インタビュー

2021年06月15日

補助シグナル分子の機能を解明して、アレルギー・自己免疫疾患の治療へ

本来ウイルスや細菌の侵入から体を守るための免疫系は、ときに過剰に反応し、アレルギー疾患や自己免疫疾患を引き起こします。それらの病気では免疫細胞のT細胞が中心的役割を果たしていて、抗原提示により炎症を引き起こすとされていますが、最近では別の仕組みによる可能性が示唆されています。免疫学講座の秋葉久弥先生は「補助シグナル分子」という分子に着目。独自の技術を活かして数々の補助シグナル分子の働きを解明するなど、分子生物学的手法により病気の解明と治療法開発に取り組んでいます。

体を守りつつ炎症にも関わるT細胞

生物に備わった免疫系は、ウイルスや細菌などの外敵から身体を守り、生命恒常性(ホメオスタシス)の維持に欠かせない生命システムです。その中でもリンパ球の一種であるT細胞は、免疫反応の司令塔として重要な役割を果たしています。しかし一方で、T細胞が過剰反応を起こすことで自己免疫疾患やアレルギー疾患を発症する原因にもなっています。

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例えば、気管支ぜん息は、日本国内に117万人以上(厚生労働省「患者数調査2014年」)の患者さんがいるとされているアレルギー疾患です。ぜん息では気道の内側で炎症が慢性化しており、ただでさえ気道が狭くなっていることに加え、少しの刺激でも過敏に反応して発作が起こりとても苦しむことになります。

このように炎症が慢性化する仕組みにも、T細胞が関わっています。細胞表面に発現するCD4T細胞(ヘルパーT細胞)は、抗原刺激を受けてほかの免疫細胞の働きを制御し、炎症を起こすエフェクターT細胞、逆に炎症を制御する制御性T細胞など、必要とされる働きに応じてT細胞は分化します。重要なのは、分化のポイントです。炎症を起こすか、炎症を抑えるか、T細胞が分化するメカニズムが明らかになり、人為的にコントロールすることができれば、これらの難治性疾患の治療にも光が差すはずです。

T細胞の分化の方向を決める補助シグナル分子

T細胞の分化と機能の方向性を決めているのは、マクロファージや樹状細胞からの抗原提示であることがわかっています。抗原提示を受けたT細胞が、炎症を引き起こすエフェクターT細胞(Th2細胞など)に分化・増殖し、IL-4やIL-5などのサイトカインを産生することでアレルギー疾患や自己免疫疾患を起こすのです。

しかし、免疫システムはそんなに単純ではないはずです。私たちは、抗原提示とは別の仕組みとして細胞表面に存在する「補助シグナル分子」に着目。その働きがT細胞の分化をコントロールしていると考えています。補助シグナル分子は約25年前には2種類ほどしか見つかっていなかった分子で、詳細な機能がわかっていない分子も少なくはありませんが、今では膨大な種類の補助シグナル分子が見つかっています。

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私たちの研究室では、そのうちのひとつである「OX40」という分子が、T細胞を活性化してTh2という炎症性のT細胞に分化させることを発見。マウスの実験でも、抗OX40L抗体というOX40の働きを抑える抗体を投与することで、Th2細胞への分化が抑えられてアレルギー症状が緩和されることを確認しました。

ぜん息やアレルギー疾患に関わるTIM分子に着目

多数の補助シグナル分子の中でも、最近特に注目しているのはTIM(T cell immunoglobulin and mucin domain)ファミリーと呼ばれる分子です。TIMファミリーのうちのいくつかは、T細胞による炎症反応だけでなく、がんを抑制するT細胞の働きを止めてしまうという近年話題の免疫チェックポイント分子と同じ負の働きをしていることがわかってきました。

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TIMファミリーの中で、アレルギー疾患や自己免疫疾患に関わっているのはTIM-4という分子です。TIM-4は炎症の悪化に関わっており、関節リウマチやぜん息などのモデルマウスに対して抗TIM-4抗体を投与したところ、どちらも症状が改善されました。さらに、順天堂医院に通院する124例の気管支ぜん息の患者さんの血清中にあるTIM-4量を測定した結果、重症の患者さんほどTIM-4値が高く、症状の重症度とTIM-4の数値とが相関していることを見いだしました。

