インタビュー

2021年04月01日

救急・集中治療の臨床家として、「敗血症」の根本的な解決に挑む

体内に侵入する細菌やウイルスに対して免疫が過剰反応をして、自分自身の臓器を傷つけてしまう「敗血症」。世界で年間約1100万人もの方がこの敗血症によって亡くなっていると推定されているほか、新型コロナウイルス感染症の重篤化にも、敗血症が関与していると考えられています。この敗血症の病態解明に挑んでいるのが、順天堂大学医学部附属浦安病院救急診療科に所属する平野洋平准教授です。AIの機械学習を駆使した先進的な研究にも取り組む若き研究者に、救急・集中治療現場の課題や敗血症研究の最新動向について聞きました。

研究医として敗血症のメカニズム解明に取り組む

皆さんは、「敗血症(はいけつしょう)」のことをご存じでしょうか。昨今、新型コロナウイルス感染症によって集中治療室に運び込まれる患者さんの多くがこの敗血症の状態であることが知られています。感染症がきっかけとなって起きる敗血症では、免疫細胞が過剰に反応し、臓器不全が引き起こされます。

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免疫は本来、私たちの身体を守るものです。何らかの感染症が起こると、人体はそれに対抗して戦うために、免疫応答と呼ばれるシステムを発動し、T細胞、マクロファージ、好中球などと呼ばれる免疫細胞たちが、細菌やウイルスを攻撃します。これ自体は正しい反応ですが、この免疫細胞たちが暴走してコントロール不能になり、自分の臓器を攻撃してしまうことがあります。敗血症というと特定の疾患のように思われますが、このようにして起こる臓器障害のことを指しており、発症とともに様々な症状が出現します。

敗血症は救急疾患に分類されますが、発症患者が非常に多く、救急・集中治療現場の大きな課題となっています。しかし、確立した治療法はまだなく、その病態解明や新規治療法の開発は急務であることは間違いありません。そこで私は、救急医療の現場に医師として携わりながら、敗血症のメカニズム解明に取り組んでいます。

免疫細胞のひとつ「好中球」に着目

敗血症の研究において、多くの研究者が注目しているのが白血球の一種である「好中球」です。これは、細菌やウイルスの生体侵入に応じて、血中に動員される免疫細胞で、感染部位にいち早く到着します。そして、主に細菌を食べてしまう「貪食(どんしょく)」と呼ばれる機能で細菌やウイルスを退治します。

好中球は、頼れる免疫細胞なのですが、適切にコントロールされていないと暴走してしまいます。例えば、細菌のいる組織への過剰な「遊走(細胞が体内で別の場所に移動すること)」を放置してしまうと自己の組織を破壊し、敗血症による多臓器不全の病態形成を担ってしまうのです。そのため、好中球の炎症能や組織遊走をコントロールすることは、敗血症の治療戦略のひとつと考えられています。

加齢した好中球が臓器障害を促進する!?

なかでも私が研究対象としているのは、長生きした好中球にあたる「加齢好中球」です。これまで、好中球の寿命は、約5時間と短いと考えられていました。しかし近年、好中球にも多様なタイプが存在することが明らかになってきており、敗血症のような急性炎症病態では、好中球はより長い寿命を持つとの報告が多数挙げられています。

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好中球は長生きすることで、攻撃力が強くなるのではないかというのが私の仮説です。実際に加齢好中球は、その他の好中球と比較して、炎症作用がより強く、遊走能力も高いという動物実験レベルのエビデンスがあります。この特徴から、加齢好中球の特徴を観察し、うまくコントロールできれば、敗血症による臓器障害を改善できるのではないか考えています。

好中球の年齢を判別する受容体を特定

研究にあたり、私はまず好中球の年齢を判別する「加齢マーカー」を探しました。そこで目を付けたのが、好中球の細胞表面にあるCXCR4という受容体(レセプター)です。好中球は年齢とともにCXCR4の発現率が上昇することがマウスを使った実験でわかっています。そこで私は、特殊な分析装置を使って、ヒトでも同様にCXCR4が加齢マーカーとして使用できることを解明しました。

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さらなるメカニズム解明において、興味深いデータがあります。それは、敗血症患者では血液中の加齢好中球の割合は、健康な方と比較して増加するのですが、敗血症が重症化すると、逆にその割合は減少していくというものです。観察研究ですので、敗血症の重症化と血中の加齢好中球割合の因果関係はまだわかりませんが、少なくとも治療ターゲットとしての可能性を示してくれるポジティブなデータだと考えています。

臨床現場の利点を活かして基礎研究から臨床研究、AI研究まで

私は現在、医学部附属浦安病院救急診療科に在籍しながら、急性炎症病態、生体侵襲を専門領域とする研究を行っています。生体侵襲とは、細菌感染や外傷など、生体に急激な変化をもたらす外部刺激のことを指します。研究対象となる疾患群としては、敗血症、外傷、熱中症、心肺停止後症候群など多岐に渡ります。

