インタビュー

2021年09月02日

歳のせいにされてきた変形性膝関節症の病態を解明。健康長寿への一歩を踏み出す!

高齢になれば身体のあちらこちらが痛み、歩く速度も遅くなり、腰が曲がってきます。そうした症状の多くは「歳のせい」として見過ごされてきましたが、本格的な「人生100年時代」を迎える前に、膝や腰などが痛むメカニズムを解明する必要がある。そう考えた整形外科・運動器医学の石島旨章主任教授は、日本に2500万人の患者さんがいるという変形性膝関節症の病態解明に取り組むとともに、全身の健康との関わりの大きい運動器障害の早期発見・治療、予防に向けた研究を始めています。

■見過ごされてきた高齢者の膝が痛むメカニズム

立つ、座る、歩くといった身体を動かすことに使う骨・関節・筋肉・靭帯などを総称して「運動器」と呼びます。これら運動器に障害があり、自由に移動ができなくなる状態が「ロコモティブシンドローム(通称、ロコモ)」です。ロコモが進むと怪我や骨折をしやすくなり、将来要介護になるリスクが高くなります。さらに、認知機能の低下や心臓・脳血管疾患の発症にも影響することがわかっています。

しかし、誰でも高齢になれば膝や腰の痛みを経験します。整形外科を受診する患者さんには高齢者が多く、膝や腰、足の付け根などに痛みを感じています。痛みがある高齢者は動かなくなり、ますます症状を悪化させます。その悪循環がロコモを進行させる原因となります。

問題は運動器に痛みが生じることですが、そうした痛みは「歳をとれば痛くて当たり前」だとされ、病態の解明はなかなか進みませんでした。運動器の障害の多くは、未だに痛くなってからの対処療法的な治療が中心です。しかし、痛みが起こることには何らかの原因があるのですから、その原因を明らかにして、痛みを予防する道を探っていく必要があると私たちは考えます。

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見過ごされてきた高齢者の膝の痛みのメカニズム。原因を明らかにして、痛みを予防する道を探っていく必要がある。

■変形性膝関節症で軟骨が減るのはなぜか

現在注力している研究対象の変形性膝関節症は、膝の関節表面を覆っている軟骨がすり減り、軟骨の内側で炎症が起きたり変形してしまう病気です。そして、歩きにくい、階段の上り下りができないなどの機能障害を起こします。高齢化が進むほど患者数が増え、現在の有病者数は約2500万人、痛みを抱えつつ薬などで抑えて暮らしている人が約800万人、さらに症状が進行して人工膝関節置換術という手術を受ける人は年間約10万人にものぼります。それほど多くの患者さんがいる病気ながら、その病態はほとんど未解明でした。やはりこの病気についても「高齢だからしかたない」とされてきたのです。ところが最近になって、変形性膝関節症の発症メカニズムがわかってきました。

前述したとおり、変形性関節症は軟骨が摩耗する病気です。それならば、軟骨が再生すればこの病気は良くなる。その考えに基づいて、最新の再生医療などを応用した治療法が次々と開発されてきましたが、いくら軟骨を再生させてもこの病気が解決されたことにはならない可能性が示されつつあります。注目すべきは、軟骨同士の間にはさまっている半月板でした。半月板はトランポリンのようなもので、その下にある軟骨を衝撃から守るショックアブゾーバーの働きをしています。半月板というトランポリンがピンと張られた状態なら、その上でいくらジャンプをしても軟骨が痛むことはありません。ところが、半月板が痛んで張りがなくなった状態で飛び跳ねると、衝撃がダイレクトに軟骨に届いてしまい軟骨を傷つけることになる。その衝撃が強くなれば、軟骨の下にある骨まで痛めることになってしまいます。つまり、半月板が痛んでいる状態で軟骨だけを補ってももう遅いのです。

■半月板が傷つく仕組みをMRIで観察

では、どうして半月板が痛んでしまうのでしょうか。その原因を探る方法として、私たちはMRIによる観察を行いました。通常の変形性膝関節症の診断には、レントゲン(単純X線)検査を行いますが、レントゲンでは軟骨を見ることができません。そこで順天堂大学の放射線科学講座との共同研究により、MRIを用いて早期の変形性膝関節症では骨棘(こつきょく)と呼ばれる小さな棘が大きくなる過程で半月板を引っ張っていることがわかりました。

引き続きトランポリンに例えると、骨棘はトランポリンを引っ張って支える柱のようなもの。この柱の間隔が徐々に広がってトランポリンの生地を無理に広げるせいで、半月板が傷つきやすくなっていたのです。

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骨棘は半月板を引っ張って支える柱。これを無理に広げると半月板が傷つきやすくなる。

変形性膝関節症で骨棘といえば、症状が進んで骨が変形して形成されたものとしてレントゲン画像で認められる特徴的な所見です。これに対して、私たちが可視化に成功した骨棘は、まだレントゲンでは見えないもので、軟骨の摩耗やその前の半月板の損傷よりさらに前の、変形性膝関節症が発症するかなり早い段階からあらわれている可能性があります。このように病態解明をすすめることで、早期に変形性膝関節症を診断できれば、早期治療につながり、膝を痛くさせないことが可能になるかもしれません。

