順天堂グローバル教養論集_第二巻_2017年3月(ISSN2424-0001)
9/156

719世紀の「医学」と「芸術」の対話(Bell, 1806)。1844年にジョン・マレー社より上梓された第3版以降は『表情の解剖学と哲学(The Anatomy and Philosophy of Expression)』に改題され、同時代の若い芸術家に広く読まれた、いわば19世紀の美術解剖学の教科書でもあった(Bell, 1844/1847; Cummings, 1964)。また、チャールズ・ダーウィン(Charles Darwin)が『人及び動物の表情について(The Expression of the Emotions in Man and Animals)』(1872)の執筆の際に参考にした本が、1844年に上梓された第3版の『表情の解剖学と哲学』であったことからも、19世紀におけるベルの影響力の大きさがうかがえる(Darwin, 1872, p. 2)。 『表情の解剖学と哲学』は、あくまでも自然神学に基づきながらも、「筋肉」と表情との対応関係を導きだすことで、18世紀から19世紀にかけてヨーロッパで流行した観相学(physiog-nomy)という疑似科学の系譜を、解剖学へと「科学」的に接ぎ木した点に特徴がある。この本で用いられる複製図版は、ベルの手によって描かれたスケッチが元になっており、1844年の第3版の『表情の解剖学と哲学』以降は、1840年にベルがイタリアへのグランド・ツアーを経験したことが契機となって、「南方」の古典絵画や古代彫刻への言及などが増補されている。 だが、ベルは「盲目的に古代芸術を模倣し(略)、理想的な美を追求する際に真実の特徴的な表情を放棄してしまう危険」を批判し、「解剖学の研究は、絵筆の使い方を教えるものではなく自然を観察することを教えること」であるがゆえに、その危険を防御できることを若い芸術家たちに力説する(ベル,2001[1847],216–217頁)。ベルがイタリアの宗教画や古代彫刻の図像を渉猟しながら、医学と芸術を接合しようとした試みは、ミレイが《両親の家のキリスト》において、「聖家族」の身体を理想化せずに、病理解剖学的と評されるまでに細部を描出しようとした努力の支えになったと考えられる。3.2. ラファエロの《キリストの変容》の少年 ラファエロ前派の1人であるウィリアム・ホルマン・ハントによって1905年に出版された『回想録(Pre-Raphaelitism and the Pre-Raphaelite Brotherhood)』によると、ミレイがベルの『表情の解剖学と哲学』に出会ったのは、ラファエロ前派の結成直前の1847年に、ハントが読むようにすすめたことがきっかけだったという。ラファエロ前派結成の際に、ミレイとハントらが批判の矛先に向けたのは、上段に「キリストの変容」を、下段に「悪魔に憑かれた少年の治癒」を描いたとされるラファエロの遺作《キリストの変容》(1518–1520)(図5)であった。 少々長いが、ハントの『回想録』から引用する。ミレイと私は、ラファエロの《キリストの変容》をどう判断するかという点に至ったとき、この作品を手厳しく非難した。そ図5. ラファエロ、《キリストの変容》、1518-1520、テンペラ・油彩画、ヴァチカン絵画館所蔵、出典:高階・三浦(1997)54頁

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer10.2以上が必要です