インタビュー

2021年05月24日

先進的ながんゲノム医療で希少がんである肉腫の治療法を確立

骨や筋肉、脂肪組織などにできる肉腫(骨軟部腫瘍)は、日本人がかかる悪性腫瘍全体のうちに約1%に過ぎない「希少がん」です。肉腫の患者数は年間3,000人程度と極めて少なく、その希少性のために薬剤開発などが進んでいない現状があります。そのような中、肉腫の患者さんを救おうと基礎研究に注力しているのが医学部整形外科学講座の末原義之客員教授です。がんゲノムに着目したアプローチ法は薬の選択肢のない希少がんでも治療できる可能性を示唆し、JSTの「創発的研究支援事業」にも採択されるなど将来的な発展が期待されています。


希少がんである肉腫治療の難しさ

肉腫は、手足や体幹など、全身あらゆる骨や筋肉にでき、幼児、若年層から高齢者まであらゆる年代層に発症します。加えて、発生する組織ごとの組織分類が多様で、ユーイング肉腫や骨肉腫、軟骨肉腫など、その組織型は100以上にものぼり、それらの組織ごとに特異的な「融合遺伝子(複数の染色体が異常につながった遺伝子)」が存在するという複雑さのある病気です。

このような希少性ゆえに臨床研究が極めて難しく、収益性が見込めないために民間での創薬研究も進んでいません。手術の補助化学療法で使われる抗がん薬は約30年前から変化がなく、ほかのがん種では効果を示している分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬も効果が出ていないのです。

私は整形外科医として、約20年間にわたって肉腫の治療にあたってきました。患者さんの中には小さな子どもたちもいましたし、命を落とすこともあります。しかし、医学の進歩に対して、この病気の治療法はあまりに進んでいない。そんなもどかしさを抱えながらも、患者さんを救う方法を見つけ出したいという思いから研究の道に進み、臨床と研究を両輪とする"フィジシャンサイエンティスト"として歩んできました。

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遺伝子変異を解析して有効な薬を探索する

治療法が確立されていない希少がんでは、薬剤開発につながるシーズを探し出すような、創発的な研究体制が不可欠です。順天堂大学にはすでにそのシーズが多数あり、いくつかはすでに芽吹きはじめています。

そのひとつとして取り組んでいるのが、「がんクリニカルシーケンス(がんCS)」です。がんCSとは、個々の患者さんのがんゲノム情報を次世代シーケンサーによって網羅的に解析し、そこで見つかった遺伝子変異に対して使える薬を探索するという方法で、アメリカでは56年前から医療現場で広まりつつあります。がん種をターゲットとした従来のやり方とは異なり、遺伝子変異に対して有効な薬を探すので、既存薬の中から希少がんにも有効なものを見つけることが期待できます。

日本では、2019年から「がん遺伝子パネル検査」という名称でがんクリニカルシーケンスの検査を一部保険診療で実施していますが、順天堂大学では2016年から先進的にがんCSに取り組んできました。私が留学していた米国のMemorial Sloan Kettering Cancer CenterMSKがんセンター)が開発した「MSK-IMPACT」というがん遺伝子検査を自ら導入し、日本で初めて本格的ながんゲノム医療をスタートしています。

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6歳の女の子の腕を守った「MSK-IMPACT

先進的なMSK-IMPACTの導入は、6歳の女の子を救うことにつながりました。その女の子はひじに大きな軟部肉腫があり、腫瘍部分を切除する手術を受けていました。しかし、腫瘍は神経や血管まで取り囲むようにできていたため、手を動かす機能を残しつつすべてを取り切ることは困難で、しばらくして再発してしまいました。再度手術するという選択肢もありましたが、最悪の場合には手の切断もありえます。

そこで、MSK-IMPACT検査でバスケットトライアル(がんのある組織ではなく遺伝子変異の種類で治療法を選択する臨床試験)を行った結果、日本で初めてNTRK融合遺伝子を発見。NTRK融合遺伝子は肺がんや大腸がんなどのメジャーながんのほか、唾液腺分泌がんなどの希少がん、小児がんでも見られる近年注目の遺伝子変異です。この遺伝子変異に対してはNTRK阻害薬のラロトレクチニブが奏効することがわかっていましたから、この薬の内服を12回、3カ月間続けたところ、手術の必要がなくなるほど腫瘍がきれいに消えてしまいました。

このように実際の症例で効果を示し、がん種にこだわらないがん個別化治療薬として世界各国で承認されているラロトレクチニブではありますが、まだ日本では承認されていません(20213月に承認申請済み)。効く薬があったとしても未承認では使えませんから、希少がん治療を進めるうえで早急に取り組まなければいけない課題の1つです。

