順天堂グローバル教養論集_第二巻_2017年3月(ISSN2424-0001)
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8順天堂グローバル教養論集 第二巻(2017)の根拠は、真実は単純であることをこれみよがしに無視しており、キリストの弟子たちが大袈裟なポーズをとり、キリストが魂の抜けたような気取った態度で描かれているからだ。癲・癇・(て・ん・か・ん・)発・作・の・緊・張・状・態・に・あ・る・無・意・味・な・動・作・を論じながら、私はミレイに「これを自分のために読むべきだ」と言って、チャールズ・ベル卿の後・弓・反・張・(Opisthotonos)の議論を引用した。ラファエロの《キリストの変容》に対するミレイと私の最終評価とは、この絵がイタリア絵画の衰退の第一歩であるということだった。この意見をほかの画学生たちに求めると、彼らは「帰謬法」であるとして、「ならば、君たちはラファエロ前派だ」と言った。ミレイと私は並んで制作している最中に、この話をしながら「ラファエロ前派」の名称を認めることにしようと、笑いながら意見が一致した (筆者、強調)(Hunt, 1905, pp. 100–101)。 上記で強調した「癲癇(てんかん)発作の緊張状態にある無意味な動作」とは、《キリストの変容》の右端に登場する「悪魔に憑かれた少年」のポーズのことである。ベルは先に紹介した『表情の解剖学と哲学』の中で、ラファエロの少年のポーズを、身体が後ろに反り返って痙攣する「後弓反張」であると診断している。さらに、「後弓反張」を起こした男性患者(負傷兵)を描いたスケッチ(図6)と比較しながら、ラファエロの少年のポーズが、「後弓反張」の症状といかに異なっているか、次のようにベルは詳説している。(後弓反張の)描き方が全く自・然・に・忠・実・(truth to nature)であったら、顎はぎゅっと引き締まり、歯がきしんでいたであろう。(略) ラファエロの絵の形の障害を呈する子供はいまだかつていない。本来の痙攣では伸縮がより強力な屈伸の収縮に負けてしまうのに対し、絵の中では少年は腕を伸ばし、左手指が不自然に後方に伸びている。下肢も真実とは一致せず、彼はしっかりと立っている。この目は自然ではない(筆者、強調)(ベル,2001 [1847],150–151頁)。 ハントはベルのこの箇所をミレイに読むようにすすめており、ラファエロの絵画を複製版画でしか見たことのないラファエロ前派の画家たちが、なぜグループ名をPRBと称したのか、その経緯がうかがえ、大変興味深い。徹底した観察眼や緻密な細密描写を目指したラファエロ前派のモットーである「自然に忠実に(truth to nature)」は、ベルの医学解説の語彙でもあったのである。3.3.ブルイエの《シャルコーの臨床講義》 ところで、「後弓反張」とは、俗に「ヒステリー・アーチ」ともいわれ、1882年、パリ・サルペトリエール病院に神経学講座を世界で初めて開設したことで名高い「神経学の父」、ジャン=マルタン・シャルコー(Jean-Martin Charcot)が「ヒステリー性癲癇(てんかん)」と解釈したことで知られている。パリ第5大学の構内にある医学史博物館の入り口に展示されている、図6. 「後弓反張」のスケッチ出典:Bell (1844) p.160.© Wellcome Trust (Photo: Wellcome images)

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