TIMを測定することで診断や治療効果の判定も

次に行ったメカニズムの解明に向けた研究では、細胞表面にくっついているはずのTIM-4がちぎれて、遊離していることが症状悪化と関係しているようだとわかってきました。培養したマスト細胞(アレルギー反応を起こす細胞)に遊離したTIM-4を振りかけると、炎症性サイトカインが一気に分泌され、炎症を促進しました。遊離する前のTIM-4の働きや遊離するタイミング、切れている場所などはこれからの研究課題ですが、遊離したTIM-4に意味があることは間違いなさそうです。

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遊離した後も活性しているTIM-4は、独自の分析手法によって計測することが可能です。定量化したTIM-4の値は、新しいバイオマーカーとして病気の診断や治療効果の判定に役立てられるのではないかと期待しています。現時点で炎症を定量化する指標としては肝細胞で作られるCRP(C反応性タンパク)という数値しかありませんし、CRPではその炎症が免疫疾患によるものか、少し前に負ったケガによるものかの判断には使えません。その点、遊離TIM-4は疾患特異的な指標になり得る可能性があります。

また、最近ではTIM-3という分子ががん細胞を抑制する免疫チェックポイント阻害薬となる可能性についても研究しています。TIM-4もTIM-3もさまざまな病気の治療に役立つ可能性が見えてきていますので、臨床応用に向けて積極的に研究を進めていきたいと考えています。

企業の研究者時代に身に着けた抗体作製技術が強み

これまでの研究では、モデルマウスなどによる実験を通じて、数々の補助シグナル分子の働きを明らかにしてきました。そうした研究の背景には、企業研究員時代やカナダ留学時に身に着けた分子生物学的な知識と経験が大いに生きています。

私はもともと遺伝子組み換えなどを得意とする「技術屋」で、医師ではありません。ただし、DNAからタンパク質、モデル動物までは自分のテリトリーであると自負し、その範囲内であれば全て1人で実験できる技術力を持っています。中でも、モノクローナル抗体(特定の病気の特定の目印だけに結合する抗体)の作製技術を強みとしており、かつては高価だったモノクローナル抗体を自分たちで大量に作ることができますし、この技術でいくつかの特許も取得しています。

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そして、モノクローナル抗体の作製技術が活かせるのは、アレルギー疾患や自己免疫疾患に限りません。免疫システムを活かした治療の研究として、これまでに眼科や膠原病内科、呼吸器内科、産婦人科、脳神経内科などあらゆる診療領域に関わる医師、研究者と共同研究を行ってきました。共同研究先は順天堂大学内にとどまらず、国内の他施設はもちろん、海外にも及びます。自分で作ったモノクローナル抗体を企業に提供し、ライセンス契約に至ったケースもあります。

未来の医療に役立つような研究者でありたい

私が取り組んでいるのは、基礎研究の中でもトランスレーショナルリサーチ(橋渡し研究)という部分で、自分自身が研究をする上でも臨床応用については常に意識しています。研究の性質上マウスなどのモデル動物や培養細胞を用いた研究をしていますが、目の前の小さな細胞で確認できた現象や知見がヒトの病気の治療に役立つ可能性があることにやりがいを感じていますし、あらゆる診療科とコラボレーションして臨床試験を実施できる順天堂大学医学部は理想的な研究環境です。

この研究室に来て25年以上になりますが、その間には多くの医学研究科大学院生たちの指導もしてきました。彼らの多くはその後臨床医として患者さんと向き合いつつ、病気の解明と治療法開発に向けて今も意欲的に臨床研究に取り組んでいます。そんな彼らの姿には大いに励まされますし、未来の医療をより良いものにするために教育をがんばっていきたいと思うのです。

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生命の仕組みは知れば知るほど複雑で、ひとつの分子の働きが分かったからといって結果につながるわけではありません。しかし、自分たちの研究成果を病気の治療に役立てたいという気持ちを持ち続けて、これからも基礎研究と臨床応用の橋渡しを続けていきたいと思います。

秋葉 久弥(あきば・ひさや)
順天堂大学大学院医学研究科免疫学 准教授


1988年、北里大学衛生学部衛生技術科卒業。1990年、同大学院衛生学研究科修士課程修了。NKK日本鋼管(現JFEスチール)株式会社バイオ研究センター、同社基盤技術研究所バイオ研究部を経て、1995年にモントリオール大学ノートルダム・ホスピタル・リサーチセンターのアレルギー研究室に留学。1996年から順天堂大学医学部免疫学講座勤務。2007年より現職。主な研究領域は、自己免疫疾患、アレルギー。