留学

留学実績(1986-2020)

呼吸器内科関連の様々な分野で様々な国の研究室へ留学派遣しています。

これまでの留学先(都市, 国)

  • Children's Hospital (Boston, USA)
  • German Cancer Research Center (DKFZ) (Heidelberg, Germany)
  • Hammersmith Hospital (London, UK)
  • Hospital for Sick Children, Peter Gilgan Centre (Toronto, Canada)
  • NIH (Besesthda, USA)
  • National Jewish Health Pulm/Crit Care Med (Denver, USA)
  • Nottingham University (Nottingham, UK)
  • Massachusetts General Hospital (Boston, USA )
  • McGill University (Montreal, Canada)
  • Ohio State University (Chicago, USA)
  • Royal Melbourne Hospital (Victoria, Australia)
  • University of British Columbia (Vancouver, Canada)
  • University of Chicago (Chicago, USA)
  • University of Colorado (Denver, USA)
  • University of Nebraska (Omaha, USA)
  • University of Michigan (Michigan, USA)
  • University of South Alabama (Alabama, USA)
  • University of Sydney (Sydney, Australia)
  • University of Toronto (Toronto, Canada)
  • University of Washington (Seattle, USA)

留学経験記

小池 建吾

私は2015年10月~2019年7月まで、アメリカ合衆国コロラド州デンバーにありますNational Jewish Health (NJH)に、facultyとして勤務を致しました。NJHは、全米で呼吸器診療において常に上位(2019年度評価ではトップ)にランクされるアメリカでは広く知られた病院で、臨床・基礎研究を精力的に行っています。留学中のボスであるIrina Petrache教授は慢性閉塞性肺疾患 (COPD)の臨床・基礎研究で高名な先生で、その業績が認められて呼吸器部門の主任教授に女性として初めて就任されました。そのPetrache教授の下で、COPDとスフィンゴリン脂質についての研究に従事しました。アメリカの基礎研究で特に印象的であったのが、基礎研究を臨床に結びつけるTranslational researchに重きを置いている事でした。日本では基礎研究と臨床研究に距離があるように感じましたが、アメリカではそういった感覚はあまり感じませんでした。

NJHの臨床のカンファレンスにも参加させて頂きましたが、そのレベルの高さにもとても驚きました。自分達が世界を引っ張っているという自負を持つ先生方の熱意を目の当たりにして、同門の若い医局の先生方にもぜひこういった体験をして欲しいと感じました。今後は留学の経験を研究や臨床に生かしながら、これから留学を考えている若い先生方に少しでも力になれればと思っています。最後に、留学の機会を与えて下さった高橋和久教授、瀬山邦明先任准教授、児玉裕三医局長、佐藤匡先生、同門の諸先生方に厚く御礼を申し上げます。

宿谷 威仁

2015年5月から2019年1月まで、アメリカ合衆国オハイオ州コロンバスにある、オハイオ州立大学へ博士研究員として留学しました。IASLC(国際肺癌学会)の理事長で、肺がん研究の権威の一人として知られているDavid P. Carbone教授の下で、『肺がんにおける免疫療法の効果予測バイオマーカーの探索研究』や、『LKB1遺伝子変異を持つ肺がんに対する新規分子標的治療薬の効果の検討』といった研究に従事していました。Carbone教授の研究室は、基礎研究専任の助教2名、博士研究員2-5名、大学院生2-4名、大学生1-3名からなり、臨床に貢献することを目指した基礎研究を行っていました。スイス、ドイツ、ブラジル、日本、中国、インドなどからの医師や研究者が博士研究員として働いており、彼ら・彼女らと話をすることでそれぞれの国の文化の違いを知ることができたのは大変興味深かったです。また、週に一度のthoracic tumor boardという、肺がんを専門とする腫瘍内科医、呼吸器外科医、放射線科医の臨床カンファレンスにも顔を出し、日本と米国の医療の違いを感じることができました。

