第24回市民公開講座 質疑応答:講演2

質問内容は、皆様にわかりやすいよう一部内容修正しています

講演2:もしかして"遺伝性のがん"?~がん家系の診断と具体的な対策~

遺伝子検査を受ける最適な時期(年齢)と費用について教えてください。

まず遺伝性腫瘍の遺伝子検査は、現時点ではすべての人が一律に受けたほうがよい検査ではないことにご留意いただきたいと思います。
遺伝子検査を受ける目的は、遺伝性腫瘍であればそれに対する対策を実践することにより生命予後を改善することです。遺伝子の病的な変化には2つあり、影響力の強い遺伝子の変化と影響力の弱い遺伝子の変化があります。現在、がんの診療で、医療として臨床の現場に活用されているのは、ほとんどが、影響力が強い遺伝子の変化を調べる遺伝子検査です。影響力が弱い遺伝子変化を調べるのは、抗がん剤の重篤な有害事象を予測するための遺伝子検査(例えばイリノテカンという分子標的薬を用いる際に、重篤な下痢などが発症する場合があり、UGT1A1という代謝酵素の遺伝子の個人差[多型:影響力の弱い遺伝子変化です]を調べることが保険適用となっています)がありますが、例えば乳がんの発症のしやすさを調べるために影響力の弱い遺伝子の検査を行うことは臨床的な有用性が確立していません。
したがって、「がんの発症のしやすさ」を調べるのは「影響力の強い」遺伝子に異常がないかを調べることであり、遺伝性のがん体質(遺伝性腫瘍の体質)を持っているかどうかを調べることです。
またこのような遺伝性のがん体質を持っているかを調べる検査は、まず家系内で最もその体質を持っていると思われる方(例えば、若年でがんを発症している人、何回もがんを発症している人、など)から遺伝子検査を受けます。最初に検査を受けた人に病的な遺伝子の変化が見つかった場合に、その家族で、同じ変異を持っているかを調べることになります。ですから家族で最初に遺伝性のがん体質の遺伝子検査を受ける人は、がんを発症して手術などの治療を受けて落ち着いた後(最近は手術前に受ける人も多くなっています。それは手術の術式に遺伝子検査の結果が関係ある場合があるためです)に遺伝子検査を受ける人が多いように思います。 一方、そのご家族が同じ病的な遺伝子変異を持っているかを調べる場合、もし変異があった場合にどのように予防行動に結びつけるか、などシミュレーションを行った上で遺伝子検査を受けることになります。
費用について、遺伝性のがん体質については、遺伝性甲状腺髄様がん(RET遺伝子)と網膜芽細胞腫(Rb遺伝子)の2つは保健収載されており、約4万円の3割負担となります。
その他の遺伝性腫瘍の診断はすべて自費であり、BRCA1/2遺伝子検査は20数万円、リンチ症候群の遺伝子検査は10数万円の実費がかかります。最近では、約30種類の遺伝子検査を一度に検査を行う遺伝性腫瘍の多遺伝子パネル検査も行われていますが、主に海外で検査を行います。この費用は10数万円から30数万円まで幅があります。 各医療機関によって様々な遺伝子検査が導入されつつあるので、個々の遺伝子検査の費用については、近くの遺伝カウンセリング実施施設にお問い合わせください。

生殖細胞系列の遺伝子検査とは、具体的にどのように検査されますか。

通常の採血検査と同じように採血をして行います。一般的には5-10ml採血を行います。生殖細胞系列の遺伝子検査では、血液中の白血球からDNAを抽出して、この中から目的とする遺伝子(今、疑われている遺伝性疾患の原因遺伝子)の遺伝情報に病的な変化がないか調べます。また多遺伝子パネル検査では、多数の遺伝子をセットとして一度に解析します。血液をどのように処理して保管するかも重要です。一般に染色細胞系列の遺伝子検査では、血液をEDTAという物質で処理する必要があり(EDTAが2価陽イオンをキレート化して検体中の核酸分解酵素の活性を抑えるためです)、これは万国共通で試験管のキャップの色が紫色になっています。

