インタビュー

2020年12月10日

心臓病患者さんの生活を支える遠隔心臓リハビリテーションの可能性

新型コロナウイルス感染拡大の影響もあり、遠隔医療に注目が集まっていますがリハビリテーション分野でも「遠隔リハビリテーション」の研究が進んできました。なかでも保健医療学部 理学療法学科の高橋哲也教授が挑むのは、「遠隔心臓リハビリテーション」。手足の機能回復訓練とは少し異なる心臓リハビリテーションとはどのようなものか? 遠隔医療による可能性とは? 研究の最新事情を高橋教授に伺いました。

入院前より運動機能が低下?
心臓病患者さんが退院後に必要なものとは

現在、科学研究費助成事業の支援を受け、遠隔心臓リハビリテーションが心臓病患者さんの運動機能の回復や要介護度の悪化防止にどのぐらい効果があるのかの検証に取り組んでいます。もともと私は、理学療法士として医療の現場に立ちながら、心臓リハビリテーションの研究を続けてきました。そこに遠隔医療という新たな要素を加えた新領域への挑戦となります。

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まず、背景をご説明します。医療現場では、心筋梗塞、狭心症、心不全などの心臓疾患を患う患者さんが、治療を受けた後に体力が低下したり、生活するための心身機能が低下したりしてしまうケースが報告されています。特に高齢者の方に顕著で、我々の先行研究でも約20%の患者さんで、入院前より運動機能が低下してしまうことを経験しています。高齢ということで、要介護度が手術前より悪化してしまう患者さんもいます。

理学療法は「患者さんを日常生活に戻す」「症状が再発・悪化しないようにする」治療です。もともとは自立した生活ができていた患者さんが、治療を受けて病状は良くなったにもかかわらず、その後の生活に支障をきたしてしまうというのは見過ごせない問題です。そこで必要とされてきたのが心臓治療後の運動機能回復を目的とした心臓リハビリテーションです。

患者さんの本来の生活を取り戻すための
心臓リハビリテーション

一般の方は「リハビリ」というと、手足の機能回復を目的とした機能訓練やマッサージ、温熱療法などを思い浮かべると思います。これに対し、心臓リハビリテーションでは、心筋梗塞、狭心症、心不全などの「心臓病」を患った方を対象に、運動指導から服薬指導、栄養指導、禁煙指導など包括的なアプローチを実施します。まずは治療後にいち早く身の回りの動作を安心して行えるように運動機能の回復を促し、その後、様々な生命予後関連因子を改善するといわれている有酸素運動や筋力トレーニングに取り組んでいただきます。

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保健医療学部でリハビリテーションを学ぶ学生たち

また、運動療法と同時に心臓病の再発リスクに対する教育的指導も行っています。禁煙(絶煙)は確実に行っていただかなければなりませんが、食塩は6グラム未満に抑えなければダメ、食べ過ぎはダメ、肥満はダメ、運動不足はダメ、とダメダメと言うばかりの指導でなく、どこまではOKといった具体的な数値を示した肯定的な指導を心がけています。加えて、腹囲が何センチ少なくなれば再発リスクは何%減りますよといった行動変容を促すアドバイスをしています。心臓病を持つ患者さんの多くは、生活する上での運動や活動に対しても心理的不安やストレスを抱えています。そこで心理的不安やストレスを減らしていただくように、「ここまでの運動なら安全が確認できましたよ」と運動や活動についても科学的根拠のある数値を示し、具体的な指導をしています。一般的な「リハビリ」という言葉からイメージされる機能訓練というよりは、患者さんが本来の生活を取り戻すためのトレーニングと再発・再入院予防のための疾病管理プログラムと位置づけるのが適切かもしれません。

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「患者さんの心理的不安やストレスを軽減できるように、具体的な数値を示しながらアドバイスをします」

しかし、医療保険の施設基準上の問題や心臓リハビリテーションの専門家が各病院に十分に配置されていないなどのマンパワーの問題、病院が遠方であり通院が困難など、退院後に適切な心臓リハビリテーションを受けられる患者さんは多くないのが現状です。我々の別の報告でも、心不全患者さんの数%しか心臓リハビリテーションの外来に通えていないという報告もあります。現在は特にコロナ禍ということもあり、状況の改善は難しいと考えています。そこで、この課題を解決するのが、遠隔医療と心臓リハビリテーションの融合です。退院後、不安を抱えた早い段階で、オンラインでの心臓リハビリテーションが受けられれば、心身機能の改善や、介護度悪化の予防につながるのではないかと考えています。

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研究チームとの打ち合わせの様子

遠隔医療をリハビリに取り入れることで
新たな可能性が拓かれる

順天堂大学保健医療学部では、この研究への応用も視野に入れ、「デジタルヘルス・遠隔医療研究開発講座」という共同研究講座を開設しました。これは、株式会社フィリップス・ジャパン、東邦ホールディングス株式会社、旭化成株式会社、インターリハ株式会社と連携して行うもので、最新のIT機器を使った遠隔診療システムと遠隔リハビリテーションモニタリングシステムの開発を目指しています。

