インタビュー

2021年05月14日

スポーツと医学による新たな予防医学の形。 順天堂発の学問領域「スポートロジー」とは?

順天堂大学から生まれた新しい学問領域「スポートロジー」。単なる"スポーツ医科学"ではなく、スポーツや身体活動をキーワードとして関連するさまざまな専門分野の深化と統合を目指す新たな学問領域です。2007年に設立されたスポートロジーセンターでは、スポーツと疾病や健康の関わりについて、さまざまな角度からエビデンス構築が進んでいます。研究に取り組む田村好史先生に、スポートロジーとはなにか、今どんな研究が進められているのかについて聞きました。

病気になる前の人々の健康にアプローチ

スポートロジーは、医学部とスポーツ健康科学部を持つ順天堂大学が、その強みを融合させて生み出した新しい学問体系です。
私たちが現在取り組んでいる研究をひと言でいうと「スポーツ・運動を中心にした予防医学」。具体的には、生活習慣病や介護の予防法の開発、つまりは健康寿命の延伸を目指して、身体活動をキーワードに、広く一般の方の健康に貢献するさまざまな研究を推進しています。

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医学の究極の目標の一つは、病気を予防すること、だと思っています。スポートロジーセンターは、医学とスポーツ健康科学の豊富な知見を持つ順天堂として、病気になる前の段階で人々の健康にアプローチし、病気を未然に防ぐような研究をするべきではないか、という考え方に基づいて設立されました。生まれてから死ぬまでのさまざまなフェーズで、病気を予防するために何ができるのか、についても研究を推進しています。


メタボ、脳機能障害、ロコモの予防が研究の柱

今、健康寿命を縮める大きな要因は、男性が脳卒中、女性では認知症と転倒・骨折です。スポートロジーセンターでは、これらの病気と深く関わる「メタボリックシンドローム予防」「脳機能障害予防」「ロコモティブシンドローム予防」の3つの視点で研究を推進しています。
病気には、予防しやすいものとそうではないものがあります。「メタボ健診」でおなじみのメタボリックシンドロームは、食事や運動によって予防できるものの一つです。
メタボリックシンドロームは、内臓脂肪型肥満に高血圧、高血糖、脂質代謝異常などが重なっている状態を指します。この状態になると、さまざまな病気のリスクが高まります。たとえば、メタボリックシンドロームの人は、そうでない人に比べて糖尿病や脳卒中のリスクが2~3倍高いことが分かっています。さらに、糖尿病の人は、認知症を発症するリスクが2倍になるといわれています。つまり、メタボリックシンドロームを予防することは、糖尿病の予防、さらに脳機能障害の予防にも繋がると言えるのです。そこでセンターでは、糖尿病、動脈硬化症、脳卒中、認知症などを扱う診療科が中心になり、メタボリックシンドロームのより良い予防法の開発に取り組んでいます。

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一方、ロコモティブシンドロームは、筋肉、関節、骨など運動器の機能が低下し、立ったり歩いたりすることに支障が出る状態をいいます。多くの高齢者に見られ、進行すると要介護になるリスクが高まります。
私は日ごろ糖尿病の患者さんを診察しているのですが、実は、患者さんから受ける相談で多いのが、糖尿病のこと以上に膝や腰の痛みに関するもの。それほど多くの人が抱えているロコモティブシンドロームの問題ですが、さらなる予防のためのエビデンスの構築が求められています。この問題を解決しようと、整形外科の石島旨章教授を中心に、膝の軟骨の老化などによって痛みが生じる変形性膝関節症の発症の予兆をとらえ、予防に繋げるための研究が行われています。

地域の高齢者やスポーツクラブとの研究も

健康寿命の延伸を目指した研究として、2015年に文京区の高齢者を対象にした「文京ヘルススタディー」を始めました。これは、端的にいうと「運動やスポーツあるいは適切な食事などで健康寿命が伸ばせるのか?」という疑問を解き明かす研究です。
対象になっている高齢者1,629人には、脳のMRI、糖負荷試験、体力や認知機能のテスト、さらに遺伝子解析など、さまざまな検査を受けてもらい、10年間の追跡調査を行っていく予定です。そのデータから、健康寿命を縮める脳卒中、認知症、転倒による骨折などに、筋肉の質と量がどのように関係しているのかを明らかにしていきます。