家族が罹患しているという一点で、遺伝学的検査を行う必要はないのでしょうか。

現在、生涯でがんの罹患するリスクは、男性では61.9%, 女性では46.5%あります。ご両親があるがんに罹患している場合、一般の人がそのがんに罹患するリスクよりもご本人はそのがんに罹患するリスクは少し高くなりますが、家族の人ががんに罹患したというだけで、自分の家系はがんを発症しやすいのではないかと考える必要はないと思います(がんの統計(2018年版)34ページ)。 考慮するべきことは、そのご家族のがんが、どのようながんだったか、ということです。例えば、30歳代のトリプルネガティブ乳がん(ホルモンの感受性のない乳がん)だった[遺伝性乳がん卵巣がん]、また、大腸がんが疑われて大腸内視鏡を受けたら100個以上の大腸ポリープが見つかった[家族性大腸ポリポーシス]、40歳代で横行結腸がんを発症し手術材料でマイクロサテライト不安定性試験を調べたら陽性だった[リンチ症候群]、といった所見から、遺伝性腫瘍の可能性が疑われることがあります(もちろん上記のような所見があるのですべて遺伝性腫瘍というわけではありません)。 ただ、その場合、原則としてまず遺伝子検査はそのがんを発症した人から行います。それは、現時点では遺伝性腫瘍の原因遺伝子がすべて解明されているわけではないからです。家族の中で最も遺伝性腫瘍が疑われる人が遺伝子検査をまず受けて、疑われる遺伝性腫瘍の原因遺伝子を調べます。もし病的な変化が見つかったら、それと同じ変化(変異)を未発症の人が持っているかをピンポイントで調べるのが未発症キャリア診断となります。発症していない人から検査するのも全く無意味ではないと思いますが、未発症の人が調べた遺伝子に病的な変化がなかった場合、家族で癌を発症している人は遺伝性腫瘍の原因遺伝子に変異を持っているのに、自分にはその変異がなかったのか、あるいはその調べた遺伝子に家系として変異がないのか、家族全体で考えた場合に得られる情報量が全く異なることをご理解いただきたいと思います(次のQ&Aもご参照ください)。

消化器系統で親ががんに罹患している場合、遺伝学的検査を受けておく方が良いのでしょうか。もしくは、消化器内科で検査を受けておく必要はあるのでしょうか。

まず遺伝性腫瘍の遺伝子検査は、遺伝性腫瘍が最も疑われる方から遺伝子検査を受けるのが原則です。ですから一般にはがんの発症者である親御さんからまず遺伝性腫瘍の可能性があるか遺伝子検査を行います。もしそこで遺伝子変異が見つかれば、その遺伝子の同じ変異を未発症の方が持っているか否かを検討するのが一般的です。
もし、がんを発症していない方から遺伝子検査を行うことも全く意味がないわけではありませんが、もし調べて遺伝子に変異がなかった場合に3通りの解釈ができます。 1つは、親御さんは調べた遺伝子に病的な変異を持っていたが、自分は引き継いでいなかった可能性。
2つ目は、親御さんは調べた遺伝子ではない別の遺伝子に変異を持っていたので、そもそも今回の遺伝子検査では変異を見つけようがない。
3つ目は、そもそも現時点ではまだ原因がわかっていない遺伝子に病的な変異があったり、そもそも遺伝の関与は低い可能性。
  ですから、まず家系内で遺伝性腫瘍の可能性のあるがんを発症している方でまず遺伝子検査をおこない、遺伝性腫瘍の診断ができた場合に、その家族のまだ発症していない血縁者の遺伝子検査を行うのが遺伝子検査を行う順番の原則です。
今は約50%の日本人ががんを発症する時代なので、血縁者にがんの罹患者がいても不思議ではありません。ご心配な場合には、遺伝カウンセリング外来などを受診していただき、既知の遺伝性腫瘍の可能性があるのか、遺伝子検査を受ける健康上の意義はあるかなど相談してみてください。

