インタビュー

2021年09月23日

マラリア治療薬の耐性原虫の出現を発見。薬剤耐性の研究を通じて、マラリア根絶一歩でも近づきたい!

蚊が媒介となって人から人へと感染し、毎年40万人以上の死亡者を出しているマラリア。現在は有効な治療薬があるものの、薬剤耐性を持つマラリア原虫の出現が常に危惧されています。そんな中、熱帯医学・寄生虫病学講座の美田敏宏教授は、それまで東南アジアの一部でしか見つかっていなかった薬剤耐性をもつマラリア原虫を世界で初めてアフリカで発見。薬剤耐性マラリアの蔓延防止に向けて、フィールド調査をはじめとした研究を進めています。

世界で毎年40万人以上の命を奪うマラリア

マラリアは、HIV/AIDS、結核と並ぶ世界三大感染症のひとつで、マラリア原虫を持つ蚊(ハマダラカ)が媒介となって、人から人へと感染を拡大させる病気です。アフリカを中心に、アジア、オセアニア、中南米の熱帯・亜熱帯地域で流行し、1年間に2億人以上の新規感染者を出し、約43万人の人々の命を奪います(2018年11月統計)。

国連が掲げたSDGs(持続可能な開発目標)の「あらゆる年齢のすべての人々に健康的な生活を確保し、福祉を推進する」という第3目標でも、「2030年までにエイズ、結核、マラリアおよび顧みられない熱帯病といった伝染病を根絶」と明記されています。マラリアの対策は、地球規模で取り組むべき課題だと認識されているということです。

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このようにマラリアは恐ろしい感染症ですが、とても有効な特効薬が存在しています。現在、第一選択薬として使われているアルテミシニンは、1970年代に中国で開発された抗マラリア薬です。アルテミシニンを主とした併用療法により、マラリア死亡者数は劇的に減少しました。アルテミシニンの発見者はその功績を高く評価され、2015年のノーベル生理学・医学賞を受賞しています。

しかし、どんなに効果的な薬であっても、その薬が効かない、薬剤耐性(AMR:Antimicrobial Resistance)を持つマラリア原虫が出てくる恐れがあります。これまでのマラリア対策を振り返っても、マラリア特効薬とされていたクロロキン、ピリメサミン、サルファドキシンという3つの薬は、いずれも薬剤耐性原虫が出現したことで、その後死亡者数が一気に増加していきました。それらの薬剤耐性原虫はどれも東南アジアで出現し、そこから一気にアフリカに広がったという共通点もあります。

世界で初めてアフリカで薬剤耐性マラリアを発見

アルテミシニンについても、2007年頃から東南アジアの一部で耐性原虫が出はじめ、その後数年でメコン川流域に広がっています。ただし、マラリア患者の9割を占めるアフリカにおいてはその報告がなく、耐性原虫はまだ出ていないと考えられていました。

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2018年のプレスリリースより

そこで私たちの研究グループでは、2014年から2017年の3年間にわたってウガンダ共和国北部にあるグル市で調査を実施。試験管内(In vitro)の特殊な培養液の中で原虫を増やしてアルテミシニンの効き目を調べるという方法で、世界で初めてアルテミシニン耐性原虫がアフリカに出現していることを発見しました。

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研究グループが調査を行った病院

In vitroで見つかったからといって実際に現地のヒトでも耐性を示す証拠にはなりません。特にアフリカの人はマラリアへの獲得免疫を持っており、その力で耐性マラリア原虫を体内から排除することもできます。そこで、2017年から3年間をかけて、240人のマラリア患者に対してより詳細な調査を行いました。その結果、調査対象の5.8%にあたる14人がWHOの定める臨床的なアルテミシン耐性基準を満たすことが判明。この調査結果により、アルテミシニン耐性原虫がアフリカの人においても実際に耐性を起こすことが明らかになったわけです。

早期発見につながる分子マーカーも同定

2017年からの調査ではゲノム解析も行い、アルテミシニン耐性に関わる責任遺伝子であるKelch13に生じた2つの変異(A675V、C469Y)を同定することにも成功しました。これらの変異が見られる原虫は明らかに耐性レベルが高く、耐性にとって重要であることが明らかです。また、2015年には見られなかったこれらの変異が2019年には16%まで急増していることがわかり、早急な対策をとらなければなりません。

2021年リリース図.jpg2021年のプレスリリースより

今回同定した遺伝子変異は、早期診断のための分子マーカーとして役立てることができます。これらの変異を分子マーカーとすることで、1滴の血液を調べるだけで簡便かつ早期にアルテミシニン耐性を発見できる遺伝子診断法の確立を目指しています。将来的には、現地で血液だけ採取してもらい、送られてきたサンプルをもとに薬剤耐性の出現や拡がり診断は日本でするといったことも可能になると期待しています。

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ラボで現地のスタッフと調査に取り組む

感染症対策は薬剤耐性との戦い

ある集団の中で耐性原虫が増えれば、そこを中心として、さざ波のように耐性原虫は広がっていきます。過去の治療薬のケースでもそのようにしてアフリカ全土に広がり、治療薬として使えなくなってしまいました。私たちの調査ではウガンダ北部で薬剤耐性が急速に広がっていましたが、ウガンダ南部ではまだ見られていませんし、国境を越えていないこともわかっています。だとすれば、今の段階で封じ込めるための対策が必要です。

