順天堂グローバル教養論集_第二巻_2017年3月(ISSN2424-0001)
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89修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチにおける「厚い記述」への近接1. 問題の所在および本稿の目的 本稿は、木下(2003)が提唱する修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(modified grounded theory approach, 以下略してM-GTA)に、文化の解釈を射程とする分析概念を接合し、後述する「深い解釈」ひいては「厚い記述」を可能にするための方法を提案する一試論である。文化を記述、解釈する研究が議論される際に、引きあいに出されるのが、文化人類学者クリフォード・ギアーツ(1973)が哲学者ギルバート・ライルの表現を用いて示した「厚い記述(thick description)」である。 厚い記述は、対象とする集団の文化について単にディテールが書かれたものではない(cf. 佐藤, 2008)。厚い記述は、対象となっている集団の一見不可解な社会的表現を理解可能な形に変えるため、目に見えない文化的な営為を解釈して示すことである(cf. 木下, 2005)。佐藤(2008)の表現を借りれば、「どのようなもの」で「どうなっているか」という表層的な記述だけではなく、「なぜ、そうなっているのか」(p. 13)という文化の深層にかかわる記述である。 木下(2003; 2005; 2007; 2014)は、グラウンデッド・セオリー・アプローチ(grounded the-ory approach, 以下GTA, cf. Glaser & Strauss, 1967, Glaser, 1978; 1992, Strauss, 1987, Strauss & Corbin, 1990, Charmaz, 2006, 戈木, 2006)の提唱者であるグレーザーとストラウスによる『データ対話型理論の発見』(オリジナル版、1967年発表)の枠組みを継承しつつ、そこでは十分に示されなかった「文脈性」(木下, 2007, pp. 30–31)を重視した分析や「研究する人間」(木下, 2003, pp. 43–53)の位置づけを明示し、「深い解釈」や「分厚い記述」(木下, 2009, p. 19)を実現しようと試みている。換言すれば、M-GTAにおいて、まず重要視されるのが「解釈の厚み、深さ」(木下, 2009, p. 19)である。 しかしながら、この厚みや深さに至る分析・解釈の具現化が多くの研究者にとって難題である。とりわけ、コーディングといわれる、インタビューの一部をその部分の特徴を適切にいいあて概念化する過程において、解釈の深さを妨げうる2つの傾向が見られる。まず、1つ目の傾向として、背景にある文化を含めた文脈的要素の多くが捨象され、インタビューで語られたこと(what is said)を単に整理して概念化するパターンである。その場合、語られたことに介在している社会・文化的コンテクストを読み取り、解釈の深さを出す学術的営為が欠落し、記述に厚みが出にくい。 また、2つ目の傾向として、これまで提示されてきた社会学的解釈のレパートリー(マイノリティに関する理論など)をデータにあてはめて解釈する営みを主とした研究がある。これは、既存の解釈レパートリーや理論(グランド・セオリー)に、データが適切にあてはまる際に活用されるアプローチであるが、データが既存理論では説明できないような新規な側面をもっている場合にも、その新規性を無視し、もしくは無意識に見過ごし、既存理論の説明で新規性を回収してしまう危険性を孕んでいる。 前者の「語られたこと」のみに焦点化した帰納的なコーディングも、後者の既存理論をあてはめるforcing(cf. Glaser, 1992)な演繹的なコーディングもM-GTAが志向するgrounded-on-dataで、かつ、深い分析・解釈につながりにくい。そもそもGTAは、先行研究に依拠した仮説を検証して提示される抽象的理論であるグランド・セオリーに対抗し、データから立ち上がる(emergent)仮説を生成するためにコーディンKey wordsM-GTA、厚い記述、言及指示、社会指標、談話分析M-GTA, Thick description, Referential index, Social index, Discourse analysis

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