順天堂グローバル教養論集第一巻20160325
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34順天堂グローバル教養論集 第一巻(2016)(Welsh, 1999)を基に、現象の多面的理解のあり方について考察する。そのうえで、多面的理解を支援する「コンテクスト間の移動」(CS)について詳説する。その際、CSを具体的な事例に適用しつつ、どのような形で多面的な現象理解が達成されるのかを例証する。その後、グローバル市民性の観点からCSについて論じ、CSがグローバル市民性の獲得において一定の役割を果たす可能性について述べたい。2. 現象の多面的理解2.1. 現象理解の関心相関性と動態性 前置きとして、本論考における「現象」についてその意味を示したい。本論でいうところの「現象」は、まず、客観的かつ外在的に存在する事物を仮定し、それに科学的な方法でアクセスし捉えられる対象を意味する。さらに、より広い観点から、人びとが、日常生活のなかで、社会・文化的、生物学的側面によって条件づけられつつ、関心相関的観点から認識するすべての「現象」を指す。「関心相関的観点」とは、すべての価値は欲望や関心、目的と相関的に規定される(西條, 2005)という見方である。たとえば、「水」という事物は、我々の知覚・認知過程のなかで「現象」として立ち現れるわけだが、我々が砂漠にいるときの「水」と水の豊富な地域にいるときの「水」とでは、その相対的な希少性が異なることから、意味に違い出てくる。同様に、「高い経済効率」に強い関心をもつ人の観点から認識される「人」、「物」、「世界」の像(現象)は、「経済効率よりも人間関係を重視すること」に関心をもつ人が認識するそれとは異なる。したがって、一見、同一と考えられる「現象」も、実はさまざまな視点、関心から人びとによって、その像が構成され、眼前に「現象」として立ち現れるものである、と仮定できる。 J・ブルーナー(1998/1999)の二元論的枠組みで上記2つの現象理解のあり方を整理すると、まず、冒頭で示した科学による現象の客観的把握は「論理科学モード」であり、一方、関心相関的な観点から人びとが現実(現象)を構成するというのは「物語モード」にあたる。前者は、因果関係や事実検証を重視する自然科学的な理解の様式で、普遍的な真理、真実を捉えようとする志向性があり、後者は、さまざまな社会・文化に応じて現象を理解するための多様な形式(世界を説明する物語)があるとする。後者は、現・近代社会において「非科学的」なものとして異端な扱いをうけるようなローカル知(たとえば、ある村の稲荷信仰に基づく神秘体験等の現象の理解)も人びとが生活のなかで「現象」を捉える一つの重要な理解の様式として扱う。 人びとの生活世界に焦点を当てたエスノメソドロジーの観点からいえば、人びとが日常生活で現象を秩序立てて理解し、ある行為を実践する方法(エスノメソッド)を捉え、尊重する立場である。「自己」、「他者」、「世界」といった人びとが捉える現象を多面的に理解するためには、多様化した社会で機能している論理科学モードと物語モードの双方を射程に収める必要がある。 関心相関的な視点からすれば、実は、先述した「科学的」な「論理科学モード」の知見自体も、「背後に措定されている認識論は研究者の関心や研究目的などと相互的に選択される」(西條, 2005, p. 196)ため、研究者が関心相関的に認識の枠組みを選択している。つまり、「論理科学モード」も、ある視点、認識に立って現象を関心相関的に理解するという意味では、「物語モード」の一つといえ、原理的には変わらない。したがって、本論考では、2つのモードを包摂する広い意味での現象理解を前提に議論を進めたい。 2つのモードを含む「現象」という概念に立脚し、「現象の多面的理解」という場合、それが何を意味するのか、たとえば、目の前に立ち現れている「リンゴ」の像を多面的に理解するというケースを取り上げて論じてみよう。まず

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