インタビュー

2019年11月28日

定説や先入観にとらわれず、新たな視点から難治性かゆみ研究に挑む。

2019年8月1日、順天堂大学は同浦安病院(千葉県浦安市)内に、「順天堂かゆみ研究センター(JIRC)」を開設。アトピー性皮膚炎や腎・肝疾患など、多くの人々を悩ませるかゆみの研究拠点として、注目を集めています。冨永光俊先任准教授は同センターの副センター長、そして神経グループのコアリーダー。従来の治療法が効果を発揮しない難治性かゆみの研究に携わる冨永先任准教授に、最先端のかゆみ研究についてお話を聞きました。

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難治性かゆみのメカニズムを解明し、新薬や治療法の創出へ

順天堂大学大学院環境医学研究所では「順天堂かゆみ研究センター」の設立以前から、センター長の髙森建二特任教授のもと、難治性かゆみの研究が進められてきました。

真皮の中には感覚神経線維が存在しますが、皮膚が乾燥すると神経線維が表皮の中まで侵入し、わずかな刺激でかゆみを引き起こします。こうしたメカニズムなどを解明し、最終的に新薬や治療法を開発するのが当センターの目的です。また、世の中にはエビデンスはないものの、臨床研究をおこなうと実際にかゆみを鎮める効果のあるサプリメントや保湿剤、化粧品、衣類などが存在します。私たちはこうした周辺グッズを「かゆみアメニティ」と呼び、企業との共同研究を推し進めています。

長いあいだ、「かゆみ」はあくまでも一症状であり、「疾患ではない」と考えられ、研究が非常に遅れていました。しかし、帯状疱疹の患者さんの中には骨が見えるまで掻いてしまう方もおられますし、アトピー性皮膚炎の患者さんには爪がすり減るほど掻く方もいらっしゃいます。いかに「掻く」という行為が患者さんの皮膚状態を悪化させ、QOL(生活の質)を低下させてしまうのか、ようやく国内外の医学界が認識しはじめたところです。実際、病的な「かゆみ」は勤労意欲や勉強意欲を引き下げ、大きな経済損失につながるという報告もあるほどです。

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触覚がかゆみ(痒覚)に変換される神経経路について定説とは異なる仮設を立案

私自身は髙森先生のもと、難治性かゆみの研究を進めるとともに、「アロネーシス(痒覚過敏)」の研究にも取り組んでいます。

皮膚で起きたかゆみ刺激が神経線維を伝い、脊髄神経を介して脳へと伝わったとき、人は初めて「かゆみ」を認識します。アトピー性皮膚炎の患者さんや乾燥肌の方は敏感肌であり、衣服のこすれ程度の軽微な触刺激でも「かゆみ」が生じます。つまり、触覚により「かゆみ」が起きるわけで、これを「アロネーシス」と呼んでいます。

従来の定説では、「触覚とかゆみを伝える神経経路は別のもの」とされていました。しかし、私はアロネーシスを発症している人では「何らかが原因で触覚からかゆみの神経経路に情報が伝わる神経ネットワークが生じ、かゆくなるのではないか」という仮説を立てていました。

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同じ実験でも場所次第で結果が変わる!想定外の実験結果が真実に近づく道に

一方、別のかゆみ研究を進めているなかで、私はアトピー性皮膚炎を発症したマウスの感覚神経細胞が集まる節(後根神経節)から、ある物質(仮に物質Xとします)を発見しました。発症していないマウスに比べると、後根神経節において物質Xの発現量は約4倍に上昇していました。私は「物質Xはかゆみ刺激が起きたとき、感覚神経から脊髄に向かって放出される神経伝達物質のひとつではないか」と考えました。

この仮説を立証するため、正常なマウスの脊髄に物質Xを投与し、掻き行動を起こすかどうかを調べました。実験場所は2か所。私が普段勤務する環境医学研究所と、順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科長の内藤久士先生のご厚意によりお借りしているさくらキャンパスにあるスポーツ健康科学部の研究施設です。すると不思議なことに、さくらキャンパスでの実験のみ、マウスが掻き行動を示しました。

疑問に思った私は、双方の実験環境を調べ直しました。すると、環境医学研究所の天井にはない給気口がさくらキャンパスの施設にはあり、直下に立つとロウソクの火が揺れる程度の微風を感じたのです。1.0 m/sec程度の「わずかな風」ですが、その刺激でマウスの毛が揺れ、触刺激となりかゆみが誘発されたのではないか、その誘発に物質Xが関わっているのではないか。そう考えた私は当初のアロネーシスに関する仮説を立証するために、現在熱帯魚飼育用の冷却ファンを用意し、同程度の風を起こして実験を繰り返しているところです。