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順天堂大学・フィリップス・東邦ホールディングス・旭化成・インターリハ  共同研究講座「デジタルヘルス・遠隔医療研究開発講座」を開設

具体的には、携帯型の小型デバイスで患者さんの体温や血圧、心音といったバイタルサインを定時に測定し、クラウド環境を使って情報を共有。このデータを元に、遠隔リハビリテーション機器を用いた運動の指導を行います。ただ、こうしたシステムができただけで、問題が解決するわけではありません。多くの患者さんは、すぐに孤独な環境での運動に飽きてしまうでしょう。

そこで、音楽やVR(バーチャル・リアリティ)などを使い、ゲーム要素を盛り込んだリハビリテーションのプログラムも開発する予定です。キーワードは、「安心・安全」「双方向」「簡単・楽しみ」「分かち合える環境」です。まず、医療従事者の管理監督下で行うことで、安心・安全に運動ができ、質問や指導もできる。それも簡単に楽しく運動ができる。そして、複数の医療機関と連携して、同じ病気を持った患者さん同士が同時に心臓リハビリテーションに参加し、成果が出たら誰かが褒めてくれるような環境ができれば理想的です。こうした遠隔医療の取り組みは新しい働き方を提示するものでもあり、医療現場の「はたらき方改革」にもつながる可能性があります。

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遠方の患者さんにオンラインでリハビリ指導を行う様子

生活の場面を想定したリハビリの
プログラム設計が重要

しかし、ただデジタル化をすれば、現場の問題がすぐに改善するわけではありません。日々進化するリハビリテーションの現場には、常に新たな課題があり、そこが理学療法の奥深いところでもあります。

最近は、術後できるだけ早い段階でリハビリテーションをスタートするのが大切という流れで、我々もプログラムを組むのですが、術後すぐの運動指導に患者さんがストレスを感じてしまうようなケースもあります。また、病院の椅子を用いて「立ち上がり」ができるようになって退院したものの、普段、家で使っている椅子の高さでは立ち上がれず、思ったよりもスムーズに日常生活に戻れなかった患者さんもいらっしゃいました。デジタル社会だからこそ、私たち理学療法士はもっと生活の場面を想定した丁寧なプログラム設計とフォローアップを心がける必要があります。

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自宅で使っているベッドや椅子の高さに合わせた立ち上がり訓練など、実際の生活の場面を想定したプログラム設計が求められる

現在までに取り組んできた研究の中で、術後に身体機能が回復しない患者さんの特徴や傾向が少しずつ見えてきました。やはり、糖尿病を有する方や、腎機能に問題がある方、軽度でも脳梗塞の既往のある方は、退院後に要介護度が悪化するケースが多いようです。また、入院前から、筋力の低下や歩行速度、体重の減少などを特徴とするいわゆる「フレイル(虚弱)」の状態にある患者さんが、退院後に要介護度が悪化しやすいため、フレイルにならないようにすること、フレイルをいかに克服するかということが大きな課題です。この層に特化した運動メニューや栄養価を考えた食事メニューなど、高齢者ならではのアプローチがますます必要になるでしょう。臨床で得たこうした知見を遠隔リハビリテーションの研究に盛り込んでいくつもりです。

附属6病院、3400床のスケールメリットを活用

今回の新型コロナウイルス感染拡大によって、さまざまな病院で「通院を制限している」「訪問リハビリや通所リハビリができない」という状況が続いています。今後、遠隔リハビリテーションの注目度は間違いなく高まるでしょう。順天堂大学保健医療学部理学療法学科でもwithコロナ時代のリハビリテーションを見据えた「自宅でできる運動プログラム(症状別・疾患別のプログラム)」を特設サイトで公開しています。

世界的にも「スマートハウス」や「スマートシティ」といった、インターネットとデジタル機器を駆使した社会インフラの研究が進んでいます。近い将来、鏡を見るたびに体温が測定できたり、トイレに座るだけで心電図が取れたり、ひいては用を足すだけで尿成分のデータが取得できるようになるかもしれません。高齢者でも簡単に使えるデバイスが増えれば、遠隔医療の可能性はますます高まるはずです。

順天堂医学部の6つの附属病院と連携し、3400床を超える順天堂大学のスケールメリットを活かして、遠隔心臓リハビリテーションを広く普及させるための価値ある検証データを収集したいと思っています。

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順天堂医院リハビリチームのメンバーと

高橋 哲也(たかはし・てつや)
順天堂大学保健医療学部理学療法学科 教授
国立仙台病院附属リハビリテーション学院理学療法学科卒業。(オーストラリア)カーティン大学大学院理学療法研究科修了(修士)、広島大学大学院医学系研究科保健学専攻修了(博士)。兵庫医療大学リハビリテーション学部教授、東京工科大学医療保健学部教授、順天堂大学保健医療学部開設準備室特任教授を経て、現職。現在は、保健医療学部理学療法学科の副学科長も務めている。専門は、心臓リハビリテーション、急性期理学療法、高齢者トレーニング、内部障害系理学療法など。