背景

胸腔鏡手術の始まりは古く1910年Jacobaeusの膀胱鏡による胸腔内観察である。時は肺結核の時代で、1913年Jacobaeusは初めて胸腔鏡を開発し、肺結核に対する人工気胸療法の補助手段としての癒着焼灼を報告した。その後、1978年武野が自然気胸の治療に応用したが、1987年若林の報告以来、光学機器、ビデオシステムや周辺機器の開発に伴い、1990年Video Assisted Thoracoscopic Surgery(VATS)が登場。1992年には日本に普及、1994年に保険診療認可されるや、飛躍的に広まった。特に近年、患者中心の医療が叫ばれる中、拡大手術からQOLを重視した低侵襲手術へと変わり、また一方で、肺がん検診にCTが導入されるようになって末梢小型肺がんが多く発見されるようになると、胸腔鏡手術の有用性はさらに高まっている。
20世紀末に目覚しい発展を遂げた胸腔鏡下手術は、従来の開胸手術に比べ、手術に伴う疼痛を軽減し、入院期間を短縮し、術後のQOLを向上させる。ところで最近、外科系の学会では鏡視下手術を中心としたテクノロジーに関する話題が目に付き、外科学の基礎であるエビデンスやサイエンスが欠けているように思われる。たとえば鏡視下手術における低侵襲とは侵襲学上どういうことか。低侵襲の評価にしても診断精度、治療成績が最も重要であり、疼痛、在院日数、QOL、cost benefitなどはそれをふまえてのものであろう。さらに鏡視下手術はがんの手術、拡大手術、大規模手術にも応用されており、新しい選択肢になっているが、わが国では標準治療のガイドラインの公示がなされていないし、患者への情報公開も不足しているばかりか、標準手術に対する外科医のトレーニング不足も指摘されている。また病院内、病院間にネットワークがなく安全性、経済性にとってマイナスとなっていることも問題である。現在の呼吸器領域における胸腔鏡手術の適応には診断と治療があるが、いずれにせよ基本的には新しい手術としてではなく、新しいアプロ-チとしてとらえるべきであり、あくまでも標準開胸とまったく同じ結果が要求されなければならないと考える。
今日、医療費の抑制が叫ばれ、一括払いシステムの実現へ向かっており、これにより手術の縮小化がいっそう進む。さらに大学改革が叫ばれ、産学官の協力がすすんでいるが、これにより医療の機械化、情報化がいっそう進む。また輸血やHIV等の感染症の回避など、これらはすべて鏡視下手術の発展、普及に追い風となっている。すでに情報化医療、コンピューター外科の発展により、リアルタイム・双方向動画像の電送機器による遠隔医療支援、Robotic Surgeryなどの手術支援システムやVirtual Reality手術システムなどの手術Navigation技術が現実のものとなり、アメリカ軍事医学では現在、無線電送下にロボット手術を実行する研究が行われている。また従来の鏡視下手術は、術野の展開をスコープを操作する助手に委ねざるを得ず、術者が望む術野が展開できない点が難点であったが、内視鏡をロボットに持たせ術者自身が操作しながら手術を行うロボット、AESOPが開発され、音声で操作できるシステムが開発された。さらにmaster-slave manipulator(robotics)が開発され、現在、AESOPを搭載したZEUSと、da Vinciが臨床応用されている。言わば、新しい目と新しい手の誕生である。21世紀に持ち越された課題としては、触覚の伝達、高画質3次元内視鏡画像、さらなる手術操作性と安全性、遠隔手術への対応、外科医のトレーニングシステム、機器の保守整備点検、装置の縮小化、経済性、法的保証などである。
21世紀を迎え、以上のような急速な周辺機器の技術開発、情報、通信、マルチメディア、ロボット工学、先端工学外科学などの進歩により、胸腔鏡下手術のさらなる発展が予想されるが、想像を越えるテクノロジーの進歩によって、人間の非監視下での手術操作、さらには手術なき外科がいずれ未来には可能となるかもしれない。日帰り手術どころか在宅で、カメラを持ったマイクロロボットが生体内に入り、シミュレーションに基づいた手術を行い、生体外でモニターを見ながら患者が医師の説明を聞く時代が21世紀には訪れるかもしれない。そうなっても、あくまでもその目標は「必要最小限の侵襲で、適応のある疾患の根治を可能な限り果たし、人間の幸福を得ること」であるということを忘れてはいけない。