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順天堂医院の今昔

Story 17 大正時代の放射線科

順天堂医院の大正時代の放射線科と最先端の放射線機器

ドイツの物理学者レントゲンが放射線を発見したのは、明治28年(1895)12月であった。 このニュースは瞬く間に世界中に広がり、翌年に早くも日本で、4人の学者がX線による写 真撮影に成功している。しかし、X線が医学の診断機器として使われるようになるのは大正 時代に入ってからであった。当院ではいち早く放射線科を開設して、ドイツ留学から帰国し たばかりの藤浪剛一放射専門医を招聘してX線診療を開始した。
写真(1)は大正7年頃 のX線撮影場所である。放射線被曝を防ぐために、ものものしい防具を身につけている。 写真(2)は当院放射線科の最新のMRI撮影装置(2009年)である。

写真(1)大正時代の放射線科

写真(1)大正時代の放射線科

レントゲン装置

レントゲン装置
順天堂医院最初のレントゲン装置は、1912 年(明治45)に購入したドイツのライニーゲル社製直流感応コイル装置「アベックス」であった。
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