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TK融合遺伝子を見つけ出すRNAシーケンス

6歳の女の子は幸運にも発がん因子(Driver-oncogene )であるNTRK融合遺伝子を見つけることができました。しかし、マッチする薬につながる、肉腫については明らかに発がん因子だといえる遺伝変異が見つかる確率がかなり低いといわざるをえません。また、組織型特異的融合遺伝子には発がん因子となる遺伝子変異が少ないことがわかっていました。

そこで、治療ターゲットになりにくい組織型融合遺伝子ではなく、より可能性が高いと思われるTK(チロシンキナーゼ)融合遺伝子に着目して研究を進めていきました。TK融合遺伝子は全がん種横断的に比較的高く同定されており、チロシンキナーゼ阻害薬も多数開発されていることから、治療ターゲットとして大いに期待できます。当然肉腫の治療ターゲットとしても期待が高まりましたが、肉腫をMSK-IMPACTで解析しても2017年当時では2%程度しか同定できていませんでした。私はこの結果には検査精度の問題があると考えました。

まずは肉腫のがん組織から、発がん因子となるTK融合遺伝子を見つけること。その点に特化して独自に開発したのが、RNAシークエンスと全90TK遺伝子を網羅的にスクリーニングする2つのシステムを組み合わせた「Hybrid Transcriptome AnalysisHTA)」です。日本国内のがんパネル検査や旧バージョンのMSK-IMPACTで行っているDNAシーケンスに比べて、RNAシーケンスには融合遺伝子を見つけやすいというメリットがあります。HTAによる軟部肉腫71例の解析では、それまで2%程度だったTK融合遺伝子の同定率をプレリミナリーに約10%まで向上させることができました。DNAシーケンスで見落としていたいくつもの重要な融合遺伝子をRNAシーケンスでは見つけることができるのです。

ただし、RNADNAに比べて不安定で、簡便性などのうえで大きな課題がありますから、検査技術等を高めるという別の課題が生じます。それでも治療標的となるTK融合遺伝子を約10%の確率で確認できたということは大きな一歩です。

加えて、発がん因子となる遺伝子が1つあれば、ほかの遺伝子はあまり発がんに影響しない「相互排他性」にも着目。組織型特異的融合遺伝子は相互排他的な傾向があり、組織型特異的融合遺伝子に影響しない組織型にこそターゲットとなるTK融合遺伝子が多いことがわかりました。

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がんゲノムから創薬、リキッドバイオプシーへ

希少さゆえに検体を集められない肉腫は、細胞型が多様であるうえにそれぞれに遺伝子変異も異なり、予後マーカーとなるようなタンパク質を探すにしても困難です。検体を集めやすい臓器ならば1年も経たずに200程度のデータが集められるものの、肉腫でそれだけの数を集めようとすれば何十年以上はかかるでしょう。とても1つの施設、診療科でできることではありません。

幸いなことに順天堂大学は、国立がん研究センターや栃木県立がんセンター、埼玉県立がんセンター、埼玉医科大学国際医療センターなどとの多施設共同研究が活発で、診療科間の壁も低く、臨床医でもこうした研究に大変協力的だという恵まれた環境です。JURA(順天堂大学リサーチアドミニストレーター)の方々が研究を後方支援してくれていることも心強く、肉腫のような難しい病気でも新たな研究成果を出すことができています。

その中で、肉腫治療に有効なターゲットとなる遺伝子があると証明することが今の私の役割です。また、別アプローチからの探索、近年注目度の高いリキッドバイオプシーに発展する可能性を持つ研究も進行中です。肉腫は全がん患者のうちのごく一部でしかありませんが、膨大な種類の希少がんを合わせれば全がんの20%近くを占めています。肉腫での成功例は将来多くの希少がん治療にも役立つはずでから、検査精度の向上、創薬につながる研究など、次のステップやスケールアップを見越した取り組みを継続していきます。

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末原 義之(すえはら・よしゆき)
順天堂大学医学部整形外科学講座 客員教授


2000年 順天堂大学医学部卒業。順天堂大学医学部附属順天堂医院整形外科研修医を経て、栃木県立がんセンター骨軟部腫瘍科勤務。2007年 順天堂大学大学院医学研究科修了。2004年の国立がん研究センター研究所研修生、2006年の国立がん研究センター中央病院整形外科がん専門専修医を経て、2008年に順天堂大学医学部整形外科助教。2010年と2016年の2回にわたって米国MSKがんセンターへ留学。2013年に順天堂大学医学部整形外科に戻り、助教、准教授を経て、2021年より現職。医学博士。