原因遺伝子を持っている人が、実際に発症する確率(割合)はどれくらいでしょうか。

遺伝性腫瘍にはさまざまなものがあります。中には、遺伝子変異を有することによりほぼ100%がんを発症するタイプ(例:家族性大腸ポリポーシス)もありますが、ほとんどの遺伝性腫瘍は必ずがんを発症するわけではありません。ここでは頻度が高い疾患として遺伝性乳がん卵巣がん症候群(hereditary breast and ovarian cancer: HBOCと言われています)とリンチ症候群(Lynch syndrome)についてお話しします。
HBOCでは、BRCA1あるいはBRCA2が原因遺伝子です。BRCA1遺伝子に変異がある場合には、乳がん、卵巣がんに罹患するリスクはそれぞれ、60-70%、約40%、BRCA2遺伝子に変異がある場合には、約50%、約15%とされています。
また、リンチ症候群の場合には、どの原因遺伝子に変異があるかによって違いがありますが、大腸がんの70歳での累積罹患リスクは、54-74%(男性)、30-52%(女性)、また、子宮内膜がんや胃がんの70歳での累積罹患リスクは、それぞれ28-60%、5.8-13%とされています。
これらの疾患では、発症リスクが100%ではないので、例えば、リスク低減手術を受けるかどうか悩むこともあると思います。あくまでも確率の問題なので、現時点でBRCA1/2に変異を持っていてもどのような人が乳がんを発症してどのような人が発症しないのか、もう少し個別化医療が進んでさらにがんの発症のしやすさをより正確に予想されるようになることが期待されます。

家族系がんも環境・生活習慣を見直せば、発病を延ばすことができるのでしょうか。

これはとても重要な質問です。本来がんを発症しやすい体質を持っているのであれば、可能な限りリスク要因を避けることは当然実行しなければいけないと思います。ただ、遺伝性腫瘍の場合には、現時点ではまだ十分なデータがない状況です。
生活習慣や環境要因と疾病の関わりを調べる学問領域を疫学といいます。例えば、大豆が乳がん予防に有用である、ということを証明するために、多くの方に協力してもらい、何年間も前向きに調査を行い、統計を用いて結果を出します。しかし、遺伝性腫瘍の患者さんで同じようなことを行うためには、多くの患者さんに協力してもらうことが難しく、この疫学研究のデータが極めて乏しい状況です。
リンチ症候群では、一般の大腸がんと同様に、喫煙や体脂肪は大腸がんのリスク要因であることを示すデータがあります。一方、遺伝性乳がん卵巣がんにおける乳がんについて、体重増加はリスク要因の可能性、また、授乳や身体活動(運動)はリスク減少あるいは罹患年齢が遅くなる、というデータがあります。しかし、喫煙や出産歴はいくつかの報告があるのですが結果が一致していません。さらに一般の乳がんとは逆に、遺伝性乳がんでは、アルコール摂取や初産年齢が高いことが、リスク減少を示唆する結果が得られています。
このように、遺伝性腫瘍患者さんの生活習慣の改善によりリスク減少効果がどのくらいあるかについて、現在ではまだ十分な結論が出ていない状況です。遺伝性乳がんについては一般乳がんと異なる要因もある可能性が示されています。ただ現時点では、一般論となりますが、日常生活で気をつけることして、2011年に国立がん研究センターがん予防・検診研究センターがまとめた「がんを防ぐための新12か条」を参考に、生活習慣を考えるのが妥当と考えられます。
(がん研究振興財団のホームページ:http://www.fpcr.or.jp/pamphlet.html

変異遺伝子を持つ人が、がんになるきっかけとなる要因は何がありますか。その場合、日常生活で気を付ければ良いことはありますか。

難しい質問です。例えばBRCA1伝子に生まれつき変異を持っている人が、もう一方のBRCA1遺伝子に変異が加わると発がんのプロセスが始まると考えられます(一般に遺伝子は母親由来と父親由来の2つあります。一方に変異があってももう片方の遺伝子が機能していれば、細胞の生命活動は正常に営まれます)。ただ、この2つ目の変異がいつ入るかは現時点では予測できません。例えばBRCA1遺伝子に変異を持っていた場合、乳がんのリスクは40歳で16%、50歳で41%、70歳で64%という海外の累積罹患リスクのデータがありますが、あくまでも確率のデータしか存在しないのが現状です。
一般論となりますが、日常生活で気をつけることして、2011年に国立がん研究センターがん予防・検診研究センターがまとめた「がんを防ぐための新12か条」が広く知られています。
(がん研究振興財団のホームページ:http://www.fpcr.or.jp/pamphlet.html )