勤務している医学部附属浦安病院は、三次救急施設として、重度外傷、熱傷、心肺停止、脳血管障害といった重症患者に対応しているという特徴があります。20名の救急専門医、3名の集中治療専門医が在籍するほか、外科専門医や小児科専門医もいます。私はこうした多数の症例が集まる現場の利点を活かしながら、急性炎症病態、生体侵襲に関する基礎研究から臨床研究、さらに最近はAIを使った先端研究まで横断して行っています。

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AI研究に関しては、医療界にも確実にAIによるパラダイムシフトの波が押し寄せていると個人的に思っています。そこで、私はAI技術の中でも注目が集まる「機械学習」の知識を独学で習得してきました。最近は、機械学習を用いて、日本全国の院外心停止患者のデータベースを読み込み、救命救急の現場で適切な心肺蘇生法を選択するための予後予測などに挑戦しています。こちらは、救急医学会におけるAI委員会での推進研究として承認されるなど注目を集めています。データサイエンスがわかる臨床家として、救急・集中治療領域における実臨床に即したAI導入を提案していくのも自分の使命だと考えています。

アメリカ留学で医学の基礎研究の重要性を実感

私は、国公立大学の医学部を卒業後、消化器内科でキャリアをスタートしました。そこで、内科の現場ローテーションの一環として研修した重症・重篤患者を扱う三次救急の仕事に大きなやりがいを感じ、救急救命医の道を選びました。そして、最初の数年は、臨床家として救急・集中治療の現場で研鑽を積んできました。

そんな日々のなかで、出合ったのがハーバード大学のイチロー・カワチ先生の著書でした。そこには、こんなことが書いてありました。

「岸辺を歩いていると、助けて!という声が聞こえます。誰かが溺れかけているのです。そこで私は飛び込み、その人を岸に引きずりあげます」

「心臓マッサージをして、呼吸を確保して、一命をとりとめてホッとするのもつかの間。また助けを呼ぶ声が聞こえるのです」

「私はその声を聴いてまた川に飛び込み、患者を岸まで引っぱり、緊急処置をほどこします。すると、また声が聞こえてきます。次々と声が聞こえてくるのです」

「気がつくと私は常に川に飛び込んで、人の命を救ってばかりいるのですが、一体誰が上流でこれだけの人を川に突き落としているのか、見に行く時間が一切ないのです」

(出典:「命の格差は止められるか ハーバード日本人教授の、世界が注目する授業」イチロー・カワチ著/小学館刊 ※社会医学者ジョン・マッキンリーの著書からの引用を翻訳したもの)

これを読んで私ははっとしたのです。救急の臨床家を続けているとすごく共感するところがあり、研究者として医療に携わるアカデミアへの興味がわいてきたのを覚えています。

その後、私は幸運にも、アメリカ・ニューヨークにある大学病院に留学経験をします。そして、現地で敗血症に関する研究と出合い、医療の学問的側面により強い関心を持つようになっていきます。ニューヨークでの3年弱の留学経験は、私の医師としての姿勢だけでなく、人としての考え方も大きく変えました。人種のるつぼであるニューヨークは、世界的にもとびきり多様性が強い場所です。ここで自分の視野の狭さを痛感する一方、世界にはまだまだ新たな可能性があることを教えられました。

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Physician-Scientistとして病態の上流を変えていく

帰国後は、Physician-Scientistとして、原因となる病態の上流を変えていくことにより強い関心を持つようになっています。私はやはり臨床家の視点で、多くの人の命を助けるという目的のために研究をしたいのです。加齢好中球をターゲットにした研究も敗血症の根本を解決する可能性がある点に大きな価値があると考えています。

また、救急・集中治療という分野において、順天堂大学で研究をする優位性も感じています。その理由は、関連病院の多様性です。特に救急部門は、浦安病院、練馬病院、静岡病院、順天堂医院で得意とする領域が異なります。いずれ関連病院を巻き込んだ研究プロジェクトにも挑戦してみたいですね。

私のアイデンティティは、救急・集中治療医としての臨床家でありながら、基礎研究・臨床研究・AI研究と多様な医学研究を横断して活動している点にあります。それぞれの領域に長けている方はたくさんいます。しかし、臨床現場から基礎的な学術研究、データサイエンスまで横断して語れる医療人はなかなかいないでしょう。分断しがちな医学研究を結びつけながら、最終的には研究成果を患者さんにしっかり還元したい。それは、ずっと臨床家として医療に携わってきた私のこだわりです。病気で悩みを抱える多くの人の人生を救うようなアウトプットを出すことができればこれ以上の幸せはありません。

平野洋平(ひらの・ようへい)
浦安病院 救急診療科 准教授


2007年、山梨大学医学部卒業後、横浜市立大学医学部附属市民総合医療センターで臨床研修医に。2009年より順天堂大学医学部附属順天堂医院消化器内科学講座専攻生、翌2010年には同浦安病院救急災害医学講座専攻生に転科。その後、同講座助手を経て、2013年よりアメリカThe Feinstein Institute for Medical Research, Hofstra Northwell Health University Hospitalに研究留学。2016年に帰国し、順天堂大学医学部附属浦安病院救急災害医学講座助教。同年、医学博士の学位を取得し、2021年より現職。救急科専門医、集中治療専門医。