インタビュー

2019年10月10日

チャレンジングな解析アプローチにより、ミトコンドリア病の原因遺伝子の解明へ。

細胞内のミトコンドリアの働きが低下することで起きる難病・ミトコンドリア病。生まれた赤ちゃんの約5,000人に1人が発症する、先天性代謝疾患の中でもっとも発生頻度が高い病気です。子供の患者さんの場合、2歳未満に発症するケースがほとんど。症状は重篤で、成長できないまま亡くなってしまう事例が少なくありません。

遺伝子が原因で起きるミトコンドリア病

新しい遺伝子解析方法を提案

10の原因遺伝子を世界で初めて確定 

 

最も発生頻度が高い先天性代謝疾患・ミトコンドリア病とは

順天堂大学大学院医学研究科の難治性疾患診断・治療学教授の岡﨑康司先生は他大学や学外の医療機関との共同研究を通じて、長くミトコンドリア病の研究に取り組んできました。

「国内の年間出生数を約100万人とすると、毎年約200人のミトコンドリア病の赤ちゃんが誕生していることになります。私たちは他大学や医療機関と協力しつつ、年間100人ぐらいの患者さんの遺伝子検査をしています。つまり、毎年発症する全国のミトコンドリア病患者さんの約半数に関わっていることになります」

ミトコンドリアは体内でエネルギーを生み出す機能があり、その働きが低下すると、てんかん・心筋症・運動障害など、さまざまな症状が現れます。病気の原因は遺伝子の異常によりますが、岡﨑先生の研究でも原因遺伝子を確定できた患者さんはおよそ3分の1。そして、原因遺伝子の候補があるものの確定できない人が3分の1。残る3分の1は候補すら上がっていない状況でした。このような患者さんの候補遺伝子を臨床診断や機能解析により確定させ、治療へと結びつけることが医療の現場で求められており、そのための研究が今回の科研費の対象となりました。

 

3つの解析方法を合わせたチャレンジングなアプローチ

遺伝性難病の原因遺伝子を確定するためには、標的となる遺伝子の詳細な解析が必要です。そのため従来の研究では、「全エクソーム解析」と呼ばれる手法が用いられてきました。「全エクソーム解析」とは、ヒトゲノムのうち、たんぱく質をコードする領域を解析するもの。岡﨑先生の研究でも、「全エクソーム解析」を行うことで、原因遺伝子を確定できた患者さんの割合を42%まで高めることができました。さらに診断率を高めるため、岡﨑先生は遺伝子をコードするエクソン領域だけではない「全ゲノム解析」を実施。同時に「RNAシーケンス」「プロテオーム解析」という3つの解析を合わせて行うチャレンジングな方法を提案しました。

「私たちが行っているのは、遺伝子の全てのセット(全ゲノム)、RNAの全てのセット(トランスクリプトーム)、たんぱく質の全てのセット(プロテオーム)を合わせた研究です。いろいろな疾患領域でこうしたアプローチは試みられていますが、ミトコンドリア病領域では初めて。そもそも全エクソーム解析を日本で初めて採り入れたのも我々の研究グループですし、非常に得意とする分野なのです。このように新たなアプローチで疾病原因を解明すること自体が、とてもチャレンジングな試みといえます」

190618-58.jpg

新築されたばかりの研究棟の共通解析室で、岡﨑先生の研究チームが実験を進行中。

 

研究センターと大学病院が隣接。先進の検査・実験機器で研究を推進

研究の過程でよく使われるのが、遺伝子の塩基配列を高速で読み取る「次世代シーケンサー」と呼ばれる機器。また、異常と思われる細胞に正常な遺伝子を導入し、エネルギー産生能力が戻るかどうかを確かめるためのレスキュー実験もしばしば実施されます。さらにDNAの鎖を切断し、遺伝子配列を自由に切除したり、置換したり、挿入する遺伝子改変技術も駆使。技術開発により生まれた新たな実験方法を組み合わせ、ミトコンドリア病の細胞の病態解明に迫ります。

