インタビュー

2021年05月24日

患者さんの命と足を守るために血管再生治療を実現

足の血管が閉塞することで起こる下肢虚血では、虚血におちいった組織は壊死し、足を切断することにもなりかねません。現時点では有効な治療法のない虚血性疾患を治療すべく、長年にわたって血管再生研究に取り組む形成外科の田中里佳先生は、血管に分化する幹細胞を使った血管再生細胞治療を開発。さらに研究を進める中でReMa細胞という新しい細胞を発見するなど、新たな治療法・薬の開発に向けて多方面でのチャレンジを続けています。この研究は心筋梗塞や脳梗塞などの虚血性疾患に対する治療の可能性を広げるものとして期待されており、科学技術振興機構(JST)の「創発的研究支援事業」に採択されています。


足の切断にもなりかねない虚血性疾患

私たちヒトの体の中で最大の臓器は血管です。その長さは地球2周半にも相当する約10km。頭のてっぺんから足のつま先まで、体の隅々まで張り巡らされた血管の中を血液が通り、酸素や栄養を運ぶことで生命を維持しています。細胞や組織のひとつひとつにも血流は不可欠ですが、血行が悪くなり「虚血」という状態に陥ると、その組織の維持はおろか生命すら危ぶまれることになります。

足の血管が閉塞して血流が悪くなる「下肢虚血」は、強い痛みがあり、病気が進行して壊疽(えそ)となれば足を切断しなければなりません。足を残せば、生命に関わる敗血症のリスクがあります。私は形成外科医として足の疾患を専門に治療をしていますが、下肢虚血の進行した虚血性潰瘍により足を切断せざるをえなくなったたくさんの患者さんを診てきました。

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下肢虚血に限らず、血管の閉塞が脳で起これば脳梗塞、心臓で起これば心筋梗塞など、虚血による疾患はさまざま。その原因の多くは糖尿病や動脈硬化です。どれも生命予後に関わる重篤な疾患ですが、現状ではステントや薬を使って血管を広げるしか治療法がありません。しかも、治療対象となるのは大きな血管だけで、足の筋肉に行き渡るような微小血管を治療することは不可能です。

微少血管を対象とした細胞治療を開発

私は医学生になったばかりの頃から組織の再生と再建に興味があり、失われた機能や組織を外科的に再建する形成外科の道を選びました。また、医学部5年生のときに「再生医療という新しい技術を用いて患者さんの失われた機能を取り戻す治療ができないだろうか」と考え、大学院で再生医療の研究をスタート。以来、形成外科医として多くの患者さんの治療にあたりつつ、血管再生治療の研究に取り組んできました。

研究のブレークスルーとなったのは、血管幹細胞を体外で増やす培養方法を確立したことでした。血管再生治療については、血管に分化する能力を持つ幹細胞(末梢血CD34陽性細胞など)を移植する治療法が開発されていて、閉塞性動脈硬化症などで一定の治療効果が検証されています。しかし、これらの細胞は骨髄や血液中にごくわずかしか存在していないため、大量の骨髄や血液を採取する必要があり、患者さんにとって侵襲性の高い治療法です。また、採取した細胞の機能が体外では低下してしまうという問題もあります。

これらの問題を解消するために開発したのが、少量の血液から高い血管再生能力を有する細胞群を短期間で大量に増やす「無血清生体外培養増幅法(Quality and Quantity Culture: QQ)」という培養方法です。患者さんから採取した200mlの血液から末梢血単核球(MNC)を取り出し、約1週間培養するという極めて簡便な方法で、入院不要、低コストであるというメリットがあります。この方法で得られた「MNC-QQ細胞」を患部周辺に注射して移植すると、血管再生により血行が良くなり、症状が改善することも確認されました。このMNC-QQ細胞を用いた血管再生細胞治療は2015年から臨床研究がスタートし、今後細胞の改良を重ね治験に進む予定です。

未知の「ReMa細胞」を発見

MNC-QQ細胞を使った細胞治療の次の段階では、血管再生の創薬に向けた研究を始めました。直接患部に注入する血管再生治療は心臓や脳では難しく、すでに行われているiPS細胞由来の心筋細胞を使った心筋梗塞への細胞治療でも開胸手術が必要となるなど、かなり侵襲性の高い治療です。そこで、直接患部に注入するのではなく、血液中に投与することで患部の血管を再生させられないだろうかと考えました。