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ウガンダの病院での問診の様子

耐性原虫が広がる原因としては、原虫集団の中でも感染させる能力の強い耐性原虫が選択されて広がったことに加えて、"不適切な薬の使用"である可能性も考えなければなりません。ウガンダの私たちの調査地では一時期、熱が出たときにすぐ飲めるよう、抗生物質と解熱剤とマラリア治療薬の3点セットを各所に配布していました。アフリカでは「発熱=マラリア」と考えることが一般的で、熱が出たらすぐにこれらの薬を飲んでしまう。そうやって本来は必要ない状況にも関わらずアルテミシニンを繰り返し飲むことが、薬剤耐性を出現させた一因になっている可能性もあります。

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グル市街地の薬局

同様の問題は、日本をはじめとした世界中の先進国でも問題視されています。私たちは細菌やウイルス、寄生虫などの感染症に対して抗生物質を使って治療しますが、そのような治療が繰り返されることで薬剤耐性を持った細菌が増え、2050年には薬剤耐性菌による死者ががんによる死者を超えるという警告が発せられているほどです。

実際にマラリア感染により命を落とす人がいる中で薬剤使用をコントロールするのはとても難しいことですが、薬剤耐性原虫を広げないためにも薬の適切な使用は重要なポイントとなります。

マラリア対策は幼い命を救うことでもある

一方で、マラリアは必ずしも怖い病気とは見なされていません。マラリア感染者の9割を占めるアフリカにおいて、ほとんどの大人は色々なタイプのマラリア原虫に何度も繰り返し感染し、強い免疫を獲得しているからです。すでに免疫ができあがっている人は蚊に刺されても腫れないし、かゆみも感じず、マラリア原虫を体内から排除できます。しかし、十分な免疫を獲得できていない子どもがマラリアに感染すると重症化します。マラリアで亡くなる人の半数以上は5歳以下の子どもなのです。

ある年、私たちが調査をしていた病院に、小さな子どもを連れた母親が来たことがありました。その母親はそれまでに7人の子どもを2歳になるまでに亡くしているらしく、今目の前にいる8人目の我が子がまさにその年齢で熱を出しているということで「この子もまた死んでしまう」と泣いて助けを求めてきました。アフリカの現状は、未だそれほど過酷なのです。

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マラリアにかかった子供の診察風景

大人であっても、中途半端に免疫を獲得している大変厄介な状態があります。本人は感染しても症状が出ないで済むのに、原虫は体内にいて、蚊を介して誰かに移す"キャリア"となってしまうからです。マラリア原虫はとても狡猾な戦略をとる寄生虫で、この宿主に感染させることができないとなると、蚊に移行して子孫を増やすように自らの形まで変えます。そうやってどんどん感染を広げていくマラリア原虫と戦っていかなければいけません。

薬剤耐性マラリア研究における世界のトップランナーとして

日本では熱帯医学やマラリア研究はメジャーな分野ではありませんが、欧米においてはとても盛んに研究されていて、とても競争の激しい研究領域です。そのような中で、順天堂大学のマラリア薬剤耐性原虫の研究は、間違いなく世界トップレベルといえるものです。

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私自身は9年ほど消化器内科で臨床をしてから、途上国への医療貢献がしたいと、マラリアを研究している研究室に入りました。そこでたまたま勧められたのがマラリア薬剤耐性研究だったのですが、アフリカ各地でフィールド調査をしながら現地の患者さんたちと関わる中でどんどんこの分野にのめり込んでいきました。

薬剤耐性とは、ターゲットとする微生物が、目に見えるスピードで進化する現象です。加えて熱帯医学では、患者であるヒト、媒介となる昆虫、公衆衛生に関わる環境などが複雑に絡み合い、そこに医療の専門家として関わっていく醍醐味があります。

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ラボのメンバーたちと

もちろん、医療者としては、マラリアで亡くなる人を一人でも少なくしたいと思っています。マラリア排除に向けた取り組みとしては、ワクチン開発、治療薬開発、薬剤耐性対策という3本柱を中心に研究が進められていますが、有効なワクチンが確立されていない現状では、今ある治療薬をしっかり使っていけるようにする薬剤耐性対策がとても重要です。薬剤耐性はマラリアに限らず、どんな感染症でも必ず起こりえる問題ですから、私たちの研究を通じて薬剤耐性問題に終止符を打てればと願っています。

美田 敏宏(みた・としひろ)
順天堂大学医学部熱帯医学・寄生虫病学講座教授

1990年長崎大学医学部医学科卒業。東京慈恵会医科大学第一内科学講座(現・消化器肝臓内科)助手、東京女子医科大学医学部国際環境熱帯医学講座助手、同講師を経て、2012年より現職。主な研究テーマは、薬剤耐性マラリア、マラリア集団遺伝学、フィールドにおけるマラリア診断・治療技術の向上、マラリア排除を目指した社会科学的研究。アジア、アフリカなど20カ国を超える熱帯地域において、薬剤耐性マラリアをはじめとした熱帯感染症のフィールド研究を行っている。