順天堂グローバル教養論集第一巻20160325
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81中学校英語科における協働的な対話の検討れた、共同研究の一環にある。2006年に筆者が、フィールドワークの場を提供してほしいと依頼し、授業者は自身の教室を5年間に亘り常時筆者に開示した。なお、本稿では授業者による生の声を照射するために、「実践に関する経緯」を授業者自身が記す方法を採用している。これは、フィールドワークにおける知見の所有権をめぐり、「クレジットをどのようにあらわすのか…共著の形にするのか…授業実践について教師が報告し、それを引用するのか」(箕浦, 2009, p. 35)との指摘に基づき、筆者が模索し辿りついた方法である。「授業者への配慮はどれだけしてもしすぎることはない」(p. 35)ことをふまえ、本稿では、第一著者が研究に関する記述(1, 3, 4, 5.2, 5.4, 6, 7)を、第二著者が授業実践に関する記述(2, 5.1, 5.3)を担う。具体的には、授業者によって実践に関わる経緯が示され、筆者による理論的概観、研究方法、結果と考察、総合考察が続く。このような共著によることで、授業者が慣れ親しんだ教室における文脈のあり方への言及がなされ、談話事例の解釈や検討を通した研究知見における妥当性も担保されよう。なお、プライバシーを保護するために、本稿における生徒名は全て仮名である。2. 2009年度~2011年度の授業実践に関する経緯 授業者にとって2011年12月8日の授業(後掲表2事例ⅳ)は、理想に近く忘れ難いものとなった。英語の得意な林くん(仮名)が、英語が最も苦手な生徒の一人である菅沼くん(仮名)に、「関係代名詞がとてもよくわかった。菅沼くん、ありがとう」と、授業の「振り返りシート」に感謝のことばを綴ったのである。授業で自発的に発言することが殆どない菅沼くんが、グループ学習後の学級における総括で述べた関係代名詞についての説明が、級友に支持されたのである。なお、授業者による現時点での英語授業実践のあり方は、以下のようになる:(a)全生徒の参加が可能で、独力では困難だが仲間との協働により、解決可能な水準の課題を提示する;(b)授業で、個人・小集団・学級単位による学習時間を担保し、生徒間での対話を促す;(c)指導案を遵守する以上に、生徒の思考表出の機会を尊重し、彼らのことばを聴き繋ぐ媒介者となる。しかし従来の授業様式からの脱却は、思いの外難しく、2009年~2011年には葛藤を抱え苦悶した。また、生徒の予測できない発話に対する教師の応答やふるまいについて、今も多くの課題を有している。 授業者は26年に亘り、文法指導時に教師主導の授業を行ってきた。外国語としての英語教授環境下にある日本の教室では、教師と生徒の知識における差異が甚大で、教師が生徒に英文法を教授すべきと信じて疑わなかったのである。例えば、自らによる関係代名詞の導入方法の変遷を辿ると、新任期の1987年と1989年には指導案集の“A teacher is a person who helps students to learn.” を引用した。また、3年生の英語を5回担当した2001年~2009年には、自身の飼い犬について当時話題にしていたため、“I have a dog that has long legs.” を用いた。しかし現在分詞・過去分詞の形容詞的用法の後に関係代名詞を網羅する教科書の使用時も、このシラバスを十分に活かすことはなく、自身の指導力を過信し、学習者の認知に寄り添わない、一方的な授業を展開していた。そして2009年11月の関係代名詞の総括時(後掲表2事例ⅲ)に、松田くん(仮名)が50分間に19回「わからない」と呟いていたと、本稿第一著者の観察者に指摘された。このことを機に教師としての自信が揺らぎ、自らの指導法を顧みるようになった。それでもなお、生徒が何を「わからない」のかを瞬時に判断し、認知のあり方を捉えることに惑う日々が続いた。そんな折、授業者は小学校国語科授業の映像を見て、自分と異なる授業様式の有り様を知った。その教師は子どもの気づきを重んじ、児童間の対話に耳を傾け、発話を繋ぎ思考の深化を促すことに徹していた。こうして英語科での生徒を主体とする授業の可能性

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