第1回 「Dormancy」

掲載日:2010.08.09
画像診断2009.12 Vol.29 No13.1477「すとらびすむす」より
桑鶴良平 (放射線診断学講座 教授)

Dormancyという言葉は一般的には休眠状態、休止状態を意味している。Dormant volcanoというと休火山を意味する。学問の世界でも常に新しい研究発表をし続けるというのは、本人の強い意欲、探究心、環境など様々な要因がうまく機能しないと難しい。たまたま成果を出すまでに時間がかかる研究に取りかかった場合、しばらく学会発表は休止状態になることもある。そういった場合、成果が出た時点までを少しずつ発表したり、IVRを含む画像診断学では症例報告や、並行して行っている臨床研究の発表を行うことにより学会に出席が可能である。近年は学会の流れも教育に重点を置くようになり、内容が多様化しているが、教育発表は若手医師育成に重要であり、学会における大きな柱の一つとして今後より重要な位置を占めると思われる。画像診断学における新しい発表は、新たな機器や症例数の多寡の関係で、発表できる施設が限られることも多いが、教育展示や機器の新旧を問わない地道な研究でdormancyに入っていた研究者が再び学会活動を始めるのを見かけると喜びと共に敬意を払う次第である。
一方で、医学の世界ではdormancyというと細菌が発育を始める前の休止または潜伏期という意味がある。近年は細菌に対してだけではなく、がんに対してもこの言葉が使用されている。胃がん、大腸がんなどは5年生存するとほぼ治癒したと考える一方で、乳がんや腎がんなどは術後10年を経て再発することもあり、私も腎がん術後38年を経て肺転移を来した症例を経験している。一見治癒したと思えるがんが10年以上を経て再発が起こってくる現象に対して、その間にがんが活発に活動していたとは考えにくいためdormancyという仮説をあてはめて考えると理屈に合っているように思える。がん細胞がどこかで眠っていて免疫のバランスが崩れるなど、何らかのトリガーにより活動を始めるわけである。おそらく骨髄で休止しているのではないかと考えられているが、まだ詳細な機序は解明されていない。近年の分子標的薬の進歩による肝細胞がん、腎がんに対する抗腫瘍効果は目を見張るものがあるが、がんのdormancyの機序が解明されることにより新たな抗がん剤の開発や投与法の工夫がなされ、dormancyという概念が過去のものになることを期待してやまない。