第2回 「自分を信じる、そして自分の人生を信じる」

掲載日:2010.08.09
日獨日報2009. Vol.54 NO3・4 4-5「VORSCHLAG」より
桑鶴良平 (放射線診断学講座 教授)

私は今年(2009年)6月に9年ぶりに母校のキャンパスに戻った。その間に順天堂大学医学部附属浦安病院に9カ月、東京臨海病院という文部科学省所轄団体である日本私立学校振興・共済事業団の所有する一施設である東京臨海病院の立ち上げに2年6カ月、東京女子医科大学の放射線医学教室で5年8カ月過ごした。
40歳代の大半をこれらの施設で過ごせたことは偶然ではなく、今の自分があるために必要な経験であったと思っている。
浦安病院では、それまでの全力疾走から大きくギアチェンジをし、周りの先生方には大変御迷惑をおかけしながら次のステップに向けて、今までの人生を振り返り今後の準備をした。
東京臨海病院では、逆に猛烈な勢いで病院立ち上げに参加した。建築から、機器購入、さまざまな院内運用の取り決め、電子カルテ導入準備と勢いに乗って病院の開院に向けて走り回った。病院開院、建築、機器購入、電子カルテ、会議の進め方など多くのことを学んだ。開院後は、電子カルテの改善に向けて委員会の長として職員からの批判を不満のはけ口として受け止めた。みなし公務員としての考え方や行動の仕方を学び、教職に戻る準備を始めた矢先に東京女子医科大学から声がかかった。
取り巻く環境をあまり把握せず、東京女子医科大学に向かった。そこで待っていたものは今まで経験したことのない厳しい試練であったが、現況の把握・分析・対処法などを学んだ。人手不足の折、画像診断、interventional radiology(IVR)業務、学生・研修医教育に取り組んだ。お陰様で多くの画像診断、多くのIVRをこなし、学生や研修医と日々の密な交流ができた。特にIVRにおいては、多くの患者さんと出会い、いろいろな経験を通じて手技的にも人間的にもたくさんのことを学び、決断力、洞察力、感謝の気持ちを身につけることができた。
今でも東京女子医科大学の各科スタッフの方々との交流は続いており、定期的にIVRを行ったり症例のコンサルトを受けたりしている。また、東京女子医科大学の学生が本学に実習に来たり、本学に在籍する東京女子医科大学卒の研修医に声をかけられたり、画像のレクチャーをしたりしている。
元来、派遣や留学で色々と外の施設で働き学ぶことが好きだったが、この9年間働いた各施設では、かけがいのない経験をさせていただいたことに感謝している。在籍したどの施設でも共通していたのは、看護師、診療放射線技師、事務やその他のコ・メディカルの方々と協調し信頼して仕事ができたことだ。ベクトルを1つにして開院を目指す、診断・治療に有用な画像を得るために意見を交換する、患者さんやご家族、主治医と連絡を密に取り生活の質の向上を最優先にIVRを施行する、といった事に取り組んだ。その先には何が見えていた訳ではなく、自分を信じて常にその時のベストを尽くそうということだけを考えた。
 母校に帰って数カ月、医局の後輩の頑張りには素直に頭が下がる。彼らの頑張りに報いるよう今まで温めてきた色々なビジョンを日々示し、厳しくも楽しい雰囲気の中で画像診断医の育成を心がけている。着任後2カ月が過ぎ、学位を目指す医局員に研究テーマを与えることができるようになった。
今後放射線科の方向性、発展性については種々の意見があると思うが、自分の学んできた道を信じ、これからの人生を信じて画像診断およびIVRの臨床、教育、研究に取り組んでいくことにより道は開けると思っている。