父が膵臓がん。胃がんは親と同じく発症するリスクが高いというお話でした。私は女性ですが、婦人科系のがんよりも、膵臓がんを発症する可能性が高いでしょうか。つまり、膵臓がんの遺伝リスクは高いのでしょうか。
膵臓がんは遺伝性のがんか教えてください。
膵臓がんになる危険因子は、膵がん家族歴13倍というお話でした。父を膵臓がんで亡くし、私自身も乳がん、大腸がんになり、手術もしました。今後、私も膵臓がんを発症する可能性はあるのでしょうか。

情報が少ないのであくまでも一般論としてお答えいたします。
胃がんについては、現在ピロリ菌の感染が重要なリスク要因の1つと考えられています。現在の年齢によっても除菌の効果は異なりますが、ピロリ菌が感染しているか一度内科を受診して相談されるのも良いと思います。
遺伝性の胃がんもありますが、頻度は稀であり、多くの胃がんの親子発症は遺伝ではなく、ピロリ菌の共通感染によるものと考えられています。
膵がんの遺伝については前にも述べましたが、膵がんの発症のリスク要因として、膵がんの家族歴はよく知られています。近親者に膵がん発症者が多いほど膵がん発症リスクは高いことが示されており、第一度近親者(親、兄弟姉妹、子供)の膵がん患者が1人、2人、3人の場合で、それぞれ生涯の膵がん発症リスクは6%、8-12%、40%という報告があります(2019年膵癌診療ガイドライン2019、64ページ)。ちなみに、一般集団の生涯膵がん罹患リスクは男性、女性ともに2.4%です(がんの統計(2018年版)34ページ)。
ですから、もしお父様が膵がんを発症しているのであれば、膵がん発症リスクは少し高いかもしれませんが、もうひとり家系に膵がんの方がいたとしても10%程度ですので、その他のリスク要因(糖尿病や慢性膵炎など)があれば医療機関を受診して基礎疾患をコントロールすることで一般には対応できると思います。
なお、第一度近親者内に2人以上膵がん患者がいる家系を家族性膵がん家系として、現在登録事業が行われています。
現在、遺伝性膵がんとして、膵がんを主に発症する遺伝性腫瘍症候群は知られていません。一方、遺伝性腫瘍症候群の中には膵がんを発症しやすいとされる遺伝性腫瘍があります。
例えば、遺伝性乳がん卵巣がん症候群、リンチ症候群、ポイツ・イエーガース症候群などの1つの腫瘍として、膵がんが発症することがあります。このような疾患が疑われるときには遺伝学的検査が診断に有用ですので、遺伝カウンセリング外来を受診してみてください。

血縁者にHBOC患者(20代)がいる若い世代の有効な検診(MRIなど)が保険適用になる可能性はありますか。ある場合、いつごろでしょうか。

2020年4月の診療報酬改定で、BRCA1/2変異保持者の方にMRI検診などが保険収載される可能性があります。ある一定の条件を満たしている方はBRCA1/2の遺伝子検査が、またBRCA1/2に変異を持つ方のフォローアップ検査やリスク低減手術が保険収載されるようです。
https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/000576445.pdf
まだ詳細な条件などが明らかになっていないのですが、2020年3月までには公表されるものと思われます。