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また、2020年11月には、国内最大規模のフィットネスクラブであるカーブスとの共同研究講座「健康寿命学講座」を開設しました。この講座では、カーブスの会員を対象にさまざまな調査を行い、リアルワールドで健康寿命を伸ばす方法論の確立を目指しています。現在までに、どれくらいの運動をすれば健康になれる、などのエビデンスが集まっていますが、それをどのようにリアルワールドで実現するかが喫緊の課題になっています。例えば、フィットネスクラブに通っている高齢者が、運動でどの程度健康になっているのかは、まだほとんど検証されていません。この研究を通じて「より健康に楽しく高齢期を過ごすためには、こんな運動が効果的ですよ」というエビデンスを世界で初めて社会に提供できるのではないかと期待しています。

また、医療機関とスポーツクラブやフィットネスクラブは、これまで必ずしもうまく連携できていたとは言えません。街のスポーツクラブは、一般の方にとって身近で利用しやすい運動のインフラです。私たちの研究などで得られた有効性や安全性のエビデンスに基づいて、医療機関と民間のサービスの連携が進めば、介護予防にも繋がるのではないかと考えています。このようなモデルは、高齢化が世界で最も進んでいる我が国が率先して確立し、世界に示していくことが必要になると考えています。

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また、アジア諸国は、欧米に比べて「肥満ではないのにメタボリックシンドロームや糖尿病を発症する人」が多く、その原因や病態を明らかにする研究を進めている他、痩せた女性を対象にした研究にも取り組んでいます。日本人の女性は、先進国の中で最も痩せの傾向が進んでいて、若年女性ではその率は20%にも上ります。一般的には「肥満より痩せている方が健康的」というイメージが強いと思うのですが、実は、痩せにはさまざまな病気のリスクがあることが分かっています。例えば、痩せた人では糖尿病の発症リスクが高く、私たちの研究によって、標準体重の女性に比べて、痩せた若い女性は「糖尿病予備軍」といえる耐糖能異常の割合が約7倍も高いことが明らかになっています。


社会の流れを変えるエビデンスの構築

大学や研究機関の役割は、社会の流れを変えるエビデンスを出していくことにあります。あくまでも仮定の話ですが、たとえば私たちの研究によって「認知症になりやすい遺伝素因を持っていても、若い頃から運動を継続的に続けてきた人は発症しにくい」というエビデンスが得られたとしたら、健康寿命を延ばすためには、高齢期になるずっと前の子どものころからアプローチする必要ある、と言えるかもしれません。つまりは、認知症予防や健康寿命の延伸を効果的に進めるには、子供の教育の課題でもある、という新たな認識がもたらされる可能性があります。
そうした社会全体を巻き込むような流れは、エビデンスという強い「証拠」がなければ、打ち上げ花火のように一過性の流行で終わってしまいます。みなさんの健康寿命の延伸に繋がる永続的な動きが生まれるよう、メタボリックシンドローム、脳機能障害、ロコモティブシンドロームの3つを包括的に予防する研究をさらに進め、確かなエビデンスを確立していきたいと考えています。

スポートロジーセンターホームページ
https://research-center.juntendo.ac.jp/sportology/

田村好史(たむら・よしふみ)
順天堂大学 国際教養学部国際教養学科
グローバルヘルスサービス領域 教授
大学院医学研究科 代謝内分泌内科学・スポーツ医学・スポートロジー 先任准教授


1997年、順天堂大学医学部医学科卒業。2000年、カナダ・トロント大学生理学教室に研究生として留学。2005年、順天堂大学大学院医学研究科修了。順天堂大学医学部内科学 代謝内分泌学講座准教授、国際教養学部先任准教授を経て、2017年より国際教養学部教授。2020年より大学院スポーツ医学・スポートロジー 先任准教授(併任)、2021年より大学院ジェロントロジー研究センター 教授(併任)。2016年~2018年までスポーツ庁参与も務めた。