリの研究開発はアイデア勝負です。もちろん、プログラミングはシステムエンジニアさんにお願いするわけですが、どんな問診項目を用意するのか、どのような機能を盛り込むのかは研究者が考えなくてはなりません。
もっとも重要なことは、ユーザーのニーズを的確に捉えること。いくら研究者がアプリをリリースしても、ユーザーに興味を持っていただけなければ意味がありません。
私が患者数の多い疾患を選んだのも、ユーザーニーズを考えてのこと。ドライアイは国内に約2,200万人、花粉症は約3,000万人の発症者がいるといわれており、おかげさまで非常に多くのデータを得ることができています。
もう1点、アプリ自体に楽しんでいただける機能を盛り込むことも重要です。いかに楽しんでいただけるか、情報をフィードバックできるかを考えるべきだと思います。

順天堂が一丸となって技術開発に取り組む「順天堂未来医療投資会議」を開催。

2018年1月、「第1回順天堂未来医療投資会議」が開催されました。本学医学部長の代田浩之先生が議長を務め、私は発起人のひとりに名を連ねています。出席者は16名。総合診療科、放射線科、整形外科など、さまざまな診療科からAIやビッグデータ解析、リアルワールドデータ解析などを得意とするエキスパートが集結しました。
昨今のデジタル革命は社会生活を劇的に変化させる可能性を秘めており、ヘルスケアにおいてももちろん例外ではありません。例えばドイツでは、政府主導のもとで製造業の生産管理や在庫管理をIoTで最適化しました。同様に順天堂においても、大学主導のもと、各科のIoMT研究やソフトウェア開発をリードし、革新的な医療開発に向けて一丸となってイノベーションを起こしたい。要するにこれまで各科で独自に研究していたものを、大学が音頭を取ってまとめることで効率化させ、技術開発を後押しする。それが会議の目的です。

各科エキスパートの知見を集め、大学全体でイノベーションを推進。

「第1回順天堂未来医療投資会議」では、京都大学の三宅正裕先生に基調講演をお願いしました。三宅先生はもともと国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)で技術開発を担当されていた方で、AIをどう作り、どう活用すべきか、来るべきAI時代にどのような変革が起き得るのか、問題点も含めて幅広くお話いただきました。
続いて電気通信大学の清洲正勝先生には「データサイエンスにおける人材育成」について、詳しくお話がありました。電気通信大学と本学は学術連携交流協定を結んでいるため、今後研究協力が増えていくはずです。
最後に順天堂大学におけるICT及びイノベーション事業について総合討論を行ったところ、参加者から興味深い意見が次々に飛び出しました。その内容は順天堂6附属病院の統合データベースやICT遠隔医療など、ごく近い将来に実現可能なことから、未来首都圏におけるAI・ICTを利用した在宅医療体制の構築まで、実に幅広いものでした。
今後も順天堂は「未来医療投資会議」を継続し、革新的技術の強化に取り組んでいきます。

猪俣 武範
順天堂大学医学部眼科学講座 助教

順天堂大学医学部を2006年に卒業。2012年医学博士(順天堂大学)、2012年から2015年米国ハーバード大学眼科スペケンス眼研究所留学、2015年米国ボストン大学経営学部Questrom School of Business修了(MBA)。2018年現在、IoMT学会代表理事を務めるほか、順天堂大学医学部附属順天堂医院病院機能管理室、同大医学研究科共同研究講座「戦略的手術室改善マネジメント講座」を併任。