順天堂グローバル教養論集第一巻20160325
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71医療の場における異文化理解1. 背景1.1. はじめに 日本における外国人人口およびその労働力人口は、近年増加の一途をたどっている。2020年夏季オリンピック・パラリンピックを東京で開催することが決定し、今後ますます多くの外国人が日本の医療システムを利用することが見込まれている。2013年に法務省が発表した在留外国人統計報告によると、2012年末の日本における総在留外国人数は約203万8千人である。2000年時点では総数168万6千人であったため、12年間で約20%増加したことになる。アジア各地における医療観光(西村、2011)がますます盛んになり、日本でも、一部の医療機関で外国人患者の受け入れを始めている(川内、2011)。外国人医療の問題としては、言語習得が不十分である場合、同一言語での診療に対して、誤解やコミュニケーション不全に陥りやすいなどの点がある(J. A. M. Harmsen et al., 2003, Laveist and Nuru-Jeter, 2002, Murray-García et al., 2000, Saha et al., 1999, Schouten and Meeuwesen, 2006)。外国人医療においては、言葉の壁以外にも問題がある。患者の属する文化が医療者の臨床上の判断に影響を与えるという報告 (Schulman KA et al, 1999)がある。医療者が文化の異なる対象者へ患者の文化に沿った医療を実現するためには、異文化対応能力 (Cultural competence)が必要である (Betancourt JR., 2003)。異文化対応能力とは、医療の受け手が有する文化に敏感になり、彼らに応じた対応をする能力のことを言い、1950年代にLeiningerによって提唱された概念である。Leininger (1999)によれば、文化は人間の生活様式の全体に焦点をあてており、宗教、親族関係、政治、法律、教育、技術、言語、背景となる環境、世界観といった全てを文化ととらえ、それらに応じた対応を行うものであるとしている。 このように、外国人医療に関しては異文化対応能力が求められ、Galanti (2008)も文化の違いは、争いや誤解を生み結果として医療の質を低める (p. 2)ことを指摘しているため、文化の違いで生じる葛藤を最小限に抑えることが求められている。しかし、それにも関わらず、日本の医療系大学では異文化対応能力を高める教育は十分とは言えない。福良ら(2006) は、平成17年度大学教育の国際化推進プログラムとして採択された取り組みの1つとして、医学・医療系大学における異文化医療関連科目の開講状況とその科目の概要について調査し報告した。日本の医療系大学96大学から返送された記述式質問紙について統計的処理した結果、異文化に関する科目は医学が約56%、医療系は70%以上であった。この結果によりまだ30~44%の医療系大学で多文化・異文化に関する教育がなされておらず、医療系大学における異文化対応能力を高める教育は十分とは言えないことが示唆された。1.2. 文化の定義 医療の場における異文化理解を考察する際には、医師、看護師、コメディカルなどの医療者同士のコミュニケーション、医療者から一般市民へのコミュニケーション、医療者–患者間のコミュニケーション等様々な場合があるが、本稿では医療者–患者間コミュニケーションに焦点を当てる。石井 (2001)は、文化について「特定の状況に対して人々がほとんど無意識に使う「暗黙のルール」であり、生活上の諸問題の解決に向かう行動において「司令塔」の役割を果たしている」(p. 111)と述べている。またTylor (1871)は、「ある社会の一員として人が身に付けた知識、信念、技術、モラル、法、習慣」(p. 1)と定義し、Keesing (1981)は文化の定義を「思想、考え、法則、内在する意味」(p. 518)としている。1.3. 医療における異文化理解の重要性 米国の医療通訳養成団体であるCross Cultural Communication System (2014)は、その著書である医療通訳養成テキスト“Bridging the Gap:

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