脳腫瘍と診断された方へ

脳腫瘍の発症率と手術件数

脳腫瘍は発症率が10万人に数人という稀な病気です。
日本脳腫瘍統計によれば、2005年から2008年の4年間の患者総数は転移性脳腫瘍を含め約20,000人であり、14歳以下の小児患者はこのうち1,000人となります。この統計によると、重複を除くと新規の脳腫瘍関連手術は年間4,500人、小児患者は220人程度となります。(注:保険診療統計ではこの2倍超の報告となっており、学術的統計とは開きがあります。)
これは高難度手術と言われる心臓の開心術(弁膜症手術や冠動脈バイパス手術等)の2008年の年間手術件数約60,000件と比較すると1/10程度であり、脳腫瘍関連手術が非常に少ないことがご理解いただけるかと思います。

脳腫瘍の手術と診断

脳腫瘍には非常に多くの種類が存在し、また発生部位も様々です。そのため、同じ「脳腫瘍」でも、腫瘍の場所や種類によって手術法や治療法が異なります。入院ベッド数を500床から800床を有する、いわゆる「大病院」でも、1年間の頭蓋内腫瘍摘出術は30件程度で、これは数週間に1度という頻度です。
さらに、脳腫瘍は、腫瘍の性質や場所、患者さんの年齢まで含めると、全く同じような症例がほとんどありません。

脳腫瘍の手術は他の臓器にできた腫瘍の手術と大きくその目的や手段が異なります。他の臓器の多くの腫瘍は治癒切除(腫瘍細胞が残らないようにする)を目指すことが多く、正常組織を含めてある程度一塊で摘出する「区域切除」や「臓器摘出」といった方法が選択されるため、手術法にばらつきがあまりありません。しかし脳は区域で切除すると、機能部位を損傷することに繋がるため、最大病巣切除(腫瘍だけをできるだけ安全になるべく多くとる)を目指します。したがって、腫瘍の性質や発生部位によっては、手術中にリハビリテーションなどで回復可能かを判断し、どの程度切除するかを決定しなくてはならない場合もあります。実際、腫瘍ができた場所や種類によっては、むしろ取り過ぎない方が術後、元気にお過ごしいただける場合もあります。
しかし、この方法ですと腫瘍が残り、再発につながる可能性がありますので、腫瘍の性質を見定めて放射線療法や化学療法といった追加治療を提示する必要があります。一方で非常にゆっくりと大きくなる腫瘍と考えられる場合は、経過をみるようにご提示する場合もあります。つまり、非常に正確に腫瘍を診断する必要があるのです。

手術を横向きやうつ伏せで行う場合、長時間の手術でも体にベットや手術用具によって傷がつかないよう支えておく器具が必要になります。また、同じ頭蓋内腫瘍摘出術でも、腫瘍の場所により使う手術道具が異なります。さらに、お子さんの場合にはより特殊な器具が必要となる場合もあります。
例えば、脳そのものの腫瘍であることが疑われる場合には、手術顕微鏡でみても正常組織との違いが判断できないことがあります。その場合、手術室内にMRIを設置し、手術中にMRIを撮影して摘出範囲を判断したり、特殊な光を照射して腫瘍部を光らせて摘出を進めることが必要となる場合もあり、おおがかりな医療機器を準備しておく必要があります。

さらに、摘出した脳腫瘍の診断も複雑なことがあります。特に最近では病理組織上の見た目が同じでも実は本性の違う腫瘍が存在することがわかり、この違いを見極めるには、取り出した腫瘍を直ちに凍結保存し、DNAやRNAを調べる分子生物学的診断が必要とされています。

脳腫瘍の治療

前述のようなことを考慮しながら、脳腫瘍を担当する医師は、様々な状況を想定し、手術計画を立て、必要な手術道具の手配とシミュレーションを行ったうえ、患者さん、ご家族への手術の説明を行います。さらに、手術中は患者さんの状態を把握しながら、安全に手術を進めて行きます。
術後は、患者さんの診断結果を見ながら次の治療法について検討し、患者さんに最も適切な方法をご提案できるよう努めています。

このため、治療方針の決定は前述の道具や設備を含めて、一人の脳神経外科医で行うことは困難で、多くの場合放射線科医、小児科医、放射線治療医、病理診断医、看護師、社会福祉士等が参加した会議で決まります。つまり、脳腫瘍の治療には病院としての総合力が必要となるのです。
現在までの研究で脳腫瘍の多くは、生活習慣病ではなく、突然変異的に発生すると考えられています。症状によっては必要とされる手術を緊急で行うことができない場合や、腫瘍の場所や質によっては、必要な道具が準備できないこともあります。その際は、その脳腫瘍の専門病院をご紹介させていただく場合も少なくありません。
我々の病院で治療を受けられた方々からご質問があった脳腫瘍治療の特殊性をここにまとめました。担当の先生とよく相談されて、よりよい医療を受けられるためご参考になれば幸いです。

順天堂大学
脳神経外科
脳腫瘍班