ある先生にこのお話をすると、「漢方医学では、"風"という字はかゆみを意味する」と教えていただきました。風が吹いても触覚は刺激されるわけで、非常に興味深い現象です。

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海外留学で習得した実験技術が生涯の財産になる

また神経グループでは、「in vivo細胞外記録法」という電気生理学的イメージング法を用いた研究も進めています。これは麻酔下で生きたままのマウスの脊髄神経細胞の興奮を記録する方法で、かゆみ物質を足底の皮内に注入し、感覚神経からのかゆみ情報を受けた脊髄後角神経の興奮を微小電極で記録するものです。国内外でこの実験手法ができる研究者は少なく、2011年に米国・カリフォルニア大学デービス校に1年間留学したことで、in vivo細胞外記録法の実験技術を習得することができました。帰国後も研究に活用しています。

カリフォルニア大学デービス校は獣医学研究の世界的なメッカです。ここに留学できたのも髙森先生に、体性感覚分野の基礎研究者として世界的に有名なEarl Carstens教授を紹介して頂いたからです。1年間と短期間ではありましたが、Carstens教授のもと最先端のかゆみ研究に携わることができました。多国籍の研究者が集まるラボの環境は私自身の研究力を向上させるとても良い刺激になりました。若い研究者、またこれから研究者を目指す学生にはぜひ留学をお勧めしたいと思います。

 

定説に振り回されることなく、先入観のない研究を!

医学や生物学には飛び級はありません。一歩一歩地道に実験や観察を続ける以外に、目標に到達する方法はないのです。思いも寄らないデータが出たときも、そこであきらめてはいけません。失敗から学ぶことは多いですが、それも「失敗」と認識できた上でのこと。一度仮説を立ててしまうと、ついその仮説に引きずられ、仮説に合う実験結果を求めてしまいますが、それでは真実を見失います。むしろ予想どおりに進まない方が面白い研究になり、真実により近づけるのではないかと思います。

研究者の喜びとは、身近なところに謎を見つけて、それを明らかにしていくこと。ただただ、それに尽きます。明らかにしたら英語論文にまとめて発表すれば、自分自身がこの世からいなくなってもその論文は永遠に残ります。最近では「研究者は生計が不安定」と敬遠する学生が増えていると聞きますが、一度研究者をあきらめて就職した人が「研究したい」という気持ちが強くなり、再び大学に戻ってくるという話も耳にします。研究によって「新発見を見出す喜び」と「生きるための経済力」を天秤にかけることは難しいですし、どちらを選ぶかはその人次第ですが、研究者を続けるためには『研究そのものを楽しむこと』が最も大切です。定説に振り回され、目の前の実験結果を信じないようでは研究生活も楽しめません。

 

恩師の導き、家族の支えが研究の糧に

私自身は医学系の大学を卒業したわけではなく、東京理科大学大学院で神経発生学に関するテーマを研究し、工学博士号を取得しました。博士課程に在籍していた当時、電子顕微鏡などによる微細構造の形態を観察するため、順天堂大学大学院医学研究科の解剖学・生体構造科学教室に通い、坂井建雄先生と市村浩一郎先生のご指導を受け、その後髙森先生をご紹介いただいたことが現職につながりました。2009年には順天堂大学大学院で医学博士号も取得しています。

ここまでの道のりを考えると、人の縁の有難みを感じずにはいられません。さらに研究生活を続けてこられたのは、家族の支えがあってこそ。私の妻の家系は代々研究者で、そのためか私の仕事にも当初から理解を示してくれました。今後も周囲の方々に感謝しつつ、先入観にとらわれない研究を続けていきたいです。

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「世界に誇る「かゆみ」の研究拠点・順天堂大学環境医学研究所」(髙森 建二 特任教授)

【環境医学研究所】かゆみと真剣勝負、かゆみの克服を目指して!

冨永 光俊
順天堂大学大学院医学研究科 環境医学研究所 先任准教授
順天堂かゆみ研究センター 副センター長・神経グループ研究コアリーダー
2000年3月 東京理科大学基礎工学部生物工学科 卒業、2005年9月 東京理科大学大学院基礎工学研究科生物工学専攻博士課程・学位:博士(工学)、2009年7月 順天堂大学大学院医学研究科・学位:博士(医学)。
2005年10月 順天堂大学大学院医学研究科環境医学研究所 博士研究員、2010年4月~2012年3月 日本学術振興会特別研究員(PD)、2011年4月 米国カリフォルニア大学デービス校(University of California, Davis)(Carstens Lab)客員研究員、2012年4月 順天堂大学大学院医学研究科環境医学研究所 助教、2014年2月 同准教授、2017年11月 同先任准教授、2019年8月 順天堂かゆみ研究センター 副センター長・神経グループコアリーダーを兼任。