乳がんの手術を本院で受けました。術後10年になりますが、先日HBOCの検査を主治医からすすめられました。費用はどれくらいかかりますか。保険はきくのでしょうか。

乳腺科の先生が、BRCA1/2の遺伝子検査を受けることを勧めるのは、HBOCを疑う根拠があるからだと思いますので、遺伝子検査を受けることを検討する意義はあると思います。
遺伝カウンセリング外来を受診することをご検討いただければ良いと思います。遺伝子検査を受けることはその場で決める必要はないですし、家族やご主人と相談してから再度、あるいは何回か遺伝カウンセリング外来で担当者とお話してから遺伝子検査を受けることを決める方もいらっしゃいます。
ですから、まず遺伝カウンセリング外来で適切な情報を収集するとともに、遺伝カウンセリング担当者にも遺伝性腫瘍の可能性の評価、もし変異があった場合の具体的な対応などを伺ってください。遺伝カウンセリングは原則自費診療となり、本学は初回1万円(+消費税)、2回目以降は5000円(+消費税)の費用がかかりますが、病院によって異なるので外来の予約をする際に確認しておいてください。
BRCA1/2の遺伝子検査は20数万円というところが多いと思います。2020年4月からある一定の条件を満たす人には保険適用でBRCA1/2の遺伝子検査が実施可能になる予定ですが、詳細な条件など現時点では明らかになっていません(BRCA1/2遺伝子検査が保健収載されれば、その結果を説明する遺伝カウンセリングも保健収載される可能性があります)。

いわゆる血液のがんなどにも遺伝学的検査は有用なのでしょうか。

有用です。血液のがんが発症する遺伝性腫瘍として、リ・フラウメニ症候群(子供の頃、副腎のがんや脳の脈絡叢のがんを発症し、10歳代では骨肉腫や白血病などのがん、成人後は乳がんや肺がんがよくみられます)や毛細血管拡張性運動失調症(リンパ腫や白血病)、ファンコニ貧血(白血病、肝がん)などがあります。ただし、血液のがんを発症しているときに採血を行って通常の遺伝学的検査を行おうとすると、結果的に血液中のがん細胞の遺伝子変異を調べることになります。そのような場合には頬粘膜の細胞を解析に用いるために頬粘膜を擦過したり、あるいは唾液を用いて検査を行います。血液の腫瘍細胞の中の遺伝子変異も、生まれつきの遺伝子変異を反映しているので、遺伝学的検査としての意味合いもありますが、腫瘍細胞で生じた変異なのか、あるいは生まれつき持っている変異なのか、は検討する必要があります。

7年前に食道がんを患いました。父、兄、自分が食道がんの場合、遺伝性がんとなるのでしょうか。

自分の親が何かのがんに罹患していた場合、自分ががんを発症するリスクは、一般の人が同じがんを発症するリスクよりも少し高いことが分かっています。 しかし、遺伝性の食道がんというのは、一般に知られていませんし、原因となる遺伝子も見つかっていません。また、今知られている遺伝性腫瘍の中で、食道がんのリスクも高い症候群はないと思います。
まず、ご本人やご家族の嗜好歴で、喫煙や飲酒はいかがでしょうか。また、ふだんから熱い飲食物を摂ることはお好きですか?遺伝子検査を考える前にこのような嗜好は食道がんのリスク要因ですので、控える必要があります。
ご本人はもちろんですが、ご家族がいらっしゃる場合には、禁煙を励行し、アルコールはほどほどに(「がんを防ぐための新12か条」では、日本酒なら1合、ビールなら大びん1本と記載されています)とどめておくようにアドバイスしてあげてください。

喉頭がん、咽頭がんのリスク軽減策はありますか。

もっとも重要なことは禁煙することです。また喫煙者が多い環境を避けることです(受動喫煙を避ける)。また、お酒はほどほどに(1日日本酒なら1合、ビールなら大びん1本くらい)のペースにしてはいかがでしょうか。また、熱い飲食物も避けるのが良いとされています。
だいたい上記のような注意で発症リスクを下げることができると思います。一般的に、喉頭がん、咽頭がん、舌がんなどは、患者さんに伺ってみると、愛煙家で酒も好き、という方が多いように思います。喉頭がんや咽頭がんを発症しやすい遺伝性腫瘍というのはないのではないかと思います。
また、喉頭がん、咽頭がんなどの頭頸部がんと食道がんはしばしば合併することがあります。それはこれらのがんのリスク要因が共通していることと関連があります。多くの医療機関では、これらのがんの手術前には食道がんと頭頸部領域のがんの合併がないか、内視鏡などの検査をしています。
私の講演の中で、影響力が弱い遺伝子変化の例として、下戸の遺伝子(アルコールを代謝する酵素の力が弱い人)の話をしたのを思い出してください。下戸の人はタバコ+酒で食道がんのリスクが60倍くらいになるのに、どちらも控えれば下戸でない人と同じくらいの発症リスクに抑えられるのです。自らのささやかな努力によってがんのリスクを下げて、その後の人生を変えていくこともできることはぜひ多くの方に知っていただきたいことです。