「順天堂大学には難病の診断と治療研究センターがあり、私はそこのセンター長も務めています。学内には一連の実験を行う設備が整っており、隣接する順天堂医院では臨床がしっかりしており臨床試験や、治験も活発に行われています。また、コンピュータ解析も非常に重要な工程ですが、学内に最新の大型コンピュータ機器が揃っており、連携もスムーズです。研究室の大学院生にも、一連の遺伝子検査やその後の解析、細胞の培養実験やレスキュー実験などに参加してもらっています」

 

10を超える原因遺伝子を世界で初めて同定。新薬の開発を目指し、医師主導型治験へ

これまで岡﨑先生の研究チームは10を超えるミトコンドリア病の原因遺伝子を世界で初めて同定。これらの研究成果をもとに、新薬の治験が始まっています。

一般的に、新薬の開発には膨大なコストがかかります。そのため、患者さんの絶対数が少なく、新薬をつくっても開発コストの回収が見込めない難病の薬は、製薬会社などによる治験がなかなか行われない傾向があります。そんな場合に行われるのが、医師主導型の治験。順天堂医院でも新薬の開発を目指した医師主導型治験が進められています。

「それもこれも困っておられる患者さんのため。私たち医師は患者さんと直接顔を合わせ、病気の深刻さやご家族の苦悩に触れています。そんな姿を目にすると、"1日も早く治療に結びつく研究がしたい!"と自然に考えるようになります」

図1.jpg

遺伝子変異を起こした細胞に正常な遺伝子を挿入したところ、それまでつくられていなかった重要なたんぱく質が正常につくられるようになった。

 

研究の成果が病気への偏見の払拭。患者さんに寄り添う精密医療を提供

また、病気が生み出す偏見を研究成果が払拭することも。ミトコンドリアDNAは母親から子供へ遺伝(母系遺伝)することが広く知られており、生まれた子供がミトコンドリア病と判明したとたん、大変残念なことに母親が一方的に責められるケースも存在します。ところが研究を進めてみると、ミトコンドリア内で働くたんぱく質のほとんどが細胞核でつくられていることが判明。ミトコンドリア病の原因はミトコンドリアDNAだけでなく核DNAにも由来する、つまり母親だけでなく父親の遺伝子も関与することが証明され、父母の両方の遺伝子が病気に関わることがわかるようになってきました。

「難病の裏にはいろいろなストーリーがあるのです。ミトコンドリア病の原因は1,500程度あると言われています。最先端のゲノム情報を使って病態を解明し、患者さん一人ひとりの発症原因を丁寧に切り分けて、"この遺伝子異常にはこの治療を"と提案していくことが私たちの使命です」

図2.jpg

ミトコンドリアは全身の細胞の中にあり、その内部にミトコンドリアDNAを持っている。ただし、ミトコンドリア病の原因遺伝子はむしろ核遺伝子の方に多く存在する。

 


高校生へのメッセージ「暗記ではなく、つねに「なぜか?」を考える。」

若い間は何事にも興味と疑問を持つことが大切です。ただ暗記するのではなく、「どうしてそうなるのか?」をつねに考え、理解できるまで勉強すること。医療の世界には疾患ごとのガイドラインが設けられていますが、単にガイドラインを暗記するのではなく、「このガイドラインは本当に正しいのか?」と疑問を持つぐらいの探究心が必要です。むしろ、「ガイドラインを変えるぐらいの臨床研究がしたい!」と考える方をお待ちしています。


岡﨑 康司 教授
1986年、岡山大学医学部卒業。大阪大学大学院医学研究科博士課程修了後、理化学研究所へ。2003年、埼玉医科大学教授。2008年、同大学ゲノム医学研究センター所長。2016年、理化学研究所ライフサイエンス技術基盤研究センター ゲノムネットワーク解析支援施設長兼任。2017年、順天堂大学大学院医学研究科教授。同大学難病の診断と治療研究センター長。2019年、理化学研究所応用ゲノム解析技術研究チーム チームリーダー兼任。