大学院研究について

慢性閉塞性肺疾患(COPD)研究

慢性閉塞性肺疾患 (COPD)は、タバコ煙を主とする有害物質を長期に吸入曝露することで生じる慢性呼吸器疾患です。COPDの中心的な発症メカニズムは、喫煙・大気汚染物質の吸入などによる、気道や肺の慢性的な炎症反応であり、この炎症反応は禁煙後も持続すると考えられています。したがって、COPDの患者さんでは、呼吸器局所での炎症の制御機構に何らかの異常が生じていることが推測されますが、その全貌は未だ明らかになっていません。COPDリサーチグループでは、COPDの病態解明と新規治療法の確立を目指して、様々な角度から研究を進めており、国内外の学会での発表および、学術誌への論文発表を精力的に行っています。

老化モデルマウスを用いたCOPD病態の解明、COPD治療への挑戦

COPDは長期間の喫煙歴のある比較的高齢の方に発症することから、COPDの病態に老化が関わることが推測されていました。私たちは、東京都健康長寿医療センター研究所との共同研究で、老化モデルマウスにタバコ煙曝露を行った結果、通常のマウスよりも短期間でマウスの肺にCOPD病変(肺気腫)を発症することを発見しました(下図)[1]。その後、その老化モデルマウスがビタミンCを合成できない(通常のマウスはビタミンCを自分で作ることができる)ことが分かったため[2]、喫煙によりCOPDとなったマウスに十分量のビタミンCを与えたところ、破壊された肺胞構造が修復されることを見出しました[3]。さらに、私たちは最近の研究で、アンチエイジング効果が期待され話題となっている水素水をこの老化モデルマウスに与えながらタバコ煙曝露を行ったところ、水素水を与えずに喫煙させたマウスと比較して肺胞構造の破壊が軽度となることを見出し、水素水によるCOPD発症予防効果を報告しました[4]。また、国立長寿医療研究センターと共同で、老化した細胞を人工的に除去できるマウスを用いて老化現象と肺気腫との関係をみる研究を継続しており、老化した細胞を除去することで肺気腫発症を抑えることができる可能性を報告しました[5-7]。

通常のマウスと老化モデルマウスそれぞれに8週間、新鮮大気あるいはタバコを吸入させたところ、老化モデルマウスでは喫煙後、肺胞構造が破壊される肺気腫病変を形成した(右下)。

マイクロRNAによる新しいCOPD治療を目指した気道分泌型エクソソーム解析

COPDリサーチチームリーダーの佐藤匡は、米国での留学中に、COPD病態の中心と考えられる異常な炎症反応が特定のマイクロRNAにより制御されることを報告しました[8]。マイクロRNAは遺伝子の発現を調節するという重要な役割を持っていることが分かっていますが、COPDの細胞では、炎症反応により誘導される遺伝子の発現を調節(抑制)し、炎症を抑える働きがあるマイクロRNAが十分に作られないことで、喫煙などによる炎症反応が適切に抑えられず、肺胞構造の破壊に至るのではないかと考えられます。そうしたマイクロRNAを補充することができれば、COPDの異常な炎症反応を抑えることができ、うまくすると壊れた肺胞を修復できるかもしれません[9]。また一方、マイクロRNAの生体内での運び手としてエクソソームという細胞から分泌される小さな袋のようなものが注目されています。現在、COPDリサーチグループでは、COPDを治療できる候補となるマイクロRNAを同定し、エクソソームを用いてそうしたマイクロRNAを呼吸器組織に届けることができないか、研究を進めています。

肺気腫におけるグルコシルセラミドの役割

COPDにおいて、セラミドを含むスフィンゴ脂質は肺胞破壊に重要な調節因子で、肺気腫発症に深く関わることが報告されていました[10]。COPDリサーチメンバーの小池健吾は、その報告を行ったアメリカ・デンバーの研究室へ留学をし、喫煙と肺内のスフィンゴ脂質との関連について詳細な研究を行いました。その結果、喫煙によって肺内のグリコシルセラミドが減少し、このことが肺血管内皮細胞のアポトーシス(細胞死)を誘導し、肺気腫の発症に関与することを見出し、呼吸器病学で最高にインパクトのある雑誌であるAmerican Journal of Respiratory and Critical Care Medicine誌に論文発表を行いました[11]。

吸入手技の再指導によるCOPD患者の吸入デバイス満足度の変化に関する調査研究

COPDに対しての標準的な治療法は気管支拡張薬の吸入です。症状や呼吸機能によって薬剤の選択をしていきますが、吸入器(デバイス)も多くの種類があります。われわれ医師が個々の患者さんに合わせて処方をするのですが、実際に使われている患者さんの使用満足度を知ることが非常に大切であると考えています。COPD患者さんでは、吸入デバイスの満足度が高いとアドヒアランス(なぜ服薬しなければならないかを患者さんが十分に理解して吸入すること)が上がり、アドヒアランスがよいほどCOPDのコントロールがよいとの報告があります。また、COPD患者さんでは吸入デバイスの使用ミスが多く、吸入指導により吸入ミスが改善するとの報告があります。処方した吸入器が適切に使用されているか確認することも重要と考えています。そこで当院では、COPDと診断され、吸入薬による治療を3ヵ月以上継続されている患者さんを対象に、吸入再指導を行うことで吸入デバイスへの満足度やアドヒアランス、吸入手技エラーの有無などについて調査させていただくことをお願いしております。私たちは、COPD患者さんとともに、COPD治療をより個々に適した満足度の高いものにしていきたいと考えています。

加熱式タバコの長期使用による肺傷害の解析

わが国において加熱式タバコは若年者を中心に急速に普及しています。加熱式タバコのエアロゾルには多数の有害物質が含まれていることが証明されていますが、加熱式タバコの流行とともに、加熱式タバコは無害であり禁煙効果があるといった情報も広まっており、加熱式タバコが禁煙意欲の阻害や適切な禁煙治療の妨げとなっている可能性があるのではないかと考えました。そこで、当院の禁煙外来を受診された患者の加熱式タバコの使用有無、喫煙本数、既往歴などを含めた臨床データや禁煙達成率を含めた治療転帰など、加熱式タバコと禁煙の関係について調査を行っています。また、私たちは、実験マウスに加熱式タバコエアロゾルを6か月間曝露させる実験を行いました。その結果、加熱式タバコエアロゾルを曝露されたマウスでは、紙巻きタバコと同様に、肺にCOPD病変(肺気腫)を発症することを証明し、American Journal of Physiology Lung Cellular and Molecular Physiology誌上に発表しました[12]。病変を生じるメカニズムについては従来の紙巻きタバコとはやや異なる可能性もあり、詳細な解析を続けています。

従来の紙巻きタバコによる、COPDをはじめとした健康被害はすでに広く知られていますが、その多くは長年におよぶ喫煙の結果発症します。私たちの研究から、加熱式タバコを長期に使用することによる肺傷害など健康被害リスクはあるものと考えられ、治療法の開発も視野に入れた研究を継続するとともに、加熱式タバコを含めた禁煙の重要性について広く発信していきたいと考えています。

マウスに6か月間、新鮮大気、加熱式タバコエアロゾル、紙巻きタバコ煙を曝露させたところ、加熱式タバコエアロゾル曝露では、紙巻きタバコ煙曝露と同様に、肺胞構造が破壊される肺気腫病変を形成した。

文 献

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