順天堂グローバル教養論集_第二巻_2017年3月(ISSN2424-0001)
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1319世紀の「医学」と「芸術」の対話会である。筆者は、2010年3月に、王立医学協会の図書館で、1850年代にダイアモンドが撮影した写真の実物を閲覧させてもらう機会を得た。A5ほどの大きさの鶏卵紙に印画されたコロディオン湿版写真で、必ずしも女性ばかりが被写体ではなく、しかも、ぼやけて朦朧としたものもある。腰掛ける老人(男性)の横顔をとらえた写真もあれば、中高年女性の全身像の写真もあり、オフィーリアに扮した若い女性の写真(図11)もある。 1856年の王立協会においてダイアモンドが行った講演(「精神障害の観相学的および心理的現象への写真の応用について」)によれば、カメラを医学に応用することは、患者の外観や入退院時の様子を正確に記録するだけでなく、患者がセルフ・イメージを獲得するための医療(治療)行為の一環でもあるという(Diamond, 1856; Gilman, 1976, p. 23)。ここで、疑問がわいてくる。ダイアモンドの撮影行為は、前述のベルの「観相学(表情研究)」のスケッチに代わる最新技術として、どの程度まで「科学」的にカメラで診断することを目的としていたのだろうか。そして、ダイアモンドの女性患者の写真は、前述の医師シャルコーが記録したヒステリー症状の「疾病分類学」に還元させることができるのだろうか。1850年代にダイアモンドが撮影した22枚の患者の写真(実物)を見た限りでは、答えを断定することは難しい。むしろ、これらの写真は、19世紀の「観相学」や「疾病分類学」を超えて、今日でいう「芸術療法(セラピー)」を含めた、医学、医療、芸術が交差する広い視座からとらえなおすべき写真であるという印象を与える。ダイアモンドが残した写真は、同時代のイギリスの女性写真家ジュリア・マーガレット・キャメロン(Julia Margaret Cameron)やヘンリー・ピーチ・ロビンソン(Henry Peach Robinson)、さらにはルイス・キャロル(Lewis Carroll)の「芸術写真」に近い側面があることがすでに指摘されているように(Gilman, 1976, p. 8; Showalter, 1987 [1985], p. 87)、アマチュア写真家としての「芸術活動」の一環だった可能性もありうるからだ。 ここで、オフィーリアを髣髴とさせる若い女性の写真(図11)を見てみよう。オフィーリアを暗示する「花輪」や「ヴェール」の小道具は、ダイアモンドの演出によるものであろう。彼女は、重たそうなヴェールで体が覆われていることにも無関心で、何かに「没入」している。ミレイの《オフィーリア》と比較すれば、両者の間には、相貌的な類似性はないが、共通点があるとしたら、モデルが「没入」している点だ。ダイアモンドは1852年12月から1ヶ月間、精神障害者の写真を含む、自ら撮影した肖像写真などを一般公開しており、その展示場所は、ロンドンの王立技芸協会が開催したイギリス初の公共の写真展覧会であった。ミレイが、ダイアモンドが撮影した写真を見たかどうかを証明することはかなわないが、むしろ強調すべき点は、さまざまな緊張関係をはらみながら、ダイアモ図11. ダイアモンド、《オフィーリア》、1850年代、コロディオン湿版写真で撮影、王立医学協会所蔵、出典:Gilman (1976) PLATE 32. 

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