がん以外に遺伝子検査が有効な疾患を教えてください。

病気には、大きく分けて遺伝的な素因が原因で発症する遺伝性疾患と、遺伝的な素因の関与は十分に明らかになっていないが、生まれた後の環境の要因や生活習慣の関与が大きいとされる疾患(生活習慣病や外傷)の2つがあります。
したがって、遺伝性疾患であれば、遺伝子検査を行うことにより確定診断を行うことが可能です。
例えば、フェニルケトン尿症や一部の先天性の難聴、また遺伝性のパーキンソン病やアルツハイマー病などの神経の難病です。
ただ、前者の遺伝性代謝性疾患や遺伝性難聴と後者の遺伝性神経難病疾患の例では、大きく異なることがあります。それは前者には早期診断、早期治療によって、精神発育遅延が軽減できたり、また言語発達が期待できたりと対策がありますが、後者には明らかに有効な対策が現時点ではないことです。
診断できても具体的に有効な対策がない遺伝性疾患については、積極的には遺伝子検査を行わない傾向にあります。例えば、遺伝性神経疾患でハンチントン病という疾患があるのですが、現状では発症しても有効な治療法がない状況です。このハンチントン病の原因遺伝子を発見したチームの一人は、ハンチントン病の家系の方でした。その方は自分で発見した遺伝子を調べて遺伝子診断することもできましたが、遺伝子診断を受けなかったそうです。詳しくは、「ウェクスラー家の選択」(新潮社、2003)を図書館などで読んでみてください。
一方、代表的な生活習慣病である糖尿病は、遺伝性糖尿病もありますが、一般には環境の要因を強く受けて発症すると考えられています。このような後天的な要因が大きく関わる疾患にも、かかりやすい体質があることがわかっていますが、食生活などの生活習慣が大きく関わっているので、このような疾患を遺伝子検査によって発症を予測することは難しいですし、生活習慣を改善することによって、発症リスクを減らすことができると考えられています。
結論として、がん以外でも遺伝性疾患であれば遺伝子診断は有効です。ただし、遺伝性疾患の診断の目的は、自らの体質を知ることにより、早期に適切な医療が介入して生命予後や生活の質の維持、改善することであることはご理解いただきたいと思います。

リムパーザは、プラチナ感受性のある卵巣がんに使用されていると思いますが、その 場合でも遺伝子検査は有用なのでしょうか。

リムパーザはPARP阻害薬と呼ばれる分子標的薬です。DNAの2本鎖がともに切断した場合、修復する仕組みがわれわれの体の細胞には備わっているのですが、この仕組がうまく働かない細胞に対して、この薬剤は有効に作用します。DNAの2本鎖が切断しているのを修復する機構の主人公がBRCA1でありBRCA2です。したがって、BRCA1BRCA2に変異があればリムパーザの効果が期待できるため、この薬剤を使用する前のBRCAの検査は保険適用になっています(具体的な条件があります)。
本来は腫瘍の遺伝子検査をすれば良いのですが、腫瘍の遺伝子検査は検査が大変なために、現在は血液を採取して採血で調べています。
ただ、このリムパーザを使用する際の適応を調べるための遺伝子検査(コンパニオン診断といいます)は、結果的には、リムパーザを使用した場合の効果予測のためであると同時に、結果的には遺伝性乳がん卵巣がん症候群の診断を行っていることにも注意が必要です。