■順天堂の強みを活かした大規模コホート調査

私たちがMRIで変形性膝関節症を超早期に診断する可能性を見いだせたのには、順天堂大学が長年にわたって取り組んできた「スポーツ医学」の成果も関係しています。私もメンバーとして参加している本学のスポートロジーセンターでは、「文京ヘルススタディ」という大規模コホートを実施。文京区に住む1629名の高齢者を対象に、認知機能や運動機能などがどのように低下するかを調査しています。

私たち整形外科が中心となって行っている変形性膝関節症の調査では、65歳以上の被験者の約60%が「歩いてもあまり痛みを感じない」というほど初期の変形性膝関節症だとわかりました。通常病院に来るのはすでに膝の痛みを感じている進行期の患者さんたちですから、痛みが出る前の状態を観察できる初期の患者さんがこんなにたくさんいるということは大変ありがたいことです。小さな骨棘を見つけることができたのは、このコホート研究に協力いただいた方々のお陰でした。

同様の調査は海外でも行われていますが、レントゲンとMRI検査の両方で1000例を超えるコホート調査を行っているのは、国内では順天堂しかありません。文京ヘルススタディでは運動器障害と認知症の関係などについても調査しており、そこから早期発見・治療、予防につながるような新しい知見が得られるものと期待しています。

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レントゲンとMRI検査の両方で1000例を超えるコホート調査を実施しているのは、国内では順天堂だけ。

■「速く歩ける」は健康長寿のカギ

膝に障害がなければ、いくつになっても自由に歩くことができます。といっても、ただ歩ければいいのではなく、速く歩けるかどうかが重要になります。「歩くスピード」は寿命を予測する重要な因子の一つであり、同世代のほかの人に比べて歩くスピードが遅い人は寿命が短いという、海外の研究報告があるからです。

スタスタと速く歩けるほど運動器が元気ならば、認知症や糖尿病、心臓疾患にも良い影響をおよぼします。逆に、膝が痛いせいで歩けなくなれば認知症や糖尿病は悪化しますし、認知症や糖尿病で動かなくなっても膝はますます悪くなる。健康長寿にとっては、これらのうち一つでも欠けてはいけません。

ただし、その中で整形外科領域はかなり遅れているといわざるをえない状況にあります。これからさらに医療が進歩すれば、がんは早期発見できて、心不全や脳血管疾患で亡くなる人が減り、認知症が解消されて、本格的な人生100年時代が来ます。そのときに膝や腰が痛い運動器障害を減らさないと、結局のところ動けない人が増えて、循環器や認知機能の障害につながってしまいます。そうならないためにも、私たちは痛みなどで動けなくなる根本原因を解明する必要があるのです。

■メタボ健診のような「ロコモ健診」の実現が理想

最近の研究では、関節を滑らかに保つうえで欠かせないヒアルロン酸が、30歳代から枯渇し始めることがわかってきました。このように40代、50代のうちに将来膝関節が悪くなる兆候を捉えて、早めに治療や予防をする方法が見つかれば、80代になってもスタスタ歩ける人生も実現可能です。

すでに同じことを実現しているのがメタボリックシンドロームです。メタボ健診などを通じて高血圧や糖尿病の兆候を早めに捉え、食生活や生活習慣を改めることで生活習慣病を予防するとともに、将来起こりうる心不全や脳血管障害といった重篤な病気になることを防ぐ。その方法をお手本に、運動器の加齢による機能低下を防ぐことができればと考えています。血圧の値や血糖値のようなエビデンスに基づいた具体的な指標ができて、「ロコモ健診」として若い世代からチェックできるようになれば理想的です。

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「ロコモ健診」として、若い世代からチェックできるようにすることが理想的。

■動ける喜びを感じながら、今日も歩く!

整形外科領域における早期発見・治療、予防は、現時点ではかなり壮大なストーリーです。それ以前に、運動器に問題を抱えた大勢の患者さんたちを治療していかなければいけません。なるべく手術せずに痛みをとる保存療法、手術をするにしてもできるだけ患者さんの負担が少なくて済む低侵襲な治療法やデバイスの開発など、やらなければいけないことは山積しています。そんな大きな壁を前にしても、広い意味でスポーツと医学・健康の融合に取り組んできた順天堂ならば、きっと実現できると信じています。

私は子どもの頃に野球をしていて負った怪我を治してくれた医師に憧れて整形外科医になりましたが、今ではスポーツという枠にとらわれず、運動器と全身疾患の関係に強い関心を寄せています。そして、将来の健康のために毎日1時間速めに歩き、週に1回のジョギングを継続しています。そんな私から、最後にひとつアドバイスです。若い頃から速く歩くことを続けている人は高齢になっても速く歩けますから、皆さんも意識して歩くようにしてみてください。それが将来の健康長寿のための貴重な一歩となります。

石島 旨章(いしじま・むねあき)
順天堂大学大学院医学研究科
整形外科・運動器医学(医学部整形外科学講座)主任教授


1996年順天堂大学医学部卒業。2002年同大学院医学研究科修了。医学博士取得。東京医科歯科大学難治疾患研究所、私学共済・東京臨海病院整形外科、米国・国立衛生研究所(NIH)などを経て、2003年から順天堂大学医学部整形外科学講座に勤務。2020年より現職。スポーツ健康医科学推進機構教授、スポートロジーセンター委員、ジェロントロジー研究センター教授も兼任。主な研究分野は、変形性膝関節症、骨粗鬆症、骨・軟骨代謝。