一方で、のどかな中西部だからでしょうか、一部の人を除くと、多くの人はのんびりしていて、例えば、研究に必要なサンプルの手配を依頼しても、なかなか用意されなかったりと苦労も多かったです。また、当初は、仕事でも普段の生活でも、英語が思うように通じず落ち込むことがありました。それでも、順天堂大学で働いていた時に作ることができた、様々な施設の研究者達とのネットワークを活かしながら、自分にできる仕事を一つ一つ行うように心がけていきました。すると、オハイオ州立大学の同僚達とも信頼関係が芽生え、状況が改善していったように思います。当時は辛かったことも、今となると、自分や家族の成長、そして家族間の絆を強めることに必要だったことのように思えます。

オハイオ州コロンバスは、秋田市、盛岡市と同じくらいの緯度に位置し、冬の寒さは厳しいです。しかし、夏は昼の時間が長く、お祭りなども多いため、楽しい季節となります。留学には、妻、子供2人(帰国時5歳、8歳)が帯同しており、これらのお祭りを楽しんだり、車で30分程でいける、林檎狩りや苺狩りを楽しむことができました。また、夏休みには、アメリカの観光地に旅行に行くこともできました。これらの思い出は、本当に貴重なものとなっています。

これから順天堂大学呼吸器内科に入局する人達にも、是非、このような体験をしてもらいたいですし、これまで数多くの人達が留学してきた当医局ならではのサポートがあるように思います。最後になりましたが、このような貴重な機会を与えて下さいました高橋和久教授および児玉裕三医局長、同門の諸先生方に厚く御礼を申し上げます。

大倉 真喜子

私は、Hospital for Sick Children、The Arthur and Sonia Labatt Brain Tumor Research CentreのDr. Kongkham Lab でResearch Fellow として研究をしていました。カナダは世界中からの移民を受け入れており、さまざまな文化がほどよく住み分けられたmulticultural societyです。世界各国から研究留学者、語学留学生が数多く訪れており、世界中の友達ができます。女性研究者も多く、Girls Party(いわゆる女子会)もあります。また、季節ごとにイベントが開催されるので他のラボとの交流も深まり、友達もできやすく、充実した研究生活を送ることができました。正直なところ英語での生活は大変なことも多いですが、日本での研究生活とは全く異なる日常は、とても新鮮で、私にとっては貴重な留学生活となりました。海外留学は今後の人生における糧になると思います。
留学中は毎年、医局からクリスマスカードを送っていただきました。そのメッセージの数々は私にとって大きな支えとなりました。今回の留学生活を応援してくださった教授をはじめ、医局員の皆様にとても感謝しております。

八戸 敏史

私は2013年10月から2018年1月まで米国ボストンにありますマサチューセッツ総合病院がんセンター研究所(MGH, Center for Cancer Research)に留学する機会をいただきました。がんセンター研究所は言ってみれば"病院"内の研究所だったわけですが、驚くことに日本でのいわゆる大学レベルに匹敵するあるいはそれ以上の研究規模を有しており、世界的な研究成果が日々生み出されている刺激的な場所です。私が所属していたMaheswaran研究室もがん研究所の中の一つの研究室であるわけですが、そのような研究室が無数に集まっており、写真にある大きな建物全体が研究棟であることにその規模の大きさに当初とても驚かされました。研究室にいる多くのscientistは、様々な領域の博士の方であります。分子生物学、薬学、生理学、生化学、工学、数学等々それぞれユニークな背景をもつ人材で成り立っておりまして、そこに医師との垣根はありませんでした。そして、アメリカの仕事の進めかたは単純明快です。みんなでTry, Error, Feedbackを常に繰り返しながら良い方向を目指していきます。この点がアメリカのスピード感を形成している要素なのでしょう。ですので、その場その場でのfeedbackが非常に大切であることを実感しました。終わったことは蒸し返しませんし、その代わり、数ヶ月前のことをとやかく言っても、通用しません。これは、仕事だけでなく現地での生活も同様の考え方で動いています。海外へ出ることで、日本にはない文化を実感できたことは人生の糧になっています。帰国してまだ間もないですが、この留学経験を日本での診療・研究に生かし、患者さんへ還元できるよう邁進していきたいと思っております。そしてこの場をお借りしまして、留学をご支援して頂いた高橋和久教授、医局員の方々、関連学会・財団の皆様、そして、笑顔で激励と共に快く送り出してくれた多くの患者さんたちに感謝の意を表したいと思います。