順天堂グローバル教養論集第一巻20160325
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87中学校英語科における協働的な対話の検討(20) と述べたことから、既知の形容詞句から、新出の関係代名詞節への発想の転換が、生徒には容易でなかったことが示唆される。 なお、事例ⅱでは新出文法事項に関しての生徒による自発的な問いが生起し、塾での既習知が述べられた事例ⅰとは、異なる質の対話が生起していたと言える。教師は、「2009年度に教えた生徒の方が力のある者が多かった」と述べた上で、「[2011年の授業では] 大島さんと遠藤さんが間違いを恐れず、疑問を率直に口にしてくれるお蔭で、生徒の認識を把握しやすくて助かった。けれど2009年の授業でも、『わからない』と述べる生徒がいたにもかかわらず(後掲表2事例ⅲ)、当時はそのような生徒の発話に焦点をあてることはなかったし、その『わからなさ』を授業で活用するという発想も持ち得なかった」と述べている。つまり教師による認知の変容に即して、2011年以降は「わからない」と述べる生徒の発話がこの教室では、異なる意味を帯びるようになったとも解釈できる。 ここで今一度事例ⅰと事例ⅱの談話録 (表1) について、(a)予見不能な偶発性と、(b)参加者による変幻自在で対等な貢献、の視座から検討する。事例ⅰでは、会田くんや西沢くんが、新出事項である関係代名詞について塾で得た既有知識を基に発言している。一方で、教師によればこの事態は、長年の経験から事前にある程度予測されており、「それでも関係代名詞は比較的生徒が学習に困難を覚えることが多いので、授業で学び直しの意味を見出してもらおうと思っていた」と述べている。しかし、事例ⅰの教室談話では生徒間対話が生起せず、加えて予見不能な偶発性、ならびに会田くんや西沢くんを含めた生徒による変幻自在な発話による授業への貢献も見られない。また、事例ⅰは、教師による写真の提示、発問、生徒による応答と音読練習から成る、教師主導の秩序だった定型形式の談話によっている。 しかし事例ⅱにおいては、大島さんの質問 (15) ~ (17) を含め、教師にとっての予見不能な偶発性が見られ、教師自身がこの対話空間に身を委ねる中で、「①と②のどっちの文を利用できそう」(13) と生徒の見解を尋ねている。教師は、この時の自身の意志決定をめぐり、「初めての教え方なので、自分の発問や応答の妥当性に確信が持てないまま、果たしてこれで良いのだろうかと迷いながら、生徒とのやりとりを続けていた」と述べている。さらに、大島さんの発話 (15) ~ (17) は、事例ⅰで自身の既有知を述べた会田くんの発話 (1), (2) とは対照的で、関係代名詞に初めて触れた生徒による疑問の表出と解釈できる。また、大島さんによるこれらの自発的な予測できない発話 (15) ~ (17) は、授業で初めて関係代名詞について学習し、理解を志向する多くの他生徒の思考を反映している可能性が示唆される。そして教師が、大島さんの質問を「助かった」とみなしていることから、彼女の質問が、教師に対する貢献の端緒をなすとも解釈できよう。しかしその一方で、事例ⅰ同様に事例ⅱにおいても、学習内容に関する生徒間の対話は生起していない。つまり事例ⅰにおいては、教師と生徒間での秩序だった定型形式の対話が見られ、事例ⅱにおいては、教師と生徒間での変幻自在な対話が認められる傍ら、双方の事例において生徒同士が対等にことばを交わし知識を構築する、協働的な対話は見られなかったのである。事例ⅱからは、参加者による予見不能な発話に価値を見出すようになった教師が、自身の応答に迷いながら、教え込みではない生徒主体の授業を追究する過程の一端が示唆される。しかし生徒間での協働的な対話が生起せず、級友同士による対等な貢献も見られないことから、事例ⅰ及び事例ⅱにおける双方の談話が、協働的な創発の一環にあるとはみなし難い。5.3. 教室談話録〈2009年と事例ⅳ2011年の関係代名詞総括時における発話生成の文脈〉 事例ⅲ2009年―定期考査2日前の関係代名

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