事前にリスクがわかることによって起こる倫理的な問題に対して、医学分野では何か対策が考えられているのでしょうか(保険が高くなる、就職や結婚が不利になる等)。

発症する前からリスクがわかることによって遺伝学的検査を受けて陽性であった人たちが不利益を受けることがないか、とても重要な問題です。
米国には、The Genetic Information Nondiscrimination Act(GINA)of 2008という連邦法によって、雇用や健康保険加入の際に、遺伝情報を用いた差別を禁止しています。一方、わが国では、これと同じように遺伝情報に基づいた差別を禁止する法律は現時点ではありません。また、2017年には、わが国のある生命保険の契約の約款に、遺伝に関する記載があり、遺伝情報を加入の際に利用しているとも解釈できる条項が残っており、問題になったことがあります。
ただ現在、私が知る限りでは、遺伝子変異があることにより保険料が高くなる、あるいは就職を拒否された、といった事例は、わが国ではないと思います。結婚は当事者同士の考え方によるところが大きいと思いますが、知っておいていただきたいのは、2万5000近くあると言われるすべての遺伝子が完璧な人はいないとされており、だれでも遺伝子変異は持っていることです。たまたま今回調べた遺伝子には変異が見つかったということであり、私達はみな完璧ではないので、お互い補い合うためにパートナーの存在があり、あるいは環境に適応するために進化の余地があるとも言えます。

現在、市場に出ている遺伝子検査を受ける価値はありますか。銘柄も金額も違っていて、どれを受ければ良いかわかりません。

これはデリケートな部分もありますので、あくまで私個人の意見として回答させていただきます。
まず市場に出ている多くの検査は、検査会社と消費者(検査を受ける人)が直接に検体を送付したり、検査結果を自分のアカウントに受け取ったりしますのでDTC(direct to consumer: DTC)検査と称します。DTC検査は手軽に受けることができて、費用も廉価ですので、気軽に受けることができるのが特徴だと思います。
しかし、以下のような問題点もあります。
1)変異が見つかった場合、どこの医療機関が責任を持って対応してくれるのか、責任の所在が明確ではない:もし変異(病気にかかりやすい体質)があった場合の対応をどうするのか、どこの医療機関に行って相談すればよいのか、必ずしも明確ではありません。遺伝子検査は受けることに意味があるのでなく、そのあとその結果をどのように生かして自分の健康管理に結びつけるか、が重要なのです。そのために遺伝性疾患の遺伝子検査(遺伝学的検査)は遺伝カウンセリングのなかで行うのが原則です。検査会社によっては遺伝カウンセリング体制を整えているところもあるようですが、どの程度の遺伝カウンセリングを行っているかは私には情報がありません。
2)科学的な根拠に乏しい:生殖細胞の遺伝子検査の対象にはcommon variantとrare variantがあります。
1)にも示したように遺伝性腫瘍の遺伝子検査はrare variantの検査に属します。これは必ず遺伝カウンセリングを提供している医療機関で受けてください。
一方、common variantの検査は、現在は比較的容易に受けることができます。糖尿病や肥満になりやすい、といったリスクを評価しています。ただ、一般的にはこのような遺伝子検査の対象は、私の講演であった"影響力の弱い遺伝子の変化"に相当します。これらは一般的には普通の人と比較して2倍くらい糖尿病になりやすい、といった結果の解釈になります。多くのDTC検査では、1つの疾患に対して1つまたは複数のcommon variantを組み合わせて評価しています。その場合、検査を受けた結果、リスクが高いと言われた人は具体的にどのような対応をすれば良いのでしょうか。このような影響力の弱い遺伝子変化に対して、対策としてガイドラインのような具体的な指針が示されていないものがほとんどという状況です。将来は多数の影響力が弱い遺伝子の変化の複合的な影響などが解明されて、一般の医療の中でも用いられるようになるかもしれません。このような検査はその時に受けても決して遅くはないと思います。BRCA1/2に変異をもつ患者さんがリスク低減乳房切除術をうけることが2020年に保険収載される予定ですが、それでもBRCA1/2の遺伝子が発見されてから20年以上の歳月を要しています。影響力の強い遺伝子の変化ですら、検査の有用性を示すのはたいへんな努力を要するのです。
最初にもお話ししたようにこれかあくまで私個人の意見です。異なった意見の方も当然いらっしゃると思います。しかし現在、遺伝性腫瘍を扱う多くの専門家は上記のような意見を持っていると考えています。