インタビュー

2019年10月10日

骨肉腫に侵された若い命を救いたい! がんゲノム医療による新たな治療法の確立へ

国内で発症する骨肉腫(骨に発生するがん)の患者数は、年間200~300人。症例の少ない希少がんですが、小児及び思春期から30代までのAYA(Adolescent and Youngadult)世代、そして最近では高齢者の発症が多く報告されています。

小児・AYA世代に多く発症する骨肉腫

治療法が30年間進歩しない現状

がんゲノム医療による新規治療法を発見 

 

希少がんゆえに「30年間治療法の進歩がない」という現実

患者数が少ないため、なかなか治療法の研究が進まず、昔は発症すると手や足を切断する治療が行われ、5年生存率はわずか20%。今から30年前に抗がん剤が登場し、手術と薬物療法を組み合わせることで5年生存率(初診時に転移が認められない場合)は約70%まで上がりましたが、その後の30年間というもの治療法に進歩が見られませんでした。

順天堂大学医学部整形外科学講座准教授の末原義之先生が骨肉腫に関わり始めたきっかけは、自身も学生時代にスポーツに打ち込み、整形外科で骨や筋肉を治療の対象にする機会が多かったため。研究だけでなく手術を執刀することも多く、目の前で病に苦しむ患者さんのために新しい治療法を開発したい、という思いが研究の原動力でした。

 

遺伝子変異から治療法を選択する「バスケット・スタディ」

がんは遺伝子の変異などが原因で発症する疾患です。そのため最近では、一人ひとりの患者さんの遺伝子情報に基づいて治療を行う「がんゲノム医療」が盛んになりつつあります。ここでポイントとなるのが、3~4年前から米国で広まりつつあるがん治療法選択の新しい考え方「バスケット・スタディ」です。近年、がんゲノム医療が進むにつれ、遺伝子異常を標的にした薬剤が数多く開発されてきました。その結果、例えば肺がんなら肺がんの薬に、胃がんなら胃がんの薬に遺伝子の変異を抑えるものが数多く登場しています。ところが骨肉腫の場合、前述したとおり30年間新しい薬が全く開発されていません。それならば、がんの種類にこだわらず、個々の患者さんの遺伝子変異を整理して、似た変異に対応する薬を骨肉腫の患者さんにも投与すればよいのではないか――末原先生はそう考えました。

 

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「バスケット・スタディ」の概念図。患者さん一人ひとりの遺伝子変異を調べ、がんの種類に関係なく、遺伝子変異から治療法を考えるもの。(MSKCCのHPより)

 

「ところが、骨肉腫は遺伝子変異が少ないがんなのです。そのため2~3年前には、遺伝子変異を標的にする治療は難しいという報告もありました。しかし、私たちは患者さんを助けなければなりません。他のがんに比べたら、遺伝子変異を見つけるのは難しいかもしれませんが、正しい検体・正しい検査方法・正しい解析を進めれば、必ず骨肉腫にも治療法が見つかるはず。そう考えて、米国へ2度目の留学をし、懸命に研究を進めました」

 

遺伝子パネル検査により約40%の患者さんが治療可能に

がんゲノム医療を進めるためには、多数の遺伝子を一気に調べる「がん遺伝子パネル検査」が必要です。留学先である米国Memorial Sloan Kettering Cancer CenterMSKがんセンター)には「MSK-IMPACT」というがん関連遺伝子の検査ができる機器があり、これを使って末原先生は骨肉腫の患者さんの71の手術検体を解析。468個のがん関連遺伝子の遺伝子変化を調べました。すると、がん関連遺伝子PDGFRAKITKDRVEGFAの遺伝子増幅、CDK4MDM2の遺伝子増幅などを検知することができました。

「実はがん遺伝子は、1つの遺伝子に原因があれば、他の遺伝子はがん発症にあまり関与しないといわれています。こうした遺伝子同士の関係性をひもといていくと、これらが骨肉腫の原因になり得る遺伝子だとわかりました」

