順天堂グローバル教養論集第一巻20160325
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37現象の多面的理解を支援する「コンテクスト間の移動」に関する一試論性を含む眼前に立ち現れる現象を単純化し否定的に捉えている状態から抜け出し、新しい視点や理解を得るために、複数の異なる認知的枠組み(具体的にはコンテクスト)へ移動することである。異文化コミュニケーション能力(inter-cultural communication competence, ICC)研究においてCS を位置付けると次のようになる。まず、ICC研究ではこれまで数多くのコンペタンス・モデルが提示されてきたが、共通する特徴は、認知、情動、行動という3つの側面を対象として扱う(Spitzberg & Changnon, 2009)ことである。たとえば、文化が自分の思考、行動に影響を与えていることを認知している文化的自覚(cultural self-awareness)(Deardorff, 2006)、複数の文化的視点や異なる文化的解釈に関する知識(Gudykunst, 1993)、新しいカテゴリーを作り出す知的能力(ibid.)といった内容が含まれる。CSはこうした認知的能力に焦点を当てたものである。 Bennet & Bennet(2004)も指摘するように、認知面は情動面および行動面につながっており、3者のトータルな変化が異文化コミュニケーターの成長であるといえる。したがって、CSの主要な対象部分は認知の領域であるが、Chen & Starosta(1998-9)が、 “psychic shifts” (以下PSと表記)、すなわち、他者のコンテクストに移動することによって他者のマインドのなかにあるものを推察し、他者の感じていることを自己のなかでも他者のそれに類似した形で再現する能力であるエンパシーを喚起する柔軟な能力を説明する概念で言及しているように、CSにおいてもPSと同様に認知と情動はつながっているという前提にたつ。したがって、ICCの枠組みでいえば、CSは認知と情動に当てはまり、特に認知に焦点を当てた営みである。 このように議論を進めてくると、PSとCSは同一の概念であると理解される。両者の違いは、対象とするコンテクストの種類にある。まず、PSは自己と他者のコンテクスト、特に文化的コンテクストに焦点を当て、両者のコンテクストの間を移動して自己と他者の間にある類似性や差異へ理解を深めようとするねらいがある。ICCのパラダイム内で創案された概念であるため、文化のコンテクストに焦点化しているのは当然のことであろう。一方、CSが扱うコンテクストの射程は文化的コンテクストに限定されるものではない。たとえば、「グローバル市民性」、「環境問題」等の、人びとによって用いられる概念(共有知識)もコンテクストとして扱い、そのコンテクストへ移動し、そこから現象の意味を理解する営為を含んでいる。3.2. CSの図式的説明(フレームワーク) では、CSを図式的に提示する。次頁図1のように、CSを利用する者を取り囲む3つの潜在的なコンテクストがある。図の中央最下部から上に順を追ってミクロ・コンテクスト、メゾ・コンテクスト、マクロ・コンテクストが配置されている。マクロ・コンテクストはマクロ・コンテクスト1とマクロ・コンテクスト2という2つの次元に区分けされる。 まず、マクロ・コンテクスト1には、特定の集団に属する人びとを指し示す「カテゴリー指標」があり、それは「属性による配置」と「地理的配置」に分類される。「属性による配置」は、国籍、人種、ジェンダー、社会階層といった指標を含み、多くの人が他者、自己、諸現象を理解する際に頻繁に用いるコンテクストである。たとえば、国籍というコンテクストに依拠し、「あの人はアメリカ人で私は日本人だ」とする理解である。 「地理的配置」は、地球、大陸、国、市、町といった地理的な区分けを指標し、その区分けをコンテクストとして現象を理解するためのものである。たとえば、水資源の問題を「地球」規模の視点で捉えるのと、水が豊富な「町」というコンテクストで捉えるのでは大きな違いがある。比較的水資源に恵まれた地域では見えてこない現実(e.g., 砂漠化)が「地球」という認

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