その手法として、現在までの研究プロセスにおいて世界で初めて発見したのが「ReMa細胞」という未知の細胞です。採取した血液の中に微量しか存在しないReMa細胞は、体内での働きなどはまだ不明なものの、血管再生にとって重要な役割を果たしている細胞であるとわかりました。また、ReMa細胞は免疫細胞のひとつであるマクロファージである可能性があります。

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世界で初めて、未知の「ReMa細胞」を発見

新たな治療法、薬の実現に向けて

私たちはReMa細胞を体外で増やす技術を開発することにまずは取り組みます。

次のステップでは、カテーテルや点滴で血液中に投与したReMa細胞が自ら遊走して虚血組織に辿り着き、その場所で血管を再生させることに取り組みます。この治療法が可能になれば患部注入が難しい、全身あらゆる場所での虚血性疾患の治療が可能になるはずです。

さらにその先には、血液中に微量しか存在しないReMa細胞を体内で増やす薬の開発を見据えています。そのためにはReMa細胞の組織学的特性の解明など、超えるべきハードルが多数存在していますから、数年単位で実現できるほど簡単なことではないでしょう。しかし、高い効果を示すReMa細胞による低侵襲かつ安全な血管再生治療薬が実現すれば、高齢化にともなって動脈硬化関連疾患が増える一方の日本の医療にとって多大な貢献となると思います。

 


実用化のためにベンチャー企業を設立

これまでは臨床と研究という両輪で虚血性疾患の克服に向けた研究を続けてきましたが、2019年に(株)リィエイルという順天堂発ベンチャー企業を設立して、ビジネスという視点も加わりました。これまでの研究成果を現実の治療として実際の患者さんたちに届けられるように、実用化を加速させるための新たなチャレンジです。

ベンチャーを立ち上げ、実業家として目線で改めて研究内容を見てみると、たくさんの反省点に気づきます。例えば、市場分析の大切さやコスト意識の欠如など、ビジネスであれば当然の視点が欠けていました。どんなに素晴らしい研究成果であっても、コストがかかりすぎて収益につながらなければ事業を継続することができず、結果として患者さんに還元することにもなりません。

長い先を見据えて、いずれたくさんの患者さんたちを救うことになる基礎研究はとても大切ですし、それには膨大なコストも時間もかかって当然です。いずれの場合も「患者さんを救う」というゴールには変わりありませんが、目の前の患者さんを一刻も早く救いたいと思うのなら、実用化のことを考えて研究開発をするべきだと私は判断しました。

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研究成果を現実の治療として実際の患者さんたちに届けられるように実用化を加速

「患者さんを救いたい」という思いがすべての原動力

最近では、研究者、臨床医、事業家という3つの顔を次々と切り替えつつ、常に頭の中はフル回転という状態。お風呂の中ではビジネス関連の本を読み、眠っているときも研究や事業の夢を見るほどです。

それほどまでに私を突き動かしているのは、診察室での患者さんたちの悲痛な声です。命を守るために足を切断するしかないと伝えると、患者さんとご家族は「足を切断したくない。どうにかして治療してほしい」と涙ながらに訴えます。しかし、私は「今は治すことができません」と答えるしかない。そんなやりとりを繰り返し、患者さんを救う方法があればという思いがどんどん強くなってきたのです。同じような悔しい思いを、毎日のように心筋梗塞や脳梗塞の患者さんたちを診ている医師たちも抱いているはずです。

ありがたいことに、順天堂大学は基礎と臨床の距離が近く、再生医療研究に関してもさまざまな診療科の医師たちと協力して研究を進めやすい環境です。加えて、研究活動を支援するURAの存在など、大学全体で研究を後押しする体制に支えられています。私自身も「明日は今日より良くなる」と信じて、ひとつひとつ課題を解決しつつ、着実に成果をあげていきたいと思います。

 

田中 里佳(たなか・りか)
順天堂大学大学院医学研究科再生医学 担当教授


2002年、東海大学医学部卒業。同大学医学部形成外科を経て、2006年から米国ニューヨーク大学形成外科学教室に留学。2007年、東海大学大学院にて博士号取得(医学)。東海大学医学部外科系形成外科助教、医局長、順天堂大学医学部形成外科学講座助教、准教授を経て、2020年より現職。順天堂医院足の疾患センター長、難病の診断と治療研究センター難治性疾患・再生医療実用化研究室長も務める。臨床の専門分野は、創傷治癒(難治性潰瘍)、再生医療、フットケア、レーザー治療(母斑、美容)、瘢痕ケロイド、創傷外科、美容外科など。研究の専門分野は血管再生、血管幹細胞生物学、創傷治癒、応用研究、細胞治療など