この解析の結果、治療可能な遺伝子変異を約21%同定。さらにマウス実験や細胞実験を重ね、他のがんの薬が約40%の患者さんに有効な可能性が示されました。

「同じ頃、海外では遺伝子増幅とは関係なく、骨肉腫の患者さんに他のがんの治療薬(末原先生が発見している遺伝子変化を阻害する)を投与する治験が行われていました。その結果、やはり約40%の患者さんに効果が現れ、私たちの解析結果とぴったり一致したのです。私が研究で見い出したがん関連遺伝子には、それぞれを標的とする複数の治療薬が存在します。今後はいくつかの問題点をクリアにし、臨床試験も経て、新たな治療法を確立したいと考えています」

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MSK-IMPACT」を用いた高悪性骨肉腫のがん関連遺伝子の解析結果。遺伝子変化の結果を色付きで示している。ここから治療の標的となるがん関連遺伝子を絞り込んでいく。(Suehara Y et al. Clinical Cancer Research 2019)

 

チャレンジングな研究を実現する順天堂の風土

「今後は基礎研究と臨床の両輪で研究を進めていく」と力強く語る末原先生ですが、その研究体制を支えているのは順天堂大学の恵まれた環境だといいます。

「順天堂は学内全体の風通しがよく、各診療科の協力体制もスムーズ。だからチャレンジングな研究が進めやすいのです。例えば、前述のMSK-IMPACT検査は、私が1度目の米国留学で日本へ持ち帰ったものです。当時はどんな検査機器なのか知られていませんでしたが、順天堂の関連分野の先生方が私の話に耳を傾けてくださり、日本で初めて導入することができました。チャレンジできる風土がよい研究を生み、科研費をたくさん獲得して、さらに研究が進む。いい循環が生まれていると感じます」

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新築されたばかりの研究棟にて。基礎研究と臨床現場が密接につながり合うトランスレーショナルリサーチが進む。 

 

がんゲノム医療で起きる奇跡は5%。1人でも多くの命を救いたい!

最近では、軟部肉腫の治療法でも医学の進歩を示すエピソードを耳にするようになりました。それは2016年、末原先生が2度目の米国留学に発つ前のこと。腕に肉腫ができた6歳の女の子が順天堂医院を訪れました。腕にはできる限り残しておきたい血管や神経などがあるため、切除できる範囲で切除手術を行ったのですが、その後再発。そこで末原先生はMSK-IMPACT検査を使ってバスケット・スタディを実施し、NTRKという融合遺伝子を日本で初めて発見しました。すでに存在するNTRK融合遺伝子に効果のある抗がん剤が有効だと留学先で教えられ、女の子に投与したところ、がんが完全に消えたのです。

「その女の子は腕を切断せずにすみ、1年たった今も元気です。このときはご本人やご家族からずいぶん感謝され、私も医師・研究者としてのやりがいを感じました。こんな奇跡のような話は全体の5%程度ですが、がんゲノム医療では実際に起きる可能性があります。わずか5%でも、患者さんが20人いれば1人は救うことができる。そう考えると研究意欲が湧きますし、1人でも多くの患者さんを救うためにも新たな治療法の確立を目指しています」

  


高校生へのメッセージ「患者さんの治療に役立つ研究を!」

世の中には、患者さんを直接診療する医師にしか思いつけない研究があります。実際に患者さんを目の前にすると、「どうしても助けたい!」という気持ちが起きますし、同じ研究でも「患者さんの治療に役立つ研究」という発想につながります。順天堂大学は医学部をはじめ、スポーツ・看護・医療系のさまざまな学部がある「健康総合大学」。患者さんと接する機会が多く用意されていますので、「研究がしたい!」という気持ちが高まるはずです。

末原 義之 准教授
2000年、順天堂大学医学部卒業。順天堂医院にて研修医。2002年、栃木県立がんセンター骨軟部腫瘍科。2004年、国立がん研究センターにて研修。順天堂大学大学院入学。2007年、医学博士の学位取得。2006年、国立がん研究センター中央病院整形外科にてがん専門修練医。2008年、順天堂大学医学部整形外科学講座助教。2010年、米国MSKがんセンターへ1度目の留学。2014年より現職。2016年、MSKがんセンターへ2度目の留